第36話 好きな人は好きなんだろう
どこの馬の骨とも知らない冒険者ってのは、この異世界にはそりゃもう沢山存在する。いやいや、それどころか、人間ではない者さえもそこそこ存在するのだ。だから“どこの馬の骨とも知らない”というだけでは問題にはならないんだけど、その範疇でも飛び切り怪しいのがどうやら俺たちだったらしい。
俺たちの風体は人種としては珍しいのかもしれないが、亜人族との差異に比べたらそれは微々たる物である。それに、特に目立つような行動だってとってはいないのだが。
それでも、領主に名指しで呼ばれた。俺たちが一体何をしたというのか?
いやまてよ、思い当たることがないわけではなかった。それは、そう、アレ。3人組がボロボロの洋館を無許可で根城にしていた事案。アレかもしれない。いやしかし、彼女らは退去勧告に素直に応じたし、無許可とはいってもかなり綺麗に利用していた。当然それでも感謝こそされないだろうが、責めるのもあまりに可哀想な話であると感じた。
まったくもう。ちょっと面倒くさいなぁ。ま、一言謝ってそれでおしまい、だろう。これはちょっとフラグっぽいが、流石に処刑はないはずだ。
「やっぱりおいしいなぁ、焼き鳥。魚醤の香りが気になったけど、今ではぼくの大好物だよ」
「雨飾、お前らのせいで呼び出されたんだぞ、焼き鳥なんて食ってる場合か。もう!」
「ううぅ、でも、おいしいんだもん」
「うん、分かるよ、分かる。分かるけどね、君ら3人が勝手にあの洋館に住み着いたから、こんな……。まぁいいや、洋館だけに、よう噛んで食べるんだぞ! なっ!?」
誰も反応しなかった。誰でも構わないので殴って欲しかった。ただそれだけ、ただそれだけの小さな願いさえも無残に打ち砕かれた。今まで頑張って生きてきた、真面目に生きてきた、それに対する神様の答えがこの無視なのだ。
芦尾志月だけが多少申し訳無さそうにしてくれたが、逆にそれが悲しみを増幅させたような気がしなくもない。
「泣いていいかな……?」
「は、はい……いいと思います」
それはそうと、途中でまた雨飾が買い食いした以外は特にハプニングも無く。
乱立する2階建ての住居や店舗のジャングルを進むと、急にその空が青く展開された。その広場は、領主の屋敷、その門をバックに校庭ほどに広がっている。
屋敷自体も実に豪華だ。威風堂々たるその外観は、あの洋館の上を行く。この屋敷に比べたら、アレは藁葺のあばら家と言ったところであろう。それはまぁ、ちょっと言い過ぎたかもしれない。しかし、そう感じさせるほどのものであることは間違いない。
重厚な門扉を叩く。地中から響く地鳴りのように、その扉は唸りを上げる。そして夜から昼へと逆転したように、目の前が明るく開かれる。それが凄く眩しいのだ、人が立っていても分からない程に。まぁ、要するに、“誰かそこにいるのか?”と思えるほどには見えた。人のシルエットのみであるが。
「おお、和人さま、いらっしゃいましたか!」
“さま”? 領主に様を付けて呼ばれる程、俺は大物では無いはずだが。なんだろ、罵倒されるより怖い、なんか怖い。
太陽の眩しさが和らいだ瞬間、領主が何故俺を様付けで呼んだのか理解ができた。
「おひさしぶりでございます、私は旧魔王様が統治していた国カタルタゴ亡命政府の町……アエヴロの町長兼領主――」
野太い声、濃密にたくわえられたヒゲ、恵まれすぎた体躯。そう、俺を呼んだ領主とは、自称元魔王軍将軍の魔王ごっこ遊びギルド代表のハミルカル・バルカのことであった。
なるほど、金持ちの暇潰しで魔王ごっこか、そんなに暇なのか、領主って。
「あぁ、ちょっとくさいおじさんだ! ひっさしぶり!」
「ぉおおおおおぃぃぃ成神ぃぃぃぃぃ、ダメ、それはダメ! ハミルカルさんすんません、ほんとすんません!」
「止めてください、和人さま! そのような!! 土下座など!」
「いやいやいやいや、ほんとすんません」
青い空の下を何故だかふたり謝り合って、石畳の長いペイブメントの上を館へと向かった。なんだかそれが凄く清々しく、そしてちょっと温かかった。
そんでもって、やっぱり成神の言う通りハミルカルさんはちょっとくさいかもしれない。まぁでも、臭いとは言っても、汗臭さなどではなくて、ペットの犬のような若干の獣臭さである。嫌悪感は抱かない。むしろ、ペット嫌いじゃなかったら好きな匂いなのではないだろうか。まぁ、その主は恵体のヒゲ面おっさんだけども。
まぁ、好きな人は好きなんだろうな……。
ちょっとだけ書きだめしてたやつ




