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ハイブの男たちの仕事は、周辺のビルをまわって、物々交換の元手となる物資をかき集めることで、『発掘』と呼ばれていた。しかし、これは大変な作業で、少し大きなビルともなると、一通り回ってしまうのに、一ヶ月近くかかることもあった。
この辺りは、元の商業地区であったため、オフィスビルがほとんどだ。スーパーマーケットやデパートがあれば、もう少しマシな資源もあるのだが、オフィスなど、いくら探しても紙とパソコンばかりで、儲けにならない。
アキラも、午後は他のメンバーたちと発掘に加わった。場所は、ハイブから1kmくらい離れたビル。十四階建てで、下の階から発掘を進めて来て、今は十一階にいる。
「今日も、ちり紙交換で終わりそうだな」
二時間ほど作業したところで、ヒザキがぼやいた。黒縁眼鏡、肩まで伸ばした長髪。髭は毎朝綺麗に剃って来る。作業着は絶対に着ず、チェックのシャツのボタンを、首のところまできっちり留めている。
下には、手製のリヤカーが三台停めてあった。鉄パイプとアングルを組み合わせて作ったもので、頑丈で大きいが酷く重い。紙ばかり満載で積んだりすると、一台あたり三人がかりで押したり引いたりすることになる。
「マミヤのヤロー、自分はろくに働かないクセして、ノルマだけは、きっちり課しやがる。おまけに、あそこへ行くな、ここはダメだと、あれこれ面倒くせぇ注文つけてきやがって。俺たちがビンボーしてるのは、お前のせいだろってんだ」
高く、ハスキーな声は、いかにも神経質そうだ。
「まったくだ。バカにしてるよな」。体の大きいスーコが、書類を満杯に詰め込んだダンボール箱を担いで同意した。
ヒザキはアキラより4つ上の二十一歳。スーコはその一つ下だ。
なんでも、パンデミック前、同じ団地に住んでいたとかで、仲が良く、子供の頃からいつも一緒にいる。
噂では、ウィルスと文明の崩壊で、人口は1%未満まで減ったとされている。その中で、パンデミック以前からの知り合いがいることは、大きな幸運だ。アキラには、そういった友人はいない。
ヒザキとスーコの話は聞き流して、アキラは作業を続けた。
『自分の置かれている環境に文句を言う奴は、どんな環境でも文句を言う』という、ゴロウの言葉を信じていたからだ。
「くだらねぇ…」
一瞬、自分の心の声が外に漏れたのかと思った。振り返ると、デスクの間で作業している、鼻と口をタオルで覆った、その男が発した言葉らしかった。
「なんだと、ショウゴ」
スーコが食ってかかった。背が高く、がっしりしたスーコは、この食糧不足の中、いったい何を食って大きくなったんだと思うほど、体格に恵まれている。その分頭が弱く、大事な決断はヒザキに任せっぱなしだ。
ショウゴは怯むことなく言い返す。
「下っ端ふぜいが、カゲで上の悪口を言うことが、くだらないと言ったんスよ。文句言ってる暇があったら、その分働いたらどうなんスか?」
「なるほど。お前、マミヤの手先だな?マミヤに拾ってもらったんで、恩を感じて尻尾振ってんだろ?」
「俺もマミヤたちは気に食わない。だが、カゲ口たたくしか能のないお宅らよりは、マシだと思っている」
ショウゴは、つい数か月前、ハイブに加わった新入りで、無愛想だから、アキラはほとんど口をきいたこともなかった。だが、少々口が過ぎる。ここいらで一度、鼻っ柱を折られておいた方が、今後のためにいいかもしれない。
「上等だ、コラァ!」。スーコが赤ら顔を、もっと赤くしてショウゴの胸ぐらを掴んだ。「前から気に食わなかったんだよ!今日という今日は、口のきき方を教えてやるぜ!」
ショウゴは動じた風でもなく、胸ぐらを掴まれ、後ろにのけぞりながら、相手の顔を冷ややかに見つめていた。
「やめておけ。ハイブ内でのケンカはご法度だ」
ヒザキがスーコの肩に手を置いた。
「で、でも、ヒザキくん」
渋りながら、スーコは手を放した。体が大きく、喧嘩っ早いスーコだが、ヒザキに対しては、しおらしい。ショウゴの顔を睨んで、フンと鼻息を吹き、渋りながら手を放した。
「おい、新入り」。ヒザキが言った。「粋がるのも、ほどほどにしておけ。ハイブが皆殺しの目に合って、あちこち渡り歩いたあげく、ようやく見つけた住処だろ?あんまり目に付くようなら、ここにもいられなくしてやるぜ?」
「お前に何の権限があるっていうんだよ」。引っ張られた襟首を整えながら、ショウゴが言った。
ヒザキはフッと笑って、「俺がその気になれば、いくらでも手はある。一人追い出すと、それだけ作業の負担が増えるから、やらないだけだ」
ハッタリではないと、アキラは思った。ヒザキは、その気になれば、卑怯でも陰湿でも平気でやる。
さすがに身の危険を感じたのか、ショウゴもそれ以上言い返すことはしなかった。
ハイブから出て、外の世界で生きていくことは困難だ。放浪者になって、餓死するか。ハイブを襲うワスプとなるか。選択肢は限られてくる。