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第40話 ハミちゃんフゥゥゥウ

 よく眠れたぜ!

 とは、とてもいえない状況であった。それというのも、昨日の乱痴気騒ぎの余波が俺の中に残っているからだ。“女子数人が集まったら話が止むことは無い”との、塩見リコの言葉が身に染みて感じられた。それでも俺のテンションが若干高めを維持していられるのは、それによって引き起こされた寝不足が原因なのだけど。

「おはよ~フゥゥゥゥゥウッ! 成神フゥゥゥゥゥゥウッ!」

「うっさいなあもう……」

「昨日のお返しだぜ、フゥゥ!」

「アストル・コリジョン」

 ボソッと、あの甲虫を撃破した魔法名を口にする。俺のハイテンションが危険な事態を招いてしまった。これはマズイ。


 “アストル・コリジョン(てんたいしょうとつ)”。

 それは天体衝突並みの物理的ダメージを与え、最低でも致命傷、最悪の場合は即死という、俺の中で今一番話題になってるヤバイ魔法だ。もちろん、危険な魔法故に誰でも使えるものではなく、ネジの外れた暴力的な人間にのみ行使の許された、人を選ぶ魔法なのだ。たぶん。

「はい、すみませんでした。ごめんなさい。もうしません」

「うん。じゃあ、10分後に起こして」

「はい、了解しました、女王様……」

「うん」

 女王様否定しないんだね……。ごっことはいえ、魔王の俺の方が偉いのに。偉いのに! フゥゥ!


 このハイテンションなんだけど、朝の食事を終えたら終了と相成った。少しだけ、そのハイテンションさんとの別れが心を冷やすのだ。けれども、今俺の中には中テンションさんがいるのでそんなに問題はないとも言えると。とは言ったって、いつだって別れは寂しいものである。その出会いが輝かしいものであればある程に、その思いは強く沸き立ち心の内を充たすのだ。


「はぁ~食べた食べたぁ~。あのスクランブルエッグ美味しかった」

 成神は満足そうに、少し膨らんだお腹を軽く摩り上げた。成神は満たされたが、俺の心はからっぽだった。

「はぁ、ハイテンションさん……」

「か、和人くん、ハイテンションさんって誰なの?」

「ハイテンションさんはハイテンションさんだろ、しらねぇのかよ。たまにお世話になってるだろ。特に昨日の夜お前らは全員、テンション激ハイギンギン丸だっただろうが。いい加減にしろ、ばーかぶわぁーか」

 俺と成神のやり取りを呆れ顔で塩見はそっと見守っていたが、ハッと何かに気が付いたように俺に話しかけてきた。

「テンション激ハイギンギン丸……なるほどぉ。和人さん、久遠さん、昨晩はお楽しみでしたね、ぐへへへへ」

 実にゲスっぽい。

「ばかやろうおまえ、お楽しみなんてしてないから」

「和人くん、お楽しみってなに? すっごく気になるー。なにしてたの?」

「なっちんこっちきて」

 塩見は手招きをして成神の耳に口を寄せる。まさか、ヤツめ、言う気か?

「おい! だめだ、戻れ……! 成神ィ! ヤメロォォォイ!」

「ゴニョゴニョゴニョゴニョ」

 長テーブルの端からも分かるほどに、みるみるうちに成神の顔に紅潮が差していくのが分かった。

「ゴニョゴニョにゴニョゴニョをゴニョゴニョするって事」

「ふゆうにゅぅ……」

 成神は自身の鼓動の高鳴りにテンポを合わせるかのように、スタスタと小走りに近い速度で戻ってきた。

 ヤバイ、これは特に理由も無い暴力を振るわれる! いや、理由はあるが、理不尽な!

「うあぁああ、ありがござ……あれれ?」

 俺の目の前で立ち止まり手を振り上げる、思いきや、手を握り締めて俯いたまま。顔も赤いままだ。

「お、おい、でゅ、どうした? 体調でもわりゅ、悪いのか?」

「むぅぅぅううううう」

「まぁ、その、あれだ。大丈夫、俺はお前を傷付けたりしないから。だから俺を殴ってもいいんだぞ。それよりお前、塩見ぃぃ!」

「あははははぁ」

「ぐわっはっはっはっはっはっ!! 愉快な方々ですな、和人さま!」

「笑ってる場合じゃないよ、ハミちゃんも畑と種の件で話があるからね!」

 しゅん、と、明らかに落ち込んだような仕草を見せるハミルカル自称元将軍。この人って本当に領主様なんだろうか。ちょっと、他人に対して優しすぎるというか、物腰が柔らかくてぐにゃぐにゃというか。仮に元将軍ってのがホントだとしたら、その優しさが仇となって魔王共々革命により国を追われたってことになるんだろうな、って感じさせられた。

 優しいだけじゃだめ。優しさだけじゃ、守れない物も沢山あるのかもしれないね。まぁ、将軍という役職もごっこの内なのだけど、俺も色んな意味で強くなって守りたいモノを守らないと、って強く思わされた。ありがとう、ハミちゃん。

 しかし、ちゃんと、ハミちゃんには畑と種の件で少しだけお叱りを受けていただいた。その時の表情ときたら、先ほどの落ち込みようよりも情けなくはないのだが、かなり厳しい顔をしていた。それを見る限りでは、ハミちゃん……否、魔王軍元将軍のハミルカル・バルカ氏の反省は本物のように思えた。そのごっこ遊びにかける情熱も、恐らくは本物なのだろう。だからこそ、怒ってよかったと考えている。


「だからね、娘さんにはそういう事を言わせちゃだめなの。畑だとか種だとか。女の子なんだよ? ね、だからダメ。分かった?」

「はい、失礼……いたしました、和人さま、いいえ! 魔王様!」

「うん。俺、魔王様だからね、超偉いからね。ハミルカル将軍さんは言う事は聞くように!」

「ははー!」

 この領主さん大丈夫なのかなぁ。なんてちょっと心配になっちゃうんだけど、悪い人ではないんだよねぇ。そういう人に人は集まるんだろうけど、如何せん頼りないというかなんというか。まぁ、それなりに上手く、この亡命政府の町を動かしているようではあるので、心配するのも野暮なのだろう。

 あ、いや、亡命政府は“ごっこ遊び”の流れの一環であった。いけないいけない、つい本気で亡命政府の話を信じてしまうところだった。


「でもさぁ、ハミちゃん。亡命政府って、一体なんなの?」

「我々の魔王様は元々、ここの隣国であるカタルタゴを統治してました。我々は人間との講和をはかっていたのですが、それを快く思わない現魔王派ととある者たちとが結託をし……。それで国を追われた魔王様ここに辿り着き、床に伏し……クッ」

 ハミちゃんは天を仰ぐ。その目には悔しさを溜め、やがて落涙する。

 うーん、ハミルカル氏の演技力は半端無い。すごい、心に訴えかけてくる力が、涙と言葉に確かにあった。いや、本当にこれは演技なのだろうか、そう思わせるほどだ。

「そっか。じゃぁ、そいつらをやっつけちゃえばいいってこと?」

「いえ、そうですが、そう簡単にもいかないでしょう。結託した者たちは、勇者の子孫だと聞き及びます。相当な実力者でしょう。革命に参加しなかった我が軍のその半数以上を、少数の革命派とその者たちで追い出したのですから。いえ、追い出した、というより、虐殺に近かった」

 んん、迫真の演技に、謎の説得力をすごく感じる。


「そっか。じゃぁ、俺ももっと修行して、ハミちゃんを笑顔にしてみせるよ」

 身長2メートルほどの強面のおっさんに言うセリフではないのだけど、この優しい人を笑顔にしてみたいな、とは思わされてしまった。それほどの演技力だ。演劇を間近で、というより、その演劇そのものに参加しているようで楽しい。魔王ごっこ、悪くはないですね。もちろん、楽しいから、って理由だけではない。領主様と仲良くしておいて悪い事はない。妹の消息に繋がる情報も後々手に入れられるかもしれない、なんて腹づもりもあるのだ。


 下心を隠しておっさんを笑顔にさせる。なんでしょうね、この感じ。危険な香りがしなくもない。


「そのお言葉が聴けただけでも、我々は……。全力で和人様にお仕えいたします。これからも、なんでもお申し付けくだされ」

「あはははー、大げさだぞ、ハミちゃん」

「お父様と仲がよろしいのですね、少し……嫉妬します」

「変な勘違いはしないでくれよ、ノウァちゃん……フゥゥウウ!」

「全力中の全力でお仕えいたいますぞ、ふぅぅぅぅぅ!」

 ちょっと調子に乗るところも可愛いハミちゃんなのでした。

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