第8話 スープのようなもの。
改めて周囲に目を凝らすが、やはり残っているはずの二匹は見当たらない。雲煙が空に溶けるかのようにフッと、見ぬ間に消えたのだ。それどころか、オークの死骸も同様に消え去っている。誰かが持ち去る可能性もゼロではないが、ただの死骸の為に瞬間転移魔法を使う者などいるのだろうか。
「成神、大丈夫か?」
いつも元気な成神であったが、今回の事で堪えてしまったようで、その問いかけに彼女は小さく頷く。
そのまま肩をかかえ家に戻るが直後に村人が訪れたので、成神を台所のテーブルの前に座らせ俺が対応した。今回の事のお礼、だった。カゴにいっぱいの野菜や肉。それとパン。お金は無いようだが、成神の性格上、貧しい村から貰っても困るだろう。モンスターを倒した報酬としては不十分なのかもしれないが、当然相場なんて分かりもしないし、実際お金なんて貰っても困る。いやいやそんな、いらないですよ、と突っ返してしまうかもしれない。
「こんなに……。なんかすみません」
「いえいえ。助けていただき、感謝してます。ところで、あなたは?」
「ここに住んでる子のクラスメイトです」
クラスメイトとはなんだ、というような顔をしていたが、改めてお礼を言うと笑顔で去っていった。
「こんな風に生活してたのか」
「モンスターが現れることはそんなにないけどね。多少の怪我なら治すこともできるから、重宝がられて空き家までくれたのよ。それよりも、お腹すかない?」
そういえば、こちらに来てから何も口にしていない。水さえ飲んでいないのだから、当然と言えば当然で、腹の虫もそろそろ鳴きそうな程にすいていた。
やっと何か口に出来る。だが、こっちには醤油も味噌も無さそうだし、少しだけ寂しい食事にはなりそうだが。それでも、何か食べられるだけでも幸せだと思わないといけないだろう。成神もこの土地の野菜や水によって助けられてきたきたわけだし。
「なに、成神、何か作ってくれるの?」
「味は期待しないで……ね」
「最初から期待なんてしてないよ」
そう言うと、成神は少しだけイラっとした表情を見せる。
「ごめんごめん、楽しみにしてるよ」
「ばーかぁ、適当に作るからね」
彼女は、まず火口を置き、その上に細い薪から順に太い薪をかまど内に組んでいく。最後に火口へ火打石を打った。ランプの灯りだけの部屋を更に朱色に染めて、かまどは息を吹き返す。
パキパキと、何かを折るかのような音を立て、薪は燃え続ける。
鍋に水を張り、火のくべられたかまどにそれを置く。しばらくすると湯は沸き立ち、成神はそれに切った野菜などを投入し始めた。湯は跳ね返り、ぽちゃぽちゃと音を立てる。家庭的で心地よい音色だ。
テーブルの中央にはランプと調味料が置いてあり、それぞれの席には綿製と思われるシンプルで味のあるランチョンマットが敷かれている。食器棚には複数分の食器が収納されており、意外としっかりとここで生活してたんだなと、ちょっとだけ感心してしまう。
「お前って意外と家庭的だよな。いいお嫁さんになれそう」
「ヴァっ!? 馬鹿じゃないの!? およ、およよ、およ、お嫁さんになんて……い、今は元の世界に返ることだけ考えてなさいよ! そ、そしたら、考えてやらないこともないわ……」
「えっ、今なんて?」
顔を高潮させて俯いた。そういう所が、ちょっとだけ可愛かったりするものだから、たまにイジって遊んだりする。そうすると、鉄拳制裁を受けたりするのだけど、今回はそういった類の攻撃は一切なかった。
本気で恥ずかしがっているようで、鍋だけを見つめてこちらを向かなくなってしまう。
「いい匂いするじゃないか~」
なんて言いつつ近付くと、ひょいっサイドにスライドして成神は俺を避ける。それを何度も繰り返すうちに、台所は小さな運動会会場になってしまった。ドタバタとしている内にホコリは多少舞ったが、彼女の肩越しに見えるかすかな笑顔に俺も釣られて頬を緩める。彼女も、癒されていてくれたらいいのだけど。
かまどでは、煮込まれた野菜と肉がいい匂いをさせていた。