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第39話 やっぱりちょっとイライラしてきた

 この深い深い夜が、俺はたまらなく好きだ。それは時の止まったかのような不思議な匂いを放ち、俺の心を落ち着かせてくれる。彼女らの狂宴により、少々うるさくても、だ。とは言え、その狂乱ぶりではとても心安らかに単調な時を過ごす事は叶わないのだ。だからといって、それが俺に憎悪の反芻をもたらすというわけでもなく、ただ単に“ちょっとうるさいなぁ”と思わせるのみである。

 そうこれでいいのだ。彼女らのいない静寂よりも、今はこの遠くの歓談が、コケの生す山の蝉時雨なのだ。


 また、このテラスを橙に染めるスタンドランプも、この空間を形作る重要な要素一つとなっている。その明るさだけでなく、オイルが燃える時に放つ匂いも。このハミルカル邸は緑も豊かで、土の匂いも緑の匂いも強く感じられる。

 俺はその二つの匂いも好きだ。火は励ましの、土は優しさの、草木は慰めの、それぞれの匂いで俺を包み込んでくれる。

 まぁ、今、この場での火の匂いってのは、手元にあるスタンドランプから漂う煤の香りなのだけど。

 あまりこの手の燃料については詳しくないのだが、オリーブオイルだか菜種油が加熱されたような匂いがする。あの、揚げ物を揚げる時の、油っぽい匂い。

 明らかにそれは植物性の匂いで、酒場で灯されているランプの匂いとは違う。あれは魚油を用いてる。だから、すっごく魚臭く、そして煤も多い。それでもそのランプも嫌いじゃないんだよね、俺。だって魚好きだから。あそこで出される魚料理は絶品なのだ。だから当然数の注文がある、仮にオリーブオイルのランプだったとしても、そこでは魚の匂いが否が応でも鼻腔をくすぐるはず。だからオリーブオイルにする意味は無い。


 あそこは魚だけじゃないけどね、絶品なのは。鶏肉も、豚も、全て美味しい。肉の仕入れさえあれば、カエルだってそこでは絶品料理になって出てくる。要するに、何でも美味しい。だから、魚臭いランプなんて気にならない。

 気にはならない、気にはならないさ。

 でも、今この場でそのかぐわしい魚油ランプに火を灯されたら、小腹の空いてる俺は狂ってしまうかもしれない。まるで血肉を求めるゾンビのように、魚料理を求めて酒場へと向かう。その姿は確実にそれだ。いや、火を灯されないでも、なんかもう、ちょっと酒場行きたくなってきた。考えただけでも空いた小腹を刺激されてしまった。恐るべし、魚油ランプ。


 ま、面倒だから行かないけどね。とにかく、このオイルランプは本当に良い。とても風流だ。

 じっくりとこう、炎の揺らめきを眺めてるだけでも、心が落ち着いていく。ゆらゆらと、その揺らめきはF分の1を保つ。

「はぁ、ぼや~っとして、オレンジ色で、温かい灯りだなぁ」


 テラスの椅子に腰掛けて、ずっと橙の揺らぎを眺めていた。どのくらいの時間が経ったのかは分からないのだけれども、ただ、少しの間だけ気を失うかのように眠っていた事だけはは確かだった。だって、気が付かない内に対面の椅子に女の子らしき人影が座っていたのだから。寝ぼけ眼ではそれが誰か判別は出来なかったけど。

「まったく、和人くんったら、風邪ひいちゃうよ」

 一番聞き覚えのある声だ、きっと、その影は成神。

「おおう、成神。パジャマパーリィィイは終わったのか。もうお前寝るの?」

「うん、寝ようと思って和人くんの部屋にきたらテラスで居眠りしてるんだもん。だめだよ、真冬じゃないからって、夜は冷えるんだから……」

「すまねぇな、成神。このまま寝てたら最悪死んでたぜ、助けてくれてありがとう」

 柄にもなく、素直にお礼をしてしまった。

「い、いいわよ……別に。はやくいっしょに寝よう」



 客室のベッドは広い。キングサイズとでも言うのだろうか? 通常、ベッドは長方形だが、ここの物は正方形だ。いや、僅かに横に長い、目の錯覚でなければだが。とにかく言えるのは、広いの一言なのだが、今はその広さを無駄にしている。

 これなら余裕を持って2人でベッドを使えるのに、成神は身体が密着しそうな程の距離にジリジリと掛け布団の中を近付いてきた。これじゃ、キングサイズの意味が無い。

「おい、こんなデカイベッドなんだから、くっ付かなくてもいいだろ」

「やだ……」

「キングサイズのベッドを楽しもうぜ、手足広げても余裕なんだが?」

「いいの、このまま」

 ううーん……。

「ノウァちゃんと一緒にお風呂入ったって本当……?」

「あぁ入ったよ。でも、入ろうと思って入ったんじゃない、たまたま居合わせただけだよ。お前が心配するような事はなにもなかったよ」

「べつにしんぱいしてないわよばか」

「ん? なんか言った?」

 彼女が何か小声で言ったように聞こえた。というか、普通に聴こえてはいたが、聴こえていないふりをした方がいい気がした。なんとなく、なんだけど。

「お布団、あったかいね」

「まぁ、確かにね。あったかい。お前と一緒だか――」

 なんで俺、腰骨あたりを殴られているんだろう。何回も、何回も、決して強くはなく。でも、弱くもなく。いっか、なんかマッサージ器みたいでちょっと気持ちいい。そして、心がちょっと温かい。

 ありがとう、ございました。


「成神ゴメン、寝たいからそれやめてくれ、やめ、やめてぇええん! はぁああん! あはあああ!」

 あれぇ……強さの無段階調節機能付きマッサージ器なのかな、少しずつ強くなるよ。そういうメニューなのかなぁ?


「もう分かったよ、お前も眠れないんだろ。寝るまで話に付き合ってやるよ。で、さっき皆で騒いでたけど、なにしてたの?」

「うるさかったよね? ごめん」

「いやいいよ」

「アレはね、枕投げしてたの。そしたらね、思いの外白熱した戦いになっちゃって。で、もう一回お風呂入ってくるね、って言ってノウァちゃんがお風呂はいって、そのあとお喋りして、で、ノウァちゃんが戻ってきてからもお喋りして……。あ、あの、携帯の話とか。和人さまの住んでた国の話もっと聞かせて、っていうもんだから、いろいろお話しちゃった」

「まぁ、仲がいいことに越した事はないよ。良かった良かった。ちょっとうるさかったけどな」

 なんて俺は言いながら、成神の方へと寝返りをうった。そんでもって間髪を入れずに頭を撫でてやる。こうすると、落ち着くのだ。俺が。

 なぜかと言うと、この次に待っているのは彼女による鉄拳制裁なのだ。それが非常にありがたい。待っているのは鉄拳制裁……なのだ。鉄拳……、来ない。来なかった。その代わりに、彼女は俯くような仕草でモジモジとし、自らの肌を労わる様に撫でている。

 いわゆるアレですな、照れ隠し。うむ、調子が狂うぞ。ここは殴る所だぞ、成神さん。


「和人くんがノウァちゃんとお風呂入ったって聞いたとき、もうだめだと思ったの。でも……、よかった」

「俺がお前を裏切った事があるか? 俺は、いつまでもお前と……」

「んん、こほん。和人くん、小学生の頃遊ぶ約束してたのにすっぽかした事あるよね!?」

「アレはしょうがない、その日発売したファイクエに夢中になって……。し、仕方ないだろ! クラスでレベル上げ競争してたんだから! その代わり、今はお前に夢中だよ!! あっ……」

 つい口に出してしまったよ。

「まーた和人くん調子いいこと言ってぇ~」

「ッせーな、ヴァァーーカ!」

「ばーか、ばーか」

「馬鹿って言った方が馬鹿なんだよ!」

「最初に馬鹿って言ったの和人くんだよ、ばーかばーか」

「ふふ、あははは。懐かしいな、なんか。子供の頃も同じ事を言ったような気がするよ」

「そうだね。言ってたよ。馬鹿馬鹿って。私たち、考えてみると長い付き合いだよね……あっ、違うの、その付き合いってのは、幼馴染としての付き合いって意味!」

 自分的に恥ずかしいことを言ってしまうとそっぽを向くその性格も、昔のままであると感じた。

「私もう寝る」

「お休みなさい。電気消すからな、じゃないや、ランプの火消すからな」

 ランプ本体を手でしっかりと保持しつまみを絞る。芯を下ろした彼はじゃあまたねと炎を見送った。残されたのは、幾らかの煙とオイルの匂い。

 ランプの灯りが消えて改めて、そとの意外な


 スタンドランプのつまみを絞る。芯を下ろした彼は、じゃぁまたねと炎を見送った。直後、そのオイルランプからはオリーブが強く香る。それと共に橙を失った部屋は、その暗さに月明かりの梯子を招き入れる。それを舞台照明にして埃がクラシックバレエを踊った気がした。

 それが騒がしかったわけじゃない。でもその後も彼女は少しの間は眠れなかったようで、興奮からなのか少々荒い鼻息を時々立てていた。そういう分かりやすい所も好きなのだけれど、やっぱりちょっとだけうるさく感じた。でも、この感情でさえ宝物なのだろうな。成神久遠がいなければ抱くことさえ無かったのだから。


 悪気は無いんだろうけど、本当にうるさいな。やっぱりちょっとイライラしてきた。

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