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第52話 小さな薬師

 鞄はパンパンだ。パンパンの原因はパンではなく、草。

 何の草がパンパンかって、そりゃ、メイドの弟さんを治療するのに必要と思われる例の薬草である。俺がもし、医者か薬師であるならば、薬効成分が多い部位のみでカバンをパンパンにして持ち帰ればいい。結局はパンパンになるのだが、成分が多い分、合成できる薬の量も格段に増えるというもんだ。


 しかし、俺はタダの魔法学園高等科1年生であるが故、“とりあえず全部ぶっ込んどきゃいいか”とその植物の根ごとカバンに押し込む他なかったのだ。その判断自体は恐らく間違ってはいないのだけど、そのお陰でカバンの中は土まみれ。その土は比較的乾燥しているとはいえ、“パンパン”と手で払う程度で済む汚れではなかった。そうなると洗濯をしないといけないのだけど、このカバンがなかなかに頑固な奴で、完全に乾燥させるのに時間がかかるのだ。最低でも1日半、と言ったところだろうか。


 というのも、こいつ、荷馬車の幌を利用したカバンなので、かなりの厚手の素材で出来ている。手荒に扱っても破れることも無い優れたカバンだと俺は思っているのだが、そういうデメリットもやはりというか、存在するのだ。

 完璧な物なんて、何もないのかなぁ。肌触りは絹のようで軽さは羽毛、耐摩耗性は金属の鎧並みで、洗ったらすぐ乾く。そんなカバンがあればいいんだけど、そんな馬鹿みたいにメリットばかりのものは現代社会でも存在はしなかった。

 科学と魔法が発達していても、無理な物は無理! なのである。


 無理なモノの代表格としては、タイムスリップがある。そしてそれに関連して有名なのは、“親殺しのパラドックス”だろう。中学生の頃その話を聞かされたら、“あぁなるほど、無理だな”って納得したのを覚えているよ。そして絶望した、“恐竜を間近で見学するのは無理なんだ”って。アニメの中の青いロボットは、そのパラドックスをどうにか解消した未来から来たのだろうけど、一体どうしたのか聞いてみたいものである。



 草に場所を奪われたパンは、そのほとんどをノウァちゃんのカバンへと引越しさせた。それでも入りきらない分は仕方が無いので捨てる……という事はせずに、そのまま少々並足の馬上でふたりのランチとなった。干し肉をナイフで少量削ぎ、1センチほどにスライスしたライ麦パンでそれを挟む。要するに、サンドイッチのようなモノだ。


 コレがなかなか美味しい。まぁ、多少口の中はパサパサになるけども、コンビニで買えるサンドイッチに比べて旨みが強くて、俺は大好きだ。


「なんか、行儀悪いですわね。でも、楽しいです」

「だろ。ちょっと行儀が悪いくらいが、丁度いいんだよ。街中でやったらはしたないぞ。だめだからな」

「ふふふ、そうですわね」


 ほんの少しだけ湿気を帯びた風が、頬を撫でる。その風は不快な感じはしなくて、むしろ乾燥地帯から抜け出したという嬉しいお知らせのように思えた。旅の終わりも近い。


 町へと帰ったその脚で、俺たちはあの町医者のところへ向かった。彼は目をまるくさせ、“本当に持って帰ってきたのか! 本当に存在したんじゃなぁ! ヤフゥ!”と興奮気味に言った。

「素晴らしい。ほれ、今すぐに薬師のところへいくぞ」

 珍しい薬草を目の当たりにして興奮しているだけ、とも思えなくも無いが、彼があのメイドさんの弟さんを救おうとしていることには変わりはなく、ありがたみもまた変わることはなく感じられた。まぁ、少々急かしてくるなぁ、とは感じたが。


 馬は診療所に繋いだまま、俺たち3人はその薬師の店へと向かった。

 あまり客足のかんばしくなさそうな店構えではあったが、店舗内に置かれている怪しい薬瓶が“あ、ここの店主、出来るやつだわ”と思わせて逆に信頼度はアップ。ただ、少し埃っぽいのは、医療関係の施設としてどうなのかなぁ、とも思わされたが。

「ヒヒッ、なるほど、中々に根性のある若者だ。気に入った」

「若者ってお前も若いだろ。ていうか幼いだろ」

 薄暗い店内の、更に薄暗い埃の舞ってそうな奥から、その小さな薬師はやってきた。


 大丈夫なのか……。身体の小ささと薬師としての能力は無関係だ、というのは何となく分かるのだが、小さいというよりも幼いのだ。間違って何かヤバイもを調合されたらたまったものではない。

 あ、なるほど、この子、お父さんに頼まれて店番でもしてるのかな?


「おとうさん、いつ帰ってくるのかなぁ?」

「失礼だー!! おい町医者、この失礼な男はなんだ~!」

「薬師ゴッコじょうずだね、お父さん帰ってくるまで、待ってていい?」

「おまえぇぇ、そこの女も笑うなぁああ」


 町医者に詳しい話を聞いてみると、この女の子は確かに薬師らしい。史上最年少、14歳という年齢で国家資格を持つほどには優秀な子らしいのだが、どう見てもただの小さい女の子にし見えなかった。

「ごめんねぇ、おじょうちゃん」

「あたまをなでるなぁあああ!! なでるなぁ……だめ、でちゃう……」


「うわぁあああああ!! 耳が出て来た!!」

 彼女の頭を撫でていたら、隠れていたと思われる耳がピョコンと飛び出してきたのだ!

 この緊急事態には俺も、ほんの少しばかり冷静さを失わざるを得なかった。

「えぇ、耳! 犬じゃん、犬耳じゃん」

「触らないでください……くぅん……」


「和人さま……そんなことしては、だめです。種類を問わず、我々獣人族は耳が……その、弱いのです」

「へぇ~」


 しばらく耳の毛ざわりを堪能し、本題へと入った。

「で、だ、その男の子を治す薬を調合して欲しいんだ。頼めるか?」

「おまえぇ……、耳から手をはなせぇー」

 手を離して、ホントの本当に本題へと入った。

「頼めるか?」

「みゅぅ……今回だけだぞ」


 あの子供の命がかかっているという事は、幼いながらも理解はしているのだろう。少し厳しめに俺を睨みつつも、一応は了承をしてくれた。


「出来たぞ」

「はっや!! 2分クッキング? 2分クッキングかな?」

「クッキング……が何かは知らないけど、他3種類の薬草と混ぜ合わせるだけなんだ。程よく乾燥しておったしな。コレは、人肌の湯で成分を抽出して与えるのだぞ」

「へぇ、漢方薬みたい」

「そう、カン・ポヤークだ。古の書に乗っている物なんだが、よく知ってるな、おまえ」

「ふーん……ん!?」


 なるほど、現在指輪の形になっちゃってる自称魔王が持ち込んだのか。

『すげぇな、お前』

『は? 何を言ってるのか分からぬが、凄いじゃろ!』

『あぁ、すげぇよ』


 どうせならコンビニ持ってきて欲しかったなぁ。

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