第53話 喉の薬
俺とノウァちゃんがやっとの思いで持ち帰った、あの薬草。それには全草に、つまり地下茎や花、茎、全てに薬用成分が含まれており、思ったよりも調合に必要な量は少なかった。それに加え俺は鞄に詰め込めるだけ詰め込んで持ってきたのだ、当然の事ながら、余ってしまった。
もちろん、余ることは想定済み、というよりもむしろ余らせるつもりで持ってきたのだけれども、まさか山のように余るとは誰が予想出来ようか?
圧縮してた分、解放された今はかさが増したのだろう。その山の高さはオリンポス山に匹敵する。まぁ、オリンポス山登ったことないけど。ただ、エベレスト山と比較したら、大人と子供程の差があるというのは知っている。とにかくいいたいのは、すげぇってことだ。
この薬草、どうしよう。
俺は薬師ではないので、この薬草を単体で所持していても有効利用はできないだろう。だからここは、小さな薬師に譲渡する以外に選択肢は無いのだろうな。まぁ、あの乾燥地帯は結構辛かったし、やはりタダで渡すというのは勿体無く感じることは自然な事だけども、この薬草により多くの人が救われるかもしれないのならその辛さにも意味はあったって事になる。
打ち捨てて土に還るよりは、確実に納得の出来る結末であると言える。誰も損はしない。偽善かもしれないけど、少なくとも俺は気分良く渡せるしな。
「その余った薬草なんだけどさ、俺持ってても仕方が無いし貰ってくれないかな? 」
「えっ! あ、いや、それは凄く有り難い申し出なのだが、これは相当に価値のある薬草だぞ。絶滅したと思われていたし、なによりお前たちも持ち帰るのに苦労しただろ?」
いやいや、そこは素直に受け取ってほしかった。
「そりゃぁ、まぁ、確かにね、大変ではあったかもしれないけど。このノウァちゃんの屋敷で働いてるメイドさんの弟さんを助けられればそれだけでいいんで……」
苦労したというほどでもない。襲撃者さえいなかったら、ちょっと暑い小旅行といった感じだった。
「うむむ、見た目に反して真面目なんだな」
「お前なぁ、ちょっと失礼過ぎだろ!」
「まぁ、待て、話を聞け。この量なら、そうだな、40ゴルドは下らないぞ」
そう、驚いた顔で具体的な数字をだしてきた。
この異世界の通貨であるゴルド。物価で換算した貨幣価値は、大体1ゴルドで1万円なのだ。えっと、40は1のなんばいだっけ。
「40ゴルドって何ゴルド? 4ゴルドくらいかな?」
「40ゴルドは40ゴルドだぞ。それくらいなら、こちらも払って損はない。商売をする者としてはそれくらい払わなきゃ気が済まないのだ。払わせてくれ」
40ゴルド、つまり、400000ズィルバもあれば、低価格帯のあの酒場でなら豪遊が出来る。その場にいる客全てに奢る事だって可能だ。もちろん、そんな事は絶対しないけど。
そんな幸せが目の前にあるわけで、40ゴルドってのは喉から手が出るほど欲しいとは思った。でも、俺はお金を貰うために薬草を採取しに行ったわけでもないし、それに、そんな大金をいきなり手にしてしまったら“修行”であるクエストを疎かにしてしまう。だから、お金を受け取るわけには行かないのだ、こちらとしても。
もちろん、40ゴルドを所持しつつ浪費をせずに過ごすというのも、“経験”ではあるかも知れないが。
「そうだなぁ、じゃぁ、まず俺に40ゴルドをください。そして俺がここに寝転ぶので、蔑みの眼差しで“この豚が”と言って俺を踏みつけてください。ボコボコにしてくださって結構ですよ。その代金として俺は40ゴルドをお支払いさせていただきますので、それで貸し借り無しでオールオッケー」
「気持ち悪い。近寄らないで」
「ふむ、中々見込みアリ!」
両の手で薬師を指差し、ニヤける。
が、それを無視する薬師。
「まぁ、それはどうでもいいけど、お金が嫌なら何か薬草でも持ってく? っていっても、毒性の強いものに関してはあげられないけど。これなんかどうだ、あの薬にも使ったシノーム、アヌニム、ルコリスという薬草なのだが。このシノームなんか、いい香りがするぞ。
「おお、シナモンっぽい」
「話を聞けばおまえ、料理を作るのが得意らしいじゃないか。どうだ、コレらを利用して健康にいい料理を考えてみたらいいんじゃないのか?」
「へぇ、お前小さいのに面白いこと考えたな。褒めてやるよ」
彼女の頭に手を置き、ポンポンと軽く叩く。
「あっ、そうだ、発狂して喉掻き毟って死ぬような毒……栄養剤でも飲んでいく?」
ナチュラルに殺そうとするなんて、怖いお方だ。
「なにそれ、こわっ!! そんな危険な物常備するなんてあたまおかしくない!?」
シノームは香りがシナモンのそれだった。
摂取し過ぎると肝臓に良くないらしいのだけど、通常食す量なら全くもって問題は無いとのことなので、これがあれば美味しいシナモンロールが再現出来るだろうとおもうと心が躍った。成神は割りとシナモンロール好きだったから、きっと喜ぶだろうなぁ。
アモダグラはアーモンドのような匂いがした。見た目に関してもアーモンドに似ている。でもちょ扁平な形をしているような気がするなぁ。かじってみたら、どうやら皮に苦味があるみたいだ。コレを除去しないと料理には使えないだろうなぁ。
ルコリスは……なんか、ゴミみたい。
いや、違うのだろうけど、ゴミなのだ。これはそうだな、オガクズだ。
「なにこれ、ゴミ?」
「ごみじゃなぁーい! ルコリスの根を乾燥させたものだ! 砂糖よりも甘いのだぞ、好き嫌いは分かれるがお茶にしてもいいぞ!」
「へぇ、そうなのか。後でお茶にしようっと」
「うむ。わたしは好きだぞ、そのお茶」
成神はお茶、特に好きなわけじゃないしなぁ。果実酢ドリンクは大好きだけどな、あいつ。多分、お茶のような飲み物は退屈で仕方が無いのだろう。甘くも酸っぱくもない、刺激が無いからな。
「あ、そうだ、お茶と言えば……あの薬なんだが! 水から煎じて人肌に冷ましてから与えるんだぞ!」
あの薬師は小さい身体が更に小さく見える距離で、大きく手を振って俺を送り出す。なんか子供みたいだなぁ、あいつ。
「分かった! 人肌に冷まして与える! 世話になったぜ、小さな小さな薬師さぁぁぁあん!」
「喉掻き毟る薬!!」
「ごめーん、ごめーん!」




