第6話 子豚の丸焼き。
この手に握られている物は、俺が強く望んだ最強の剣なんかじゃなかった。
これは王笏。悪の魔王が携えるような、仰々しく禍々しい装飾をしている。長さは通常の刀剣類と大差は無いが当然刃は付いておらず、今まさに取り囲む敵を切り伏せるには十二分に不十分、確実に不可能である。
何故この様な物が再構成されたのか分からないが、ひとつ確かなのは、コレは正義の味方が持つ武器でないという事だ。俺は元中二病患者で、正直、悪というモノに憧れた経歴がある。だが、悪ではない。ましてや魔王などでは……。
どうすんのよ、コレ。
この長さと重さに任せ振り下ろせば、きっとダイコン程度の野菜なら両断する事は容易い。表皮の厚いカボチャでさえ砕く事は可能だ。だが俺たちはクッキングをしているわけでないし、ゲームをしているわけでもない、対峙するのは殺意を持ってやって来た、強く醜い本物のバケモノ。それの厚い皮膚や頭骨を斬り砕く力は、俺には、この王笏には無い。
「ヴゥ……」
一匹のモンスターが先走る。はっきりとは見えないが、遠くに見えるシルエットからはオークだと推測できた。要するに豚のバケモノだ。そいつは恐ろしく速く、地響きを上げ闇夜を迫ってきた。その速度は、完全なる想定外である。
「ヴヴァ……!」
吐息を感じる程に近く唸りを上げるオークは、粗雑で無骨な巨大な剣を振り挙げた。
頬に走る剣圧をギリギリの所で避けるものの、よろけてしまう。
「成神ぃ! 逃げろ!」
「だめぇ!! 志村ぁ、後ろ!!」
第二撃。振り向きざまに彼女を突き飛ばし、鈍い風切り音はほぼ同時に火花が散らせた。王笏を持った腕に痺れが走り一瞬焦ったが、どうやら腕は失ってはいないらしい。
依然として脱せぬ窮地。迫る死の恐怖に、脳は痺れるほど興奮していた。
強化魔法のお陰か不思議と身体はよく動き、何もかもがよく見える。オークの太刀筋、眼球の動き、呼吸に伴う口や胸の動き。全てがよく見える。
次撃の準備動作の隙を突き、王笏の頭をオークの喉元に押し付ける。
「燃えろよ」
押し付けたそれが一瞬白熱し、オークの生命活動を停止させる。肉の焼ける音がし、髪の毛を燃やしたような嫌な臭いが辺りを包み込んだ。
こうして見ると子豚の丸焼きだ。生きていたんだよなと思うと少しだけ罪悪感を覚えるが、こっちだって生きていかなければいけない。これは仕方が無かった、と自分に言い聞かせた。
そうだ、成神は!?
見回すと、少し離れた場所に、成神がちょこんと正座していた。
「へ、へぇ、やるじゃん志村」
「良かった……」
怪我が無くて何よりだったがモンスターはおり、悠長にしている暇はない。そして、俺は志村ではない。