第47話 それは、突然に。
昨晩は良く眠れなかった。けれども、膝枕ってするのもされるのも、幸せなんだね。そう感じた。もちろん多少の脚のしびれは発生したが、それを差し引いても余りある温かさだったことは本人には言えない。言わない。
「いつでもおっしゃってくださいね、私の身体は自由にお使いください」
「うん、分かったけど、その言い方は誤解を生むから気を付けようね。周り、だれもいないけど――」
誰か、来る。
「クソ野朗!! 見つけたぜ!!」
―― 一筋の光だったと思う。その瞬間の記憶は無い。
ただ、距離を詰めていた、知らぬ間に、光の発生源との。
「マイサン、少々身体を借りるゾイ!」
ふざけてる。指輪のアイツだ。
意識は失っていない。が、身体の自由が全く利かない。しかし、拘束されているという感覚は無く、言うなれば視覚以外の感覚が“遮断”されている、といった感じだ。
『今はお主に直接語りかけてる、今は周りには聴こえんぞ。面白いじゃろ?』
『別に特に面白いってわけではないぞ!! ていうか、ナニコレなんなの!? 早く返してよ俺の、カ・ラ・ダ』
『ウエー、なんじゃその言い方、含みがあって気色悪いのぉ……。そうだ、おぬしの王笏借りるぞ。ぉぉ、これはこれは、黒くて硬くて立派じゃのぉ。そそられるわい』
『ヴォエ! お前の方が気色悪いだろうが』
俺の手は、襲撃者の首を掴んだ。
「グッハァ……、て、てめぇ」
「話せば見逃してやらんでもない。お主、何者じゃ? 」
「グッ……おま、えら、死ぬんだから、言う必要……グ、ねぇだろう」
「そうか、仕方……無いのう。元は仲間だというに、このような終わり方とは、悲しいかろうて」
「き、さま、何を言って」
「パテット・フラマ」
俺の腕その物が燃えてるかのように、その耳にしたことのない魔法が発動された。
ん……、なんだこれ、スゴイ勢いなんですけぉおお!
『あつぅいいいいい! あっつ、あつ、あつ、あつい!』
『そうじゃの、しかしこれ、お主の身体や魔力炉が現在耐えられる限界まで出力を抑えておる。その指輪はワシの固有魔素の塊じゃ、本来ならもう少し威力があるのじゃがなぁ。もう少し我慢せい』
襲撃者の彼は上半身に煙を纏う。しかし、俺の腕は依然、彼の首を力強く掴んだままだ。
「ガァ……くそぉぉおお!!」
「やはり、出力を1割未満にしてしまっては、殺し切れぬかぁ。すまぬな、苦しませてしもうて」
『1割未満なの、あれで1割未満なのぉお!? 腕焦げるかと思った、どうするの、火傷したらどうするの?』
『お主が10割で扱えるようになれば、自ずと魔法耐性も付く。熱いとは感じぬようになる、安心せい』
彼は腰の短剣を手にとり、その瞬間エンチャントを施し、刃を俺に突き立てようとする。
――って、えええ、えええ! ヤバイ!!
いや、刺されたかと思ったが、刃は皮膚どころか服も通してはいなかった。まるで、薄い透明な鎧でも着ているかの様に、切っ先は服に到達さえしていなかったのだ。
『驚いたかの?』
『おしっこちょっと出た』
『おぬしぃぃぃいい……いや待て、漏らしてないではないか! 焦らせおって!』
『うん、多分もれてないなぁ、とは思った。というか、ココロのオシッコが漏れたみたい』
『意味分からんぞお前』
『そうだよ、意味わかんねぇよ。そもそも今の状況が飲み込めてないんだけどぉ!?』
こうして“ふたり”で話している間にも彼は俺を殺そうと、その手にする白刃の煌めきを俺に叩き付ける。何度も、何度も。もしかしたら刺さってしまうかも、そう考えると余り気持ちのいいものではなかったが、必死なその顔とは対照的に、俺と俺の中の自称父親は冷静で落ち着き払っている。
『あ、わるい、ちょっと後振り向いて』
『何じゃ? まぁ構わんが……』
ノウァは重そうなハルバードを手にし、今にも彼に斬りかからんと構えていた。しかし、加勢は必要ないと察しているのか、表情に厳しさは見受けられない。念のため、といったところだろう。
それでいい。
“指輪の声”は、更に首を強く握る。
「お主、無駄じゃぞ」
「お前まさか……! 話が違うぞ……話が違うぞぉおおお!! クゥロエェェェエ!!」
「クロエ……ほう。まぁ仲間を責めるな。もうお前は死ぬのだから、心配など無意味だろう? と言いたい所じゃが、ワシも鬼じゃないんでな。特別にじゃ、お前に逃げるチャンスをやろうと思うのだが、どうじゃろう? そうじゃなぁ、3分間待ってやろう。その間に好きなだけ逃げるがよい。その後ワシが追いかける。そして、3分間ワシの攻撃をしのいだら、見逃してやろう。殺しはしない、約束じゃ」
古い扉が開く音。彼の骨が悲鳴を上げているのだろうか。それが急に止んだと思うと、放たれた彼はその場に膝から崩れ落ちた。間髪をいれず、そのまま走り去ろうとする。
「3分じゃぞ、3分。かっぷらぁめんの出来る時間じゃ。さぁさぁ、早く速く、逃げろや逃げろ。その脚は飾りじゃないはずじゃぞ」
『――聞いておるか、我が息子よ』
『ZZZZZzzzz』
『うぬぅ……空寝であろう?』
『ZZZZZZzzzzz』
『おっ、美女がおるぞ!!』
『えっ、どこどこ?? 褐色ケモ耳ロリどこどこ?』
『おおぅ……お主……、お主ナイス趣味じゃ! まぁ、ワシはナイスバディな女性が好きなのじゃが』
いろいろと面倒だったから寝ようと思ってたんだが、やはり眠れるものでは無いな。制御を奪われたとはいえ、今戦っているのは自分の身体なのだから。
『しかし、まぁ、お主……、さすが我が息子といったところじゃ。美女に反応するとはな! よいよい、良いではないか! 英雄色を好む、ならば魔王とて色を好むのじゃ、グワッハッハッハッハッ!』
低音ボイスでふざけた事を直接脳内へ送り込んでくる、この変な人。いや、人では無い。指輪。
『わかったわかった。で、何?』
『空寝などせずに、よく見ておくのじゃぞ、戦いを。それも経験なのじゃ。見るだけでも“テレレレレッテッテー”じゃぞ』
なんだろう、その“テレレレレッテッテー”とは。
聞いた事がある音楽の一節なのだが……。この世界の、どこかの集落に伝わる民族音楽のようなものなのだろうか?
『んん……? う~ん……分からん!』
『はぁ……分からぬか……ファイクエのレベルアップ音じゃぞ。基本じゃろうが、バカ息子が。いい加減にせい!』
息子じゃないとおもうんだけど……。
『いい加減にしろって言われる筋合いねぇだろぉ……。まぁいいけどさぁ、もう分かったから。あのさ、3分過ぎてると思んだけど。月明かりだけで薄暗いし……ておーい! ファイクエの事なんで知ってるの!? あれ、俺の国の伝統的な遊戯なんだけど! んでもってテレレレレッテッテーって、経験を積んだ際に流れるサウンドゥエフェェクトゥなんだけど! といかさ、聞き間違いだと思って流したけど、さっきカップラーメンとか言ったよな!?』
『お前の“俺の国のモノ”っていうかぁ~“俺の世界のモノ”でしょ。わししってるよ、お主の“国”……いいや、“世界”に行ったことあるもん。ワシ、カップラーメン食べたし、ファイクエもやったよ。竜王超かっけぇーって思うたもん。こうなりてぇ……、世界半分勇者にくれてやりてぇ……って。ドラファンもやったよ、面白かった。カケフかっこよかった。野球選手じゃない方』
『うっそだろ!? お前うっそだろ!?』
どういう事なんだ? いや、“そういう事”なんだろうけど、それよりも逃げたやつどうするんだ!?
3分経ったけど、もう豆粒のように小さい影しか見えない。追いつけるのだろうか。




