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第38話 ハミちゃんの馬鹿野朗

「では、何かありましたら、ご遠慮なくおっしゃってください」

 俺の眼前で深々とお辞儀をするのはこのハミルカル家のメイド、クラシカルなメイド服に身を包んだ長髪の人外さんだ。その彼女にハミルカル邸の客室へと案内された。そこは調度品も豪華で、まるで王族か何かの主寝室のようであった。

 不釣合い。俺には似合わない。だから、ちょっとばかり落ち着かないのだ。そりゃぁ、こんな経験は自分の人生で二度とないと思われる程に羨ましがられるものかもしれない。しかし、人間にはそれ相応の部屋というモノがある。例えば俺なら、村長に借りているあの家。その部屋なんかが丁度いい。雨の漏るあばら家ではないものの、板張りがそのままで調度品も自然の素材を生かした無塗装。それが俺にとっては心地の良い部屋なのだ。もちろん、この世界に飛ばされて来る前の、あの部屋も懐かしく心を揺さぶる。


 とは言っても、今は文句を言える立場にはいないのだ。なにせ、この部屋を貸してくれたのは、この地方の領主であるハミルカル氏なのだから。自らを元将軍だと言う変わり者の獣人ではあるが、悪い人でもない。単にそういう理由で怒らせたくないというのもあるのだが、その領主って肩書きが怖い。この邸宅を見る限りそれに嘘偽りは無く、彼の心象を悪くしてしまったらきっとあの村も追い出されるだろう。


 というわけで、ちょっとだけ緊張なんかしちゃったりして、今日はまだまだ眠りにつけないのだ。それに、隣の部屋から声が響いてくるのだ。かすかに、だが。家主の……つまり領主・ハミルカル氏の娘であるノウァを含めた、女子5人組の談笑だ。それが鬱陶しく感じるわけではないのだけれども、その音の大きさというよりも内容に気がいってしまう。耳を済ませても、壁に耳をあてても、重厚な壁のつくりの前では内容を把握できない。

 なんだろうなぁ、エロい事でも話してるのかなぁ、思春期真っ只中の俺は少しだけ悶々としちゃったりもする。この際だからお部屋に突入してしまおうかな、なんて考えたりもするんだけど、領主の邸宅で娘相手に騒ぎなんて起こしたら事だから、止めたほうが無難であろう。


 気分を入れ替えにもう一度お風呂でも入るか。身体を一度温めてから体温を下げると副交感神経が優位になってよく眠れる、ってテレビで見た事がある。ゆっくり寝られればいいのだけど。

 それに彼女らはだいぶ話し込んだ、そろそろやつらは寝るはず。実際ちょっと静かになってきて“そろそろ寝よっか!”という流れになっていると思われる。つまり、俺がフロから上がった頃には、きっと彼女らは深い眠りの中だろう。

 さっさと使用人待機部屋へと赴き、バスタオルを受け取り浴室へ向かう。控えめながらも溢れ出る喜び。スキップと歌を口ずさみながら、なんて、子供みたいである。

「バッ、バッ、バルネウム~テルマエちゃうよ、ちゃうよ~」

 テンションが上がっているのには理由があって、部屋を見れば想像は出来たが、浴室も豪華で広いのなんの。学園寮の個室に風呂があるのだが、それの何倍あるのだろうか想像も出来ないほどなのだ。何せ、浴槽で水泳も出来る程なのだから。

「おっ、和人さま。今から湯浴みでもされるんで?」

「うん。ハミちゃ……ハミルカルさんも寝られなかったんですか?」

「私の事は好きに呼んでください、ハミちゃんでもかまいません。あと、敬語はやはり止めていただけたら嬉しいのですが」

「そ、そう……? まぁ、ハミルカルさんがそう言うなら、敬語も完全に止めるし、ハミちゃんでいくけど」

「光栄の至り」

 ハミちゃんは緩やかな動作で右手を自らの胸に当てた。それは敬意を表す礼の仕方なのだが、ごっこ遊びとはいえ領主にそんなことされると、俺はとてもとてもかしこまってしまう。というか、困ってしまう。

「ま、ま、まぁ、お風呂入るぜ。じゃあ、また明日、ハミちゃん」

「お休みなさいませ、和人さま」


 ……お風呂最高。温かいお湯は至高の液体だね。“至高の液体”なんかちょっといやらしいかな。

 適温に熱せられたこの液体は、当然の事ながら水である。しかし、単なる水なのだが、ここまで人の心を潤す事が出来るのだ。その偉業たるや、賞賛に値する。

 ランプの薄い橙が浴室を染めている。明るすぎず、暗すぎず。丁度いい。

「ゴクラクッ、ゴクゴクラクラク……あやばい、ちょっと飲んじゃった……」

 歳甲斐もなくはしゃいでいたら、少しばかりお風呂のお湯を飲んでしまった。恐らく、2メートルほどのおっさんが出た後の残り湯を、だ。それよりも前に女子たちも入ったのだろうけど、ワイン樽に泥水が一滴入るようなもので、余り気分のイイものではなかった。

 嫌だなぁ。ハミルカル氏が嫌いなわけじゃないけど、嫌なものは嫌だなぁ。

「で、そのいやだぁ……いやだなぁ……って思ってたら、立て付けの悪い扉がゆっくりと開くんですよ。ぎぃーって。ゆっくりと、ゆっくりと。そしたらそこには……!」

 テンションが若干下がったものの、平均値よりはまだまだ高いままであった。独りで怪談話なんてしちゃってる。これも、この豪華な浴室の持つ効果なのだろうか。


 背中に感じる一粒の水滴。

「ひゃん!?」

 浴槽より蒸発した水が天井で冷やされ、ぽたりと背中に落ちてきたのだ。思わず“ひゃん!”と口走ってしまった。

「乙女かよ、ひゃん! って乙女かよ俺」

「和人さまって乙女なんですか?」

「いや、どうだろうな、乙女ではな……ウィィィィッ!?」

 誰かな、誰だろ、誰ですか!?

 目を瞑り呆れ顔での独り言、それに応ずる澄み切った声。声の主、それは恐らく女の子。これは目を開けてはいけない気がする。

「ちょっ、えっ……大丈夫、目、開けてないから、大丈夫」

 ダメだ、目を開けずに帰ろう。見てみたいけど、ダメだ、見ちゃいけない。

 俺は、そのまま、脱衣所まで向かう事にし――


 足を滑らせた俺を襲ったのは、白波が砕ける音。水中……いや、この場合は湯中とでもいうのか、まぁそれはどうでもいい。水中に引きずり込まれた俺は焦って起き上がった。

「やめてよ、和人さま……今はまだ、早すぎですわ……」


 目を開けると、あぁ、そこには領主の娘……。しかも、浴槽の縁に壁ドンしちゃってしまっては、もうこれはやってしまいましたわとしか言えない。きっと、強制退去ですわね。

「うわぁああああごめん!」

「いいよ、和人さま。それより、ちょっと話がしたいんですの。ささ、横に座ってください」

「えっ、えっ……は、はにゃ、はにゃすぃ? え、い、いいけど」

 焦りすぎて噛んでしまった。

 気を取り直し、彼女の横にゆっくりと座りなおした。

「和人さまって、農業にも明るいとお聞きしました」

「お、おお、そのこと? お、俺はそんな……。農業知識には明るくないよ、村の人の方が詳しいって。積み重ねてきた知識の量が違うもん。でも、少しだけ収量を増やす方法なら教えてあげられたけど……」

「そうなんですね。それで、ですね、私の父上に“ノウァ、お前は我が民族が誇る優秀な畑だ。和人さまに種を植――」

「アー! アーーッ! それはダメ、だめだめ、ダアァメ! その話は今ココで忘れなさい!」

 この褐色の少女・ノウァは、年齢も背格好も転移組女子とほぼ同じである。そんな子が、畑だの種だの言ってはいけない。

「種ってなんですの?」

「それはそうと、さっきまであいつらと何を話してたの?」

「和人さまたちの国の話です。実に興味深いでした。魔導具も見せてもらいましたの、ケイタイと言うとか。あれすごいですのね、魂を閉じ込めてました」

「君昔の人みたいな事言うのね。アレは写真って言って、風景を高速で書き写す魔導具なの。害は無いよ」

 “充分に発達した科学は魔法と見分けがつかない”とも言われているし、携帯端末を魔導具と言っても差し支えはないだろう。実際、人が自力では実現しえない事をやってのけるわけだし、それって魔法みたいなものなのだ。遠くの人間と話したり、今の話みたいに風景を切り取ったり、レシピを調べたり……色々ある。話しかけたら答えてきたり。

 あ、そういえば、あの指輪、もしかして……。

 ローブの少女と対峙した際に声が聞こえてきたが、最初はアレ、幻聴かなって思った。でも今考えてみると、何らかの魔法だったりするのかもしれない。あの後、ハミちゃんから受け取った指輪が熱を帯びて……。なるほど、この指輪は魔導具の一種の可能性が出てきた。

「この指輪なんだけどさ、何か分かる?」

「その指輪、ですか? 父が大切にしていました……それは、先代魔王様の遺品です。詳しくは分からないのですが、魔王様の固有魔素(オド)が宿ってるとききます。ようするに、残留思念みたいなものです。王権を譲渡するために、魔王様の全てが詰め込まれているそうです」

「へぇ、設定よく練ってるね。気合が入ってるごっこ遊びだな……」

「ごっこ……?」

「いや、こっちのはなし。ありがとうな」

 “いえ”と、しっとりと艶のある肌を曝け出しつつ、彼女は微笑む。

「質問に答えたのですから、私の質問にも答えていただけます?」

「いいよ、来い来い」

「種って――」

「野菜のアレだよ。畑に植えると芽がでてくるアレ。ノウァちゃんに家庭菜園でもやってほしいなぁ、ってハミちゃんが言ったんじゃないかな」


 この後、知りうる限りの農業知識をノウァちゃんに叩き込んだ。とは言っても、種や苗を植える際の株間の取り方や、間引きの重要性、肥料の三要素くらいしか知らんのだけども。それでも、家庭菜園をするだけなら充分な知識なはずである。農業博士でもないのだし。


 農業知識のひけらかしの後、一息つく。開いた窓より流入する春先の冷気により、浴室の水蒸気は一気に霧へと変化する。その小さな水の粒子は目で追えるほどに大きく、ランプの橙に照らし出されていた。粒子を追ってそのまま視線を窓へと向けると、綺麗な夜空が広がっているのが見えた。

 ランプのオイルが燃える匂い、薄明かりの橙に照らし出される艶のある肌。じっくりと見ていては失礼なのだけど、それは俺の目を奪っていた。

 それに彼女は気付き、ジトーとした目で俺に“な、なんですの?”と投げかける。

「なんでもないよ、なんでもない」

「ふぅーん……そう。和人さまが望むなら、全て見せて差し上げますのよ。だって、あなたは魔王さまですもの。私はあなたの……、あなたの物なのです」

 ……ふぉぉおおお! 一度は聴いてみたいセリフ来た! というか、魔王ごっこ遊びに娘まで巻き込んでからに。ちょっとハミちゃんには後でキツく言わないと。親としてどうなのよ、と。まったく、もう。


「そういうのはね、好きになった人に言わないとダメだぞ。ドゥユーアンダスターン?」

「え、ど、どういう、あんだーすたー!? えっ、えっ!? い、いえ、わかりました」

 一応は理解はしてくれたようで、安心した。そして、純粋そうなこの子に畑だとか種だとか言わせるハミちゃんには、マジで後できつく物申そうと心に固く誓う。


 ハミちゃんの馬鹿野朗め。

今回より、2000文字程度だったものを1話4~5000文字に。

更新がちょっとだけ遅くなるかも!?

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