第45話 ちっちゃなちっぱい、大きなしんぱい。
彼の病気は生まれつきだ。生まれてこのかた、綺麗な青空なんて見た事はないのだろう。貧民街の奥深く、カビ臭く乱雑な部屋のさらに奥。息苦しく生き苦しいそこに、あのメイドさんの弟は暮らしていた。
そんなことはどうでもいい。だってそれは、きっと過去の話になる。その浅い息を繰り返す小さな男の子に青空くらいは見せてやろうと決意した。
俺は新しく購入したイワシ、6人分12尾と2尾を成神たちに預け、一先ず町で一番大きな病院へと向かう。メイドさんは彼の入院の手助けを拒否したが、あの場所に医者を連れてくるなとは一言も言っていない。
俺が医者を連れて行き、その場で無理矢理診療してもらう。これでいい。反発はあるだろう。だが、後でいくらでも謝ればいい。
「――というわけなんですよ。来て頂けますか?」
医者は渋い顔をする。
「貧民街……でしょう?」
「そうですけど」
「彼らを治療したら私の評判に傷が付きます。申し訳ないんですが、それは出来ませんよ」
「あんた、それでも……。クソが」
吐き捨てるように呟く。
ハミルカル氏に圧力をかけてもらえたら一発なのかもしれないと考えたが、いくら領主でもそれは許されないだろうし、悔しいが彼の性格上それは期待出来ないだろう。
その後大きめの病院や診療所を数件回った。でも、そのどれもが同じような反応だった。“出来ない”“助けたいのはやまやまなんですけどねぇ”などなど。
そっか、この町の貧民街って、“そういう場所”だったんだ。
最後の望みを託し、この町で一番小さいと思われる診療所へと赴いた。
演技するつもりはないが、俺の説明からは恐らく疲労がにじみ出ていたのだろう、その診療所の医者は親身になって俺の話に耳を傾けてくれた。
――が、その歳をとった医者からは、絶望的な答えが返ってきた。
「今、なんて……?」
「もうしわけないが、ワシには治療できんぞ」
「あんたもかよ……! みんな、みんなそうなんだ、貧民街の人間と関わりたくない、評判が、って! あんたらは、自分の事しか考えてない! これだから大人は!」
「落ち着け、違うんじゃ。治療をしたくないのではない、今のワシにはその病気を治せないのじゃ。最近では根絶されたと思われてたが、大昔に流行った病気じゃよ。だが、一つだけ治す方法はある。かなり危険な賭けじゃが……」
「取り乱した、済まない」
「構わんよ、お主の気持ちは理解できる」
「それで、その危険な賭けって……治療が失敗する可能性が高いって事なのか?」
「いや、違う。ワシも聞いた事しかないのじゃが、治療自体は簡単じゃ。容態を見てその都度薬を投与。これででおそらく完治または寛解する。その子供の様子を治療を続ければ、死ぬ事はまず無いじゃろうな。……非常に苦しいが元々死に至る病でもないがなぁ。しかしなぁ、治療に必要な薬が無いんじゃ、この町にはな。無論、文献を基に薬師に合成を依頼すれば作れるが、問題はその材料なんじゃよ」
「ふーん、なるほど。分かった。“人里離れた山の奥に生える草”を持ってくればいいんだろ?」
「それで済めばいいんじゃがの」
“それで済めばいい”?
「おい、どういう事なんだ?」
年老いたその医者の話によると、薬の合成に必要な材料は全部で4つ。桃に似た果実の種、南方で取れる樹皮を乾燥させたスパイス、マメ科のハーブの根、乾燥地帯に生える黄色い花の草。現在この町で手に入らない物は、“乾燥地帯に生える黄色い花の草”である。他はそれなりに高価だが揃わないというワケではないらしい。お金は、まぁ何とかなるだろう。というか、何とかする。
それはそうと、この“乾燥地帯に生える”というのが実に厄介で、そこは現在敵対する隣国との国境に程近く居住するものもいない事から、モンスターの数もかなり多いとの事であった。仮に国をあげて当該地帯に人を派遣する場合、百人隊2つほどの編成で向かうのが好ましいとも言われているらしいのだ。この国の軍隊についてはよく知らないが、屈強な兵士200人でやっと安心出来るレベルというのは、そりゃぁ随分と危険な地帯なのだろう。
正直言って、俺はそれに恐怖を感じ、少しばかりの後悔の念さえ抱いた。大切な仲間の弟を救うためとはいえ、余りにも無謀に思えた。
その植物が多く分布するその乾燥地帯は、この町より早馬で2日強。捜索に時間はかかるかもしれないが、無理な旅では無い。でもなぁ、俺は馬なんて乗ったことないし……。そもそも馬を借りたり買ったりするお金も無い。ヒッチハイクしようにも、わざわざ危険地帯へと足を運ぶ奇特なヤツもいない。
あまり他人に頼りたくは無かったのだが、それではあのメイドさんと同じで問題の解決から遠ざかってしまう。ここは素直に、領主であるハミルカル氏に協力を仰ぐほか無いだろう。
早速ハミルカル氏に相談すると、快くOKをしてくれた。さすが、ハミちゃん。ちょっと臭いけど、懐の深いいいヤツである。すこし臭いけど、すごく嬉しい。
まぁ、ハミちゃんの人の良さは知っていたし、それにメイドさんの事情も把握してる彼ならば断ることも無いだろうと思ってはいた。
だけども、一つ条件があったのだ。“独りでは危険ですぞ。私が
独りでは余りに危険なため、人を1人付けるという。
えっ、1人? 200人くらいつけてくれないの?
ということはだよ、特に屈強な魔族の元魔王軍兵士かなぁ、なんかヤだなぁ。魔法使いのお姉さんがいいなぁ。
ここは嫌だったとしてもだ、屈強な兵士の方が良いのかもしれない。だって、独りよりは確実に事はすんなりと進むはずだから。メイドさんの弟さんのためにも、俺は男臭い旅路を覚悟しようではないか。
行くぞ、オー!!
でもやっぱり、なんかヤだなぁ。胸の大きな魔法使いのお姉さんがいいなぁ。ローブの似合うお姉さん。いい匂いがしそうで、そんでもって時々俺を叱ってくれるんだ、“はやく歩きなさい! このノロマ!”って。BIGな胸を揺らしながら。
ありがたいなぁ。
「あ、和人さま!」
「ノウァちゃん……! あれ? 成神たちと一緒だったんじゃ?」
「あの、父上に呼ばれて」
「ほう。家のお手伝いかな」
「いえ、どなたかの旅についていけ、と。どなたなんでしょう」
あぁ、なるほど。屈強な兵士でも、俺を厳しく叱ってくれそうなBIGな胸の魔法使いのお姉さんでもないのかぁ……。
「そっか、よろしくな!」
「えっ!? た、た、旅のお供って、和人さまの!?」
「そうだぞ、ノウァ。色々と頑張るんだぞ」
ハミちゃんはニヤっと頬を緩ませ、娘を激励した。
「色々ってなんだよ、色々って。ハミちゃんさぁ、俺言ったよね? 娘にそういう事を……」
「はて、何の事ですかな?」
「このっ……まいいや。よろしくな、ノウァちゃん」
俺を厳しく叱ってくれそうなBIGな胸の魔法使いのお姉さんじゃないけど、まぁいいか。
いかんいかん、旅の目的を履き違える所だった。冷静に、冷静に。
それは置いといて、だな。屈強な戦士ほどの強さも持ち合わせてなさそうだし、強力な魔法を操れるようにも見えない。文句を言える立場ではないのは理解してるつもりだが、ノウァちゃんで大丈夫なのだろか。
少々、いや、かなり心配ではある。




