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 目覚めると、太陽はもう、高く昇っていた。

 見張りの翌日については、起床時間は決められていなかったが、アキラは跳ね起きた。

 寝室は8畳くらいの広さに二段ベッドが四基置かれている。皆、それぞれ仕事に出かけていて、今はアキラ一人だ。

 床についたのは午前7時頃だった。むろん、体は酷くダルかったし、眠りたい欲求がシーツの無い布団から出ることを拒否したが、起きないわけにはいかなかった。

 服のまま寝ていたので着替えることはせず、ホールに出て、ハイブ唯一の時計を見上げると、もう十時を過ぎていた。

 アキラたち若者組の寝室は三階にあった。階段を使って二階に降りる。窓の一つが開いていて、縄梯子が外に垂らしてあった。

 一階はバリケードによって全ての窓が塞がれているので、光が入らず、真っ暗で普段はまったく使われることがない。万が一外のバリケードが破られても、すぐに 居住エリアに踏み込まれないよう、柵を作ったり、机を積み重ねたりして、二重、三重に対策が施してあった。

 裏を返せば、それだけワスプの存在が脅威だということだ。このハイブの住人は百人余りいるが、子供や老人、そして女性を差し引いた戦力になる者は、その半分に満たない。

 たいていのワスプは10~30人の規模だが、皆命知らずの荒くれ者で、銃などの武器も、多く所持している場合が多い。人数では勝れども、正面から立ち会ったのでは勝ち目がないのだ。

 事実、どこそこのハイブが襲われたという噂は頻繁に耳にし、そのうちいくつかは壊滅したということだ。

壊滅したハイブの悲惨な末路については、マミヤたち五十代組が噂しているのを聞いたことがあるが、とてもじゃないが、ユイに話せるような内容ではなかった。


 縄梯子の下は畑になっていて、女性たちが作業していた。秋は収穫の季節だ。アスファルトやコンクリートを切り開き、どうにか作った10アールばかりの畑に、収穫を間近に控えた麦や大豆が茂っている。アスファルトに穴だけ空けて植えたカボチャがツルを伸ばして、道路の白線の上に実がなっていた。ところどころ草が覗く太い道路が、遠く、両側のビルが引っ付くところまで伸びている。

 向こうに、ゴロウの姿が見えた。話している相手は、明細のサファリハットをかぶり、口を布で覆った男。商人だ。

 かつて都市であったこの周辺では、アキラたちのように、適当なビルを選びハイブを作って生活するのが一般的だが、郊外には、大規模な集落が存在し、ファームと呼ばれていた。ハイブの人口が100~300人くらいであるのに対して、ファームは2000人以上の規模があり、大規模で効率的な農耕を行っている。

 各ハイブを渡って注文を取り、ファームから商品を仕入れ、配達の段取りをするのが商人の役割だ。商人というより、ファーム専属の御用聞きと言った方が正しいのかもしれないが、彼らがそう呼ばれているのは、ファームの住人ではない、部外者であるためだろう。

 いつになく真剣な表情のゴロウは、指を立てたり腕を組んだりして、熱心に話し込んでいた。取引の話をしているのだ。要するに、値切っているのだ。

情けないことに、アキラたちのハイブでは、僅か百人分の食糧すら満足に生産できていないのが現状で、食料に関しては、大部分を外部との物々交換に頼らざるをえない。畑が小さいのも、その要因の一つながら、生産効率が悪いことが大きかった。パンデミック前と違って、農薬や化学肥料が、まったくと言って無いのだ。土も、良いとは言えない。野生動物による獣害も深刻だ。

 物々交換の元手となるのは、周辺の建物からかき集めて来た『資源』だ。文明の遺物と言ってもよい。紙や布は安いが、軽い分運搬し易く、いくらあっても困るものではないので、最もよく取引に使われた。あとはロープや、ロープとして使うための電気コード。食器、歯ブラシなどの日用品、洗剤、あれば、塩なども良い。鹿やイノシシを仕留めれば、その肉もなかなか良い値段がつく。もっとも価値が高いのは燃料だ。ガソリンや灯油といった石油製品は、発電機や農機を動かすために欠かせない。逆に、最も価値が低いのは、何処を掘っても必ず出て来る、重く、運搬がたいへんな鉄。

 ファームには、こうしてあちこちのハイブから仕入れた物資が集まるため、頼めばたいていの物は手に入った。武器や弾薬も、値は張るがあった。


「おはよう、ゴロウさん」

 商人が帰ったのを見て、アキラが声をかけた。

「よぅ。早いじゃないか」

「ゴロウさんが起きてんのに、俺だけ寝てるなんて、できないよ」

 実を言うと昨夜、あのまま一時間ほど、ユイと共に寝コケてしまったのだ。何も言わず、一人で見張りを続けてくれていたゴロウだが、彼のことだから、とっくに起きていることだろうと思って来てみたが、案の定だった。

「気にしなくていいのによ。歳をとると、いくら疲れていても、朝目が覚めるようになるもんだ」

 ファームとの取引については、ゴロウが全て請け負っていた。と言えば聞こえは良いが、実は損な役回りだ。

 その有能さを買われての人選だが、取引を任されたからといって、手当が出るわけではなく、権力があるわけでもない。そのくせ、必要なものが手に入らなかったり、不当な価格で売りつけられたりすると、非難の矢面に立たされることになる。それに、商人と直に話すことが敬遠される理由は、他にもあった。

 ハイブには、実権を握るマミヤたちより、ゴロウを支持する者たちが、特に若者の中に多い。ゴロウ自身は、上とケンカするつもりなどないのだろうが、そのせいで上から睨まれているのも事実だ。

「ところでアキラ、お前、妙な仮面をつけた奴を見たことがないか?」

「仮面?どんな仮面さ?」

「どんなのか、までは知らん。今の奴が言ってたんだ。素顔を知られたくないのか、顔に傷があるのか、とにかく妙な仮面をかぶっているらしい。仮面をつけた男…、顔を見た奴がいないから、男か女かも分からんが、とにかくそいつが、あちこちのハイブを調べて回っているらしい」

「調べる?」

 その表現が気になった。

「望遠鏡のようなもので、物陰から覗き込んでいるらしい。捕まえようとした奴もいたようだが、上手く逃げられてしまったそうだ。もしかしたら、ワスプの斥候かもしれん。そうじゃなくても、盗みを働いたり、女を物色する奴はいるからな。今のところ、仮面の出没したハイブが、ワスプに襲われたなんて話はないそうだが、用心に越したことはない。お前も、見かけたら、すぐ俺たちに報せてくれ」

 報せろと言ったのは、『一人で捕まえようと思うな』という意味だ。十七歳のアキラは、夜の見張りや資源の発掘に加わったのもここ一年くらい前のことで、未だ一人前と見られていないところがあった。ゴロウもまだ、自分を子供だと思っているのかと、少しふて腐れたが、渋々肯いた。

「…そうするよ」

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