第35話 ひさしぶりの、ありがとう。
普通の高校生である俺。その俺の事を“マイサン”と呼んだ謎の声の主。“お主、この世界に来て何か気が付かなかったのか? 周りの人間がニホンゴを使っていたじゃろう”と、そいつは不思議な事を言っていた。
気が付かなかった、余りにもナチュラルに周りの人間が日本語を使用していたもんだから。
確かに、みんな日本語を巧みに操っている。今いるこの酒場でも、周りの人間は全て日本語を操っている。くだを巻く飲んだくれのおっちゃん、店員さん、全員がそう。習ったものではなく、もう最初からそうだったのだかのように流暢に。一部で通じない言葉も存在するが、意思の疎通に関して全く不都合が無かったりする。因みにだが、関西弁は今の所確認できていない。
まぁ、それはそれでイイ。だって、この異世界で生きていく上で意思疎通が出来るのは大きい。けど、とても不思議で夜も眠れない。睡眠時間が30分ほど短くなったような気がする。
「成神ぃ、最近さ、なんか気付いたこと無い?」
「べつにぃ」
ヴァカめ! まぁ、俺も気が付かなかったんですけどね。
そうだ、例えば、何らかの不思議な力により、俺が異世界語をネイティブ並みに駆使出来たとしよう。それで俺が異世界語を日本語だと誤認したとも考えられる。そして、この世界に飛んできた者たちを逸早くなれさせる為に、何者か、神様のような者がそういう操作をした事も考えられる。しかし、“何者かの意思による言語的認識への干渉”では説明出来ない物も沢山ある。
まず、ジャガイモ。まぁ、“ジャガイモ”という言葉自体はいいとしよう。しかし、このジャガイモ、見た目もジャガイモなのだ。theジャガイモ。味もジャガイモ。とにかくジャガイモ。美味しい所もジャガイモそのもの。茹でてよし、焼いてよし、揚げてよし、生はダメ。特に陽に当たって緑色になった部分はダメ。そこも同じ。これも、味覚視覚の認識に干渉でもしてるのだろうか。仮にそうだとしても、そうする理由はなんなのだろうか。なんか、こういうの聴いたことがある。赤を赤として認識するクオリアがどうとか、そういうの。幻覚を見せる魔法はあるが、アレは外とから誤った情報を与えるに過ぎないが、クオリアに干渉する程の高度な魔法なんて聞いた事も無いし……。そもそも干渉してどうなるのか、ならないのか、そういう事さえ分からない。
それに、もう1つ。このあいだ俺たちは背開きで干物を作った。その陰干しをしている開かれた魚を見て、村の長はこう言ったのだった、“ずいぶんと変わった方法を知っておるんじゃな。昔、わしのひいばあさんがそれをやっておったぞ”と。
魚の乾物は古来より存在する。文化の違う異世界で、魚を乾物にするという発想が生まれないとは言えない。だが、俺たちが作ってたのは干物。それも魚の乾物である事には間違い無いが、現物を見た人間がまるでそれを過去に見たかのような反応をした。
何故だ。ここは異世界ではないのか? 異世界のようで、実は過去の世界だった、なんて衝撃的事実がこの後すぐ発覚するのだろうか?
なんてことを、蟹を食べながら考えていた。あの一件で一緒に打ち上げられた大きい淡水性の蟹。それを酒場へ納入、料理されたものを現物支給の対価として頂いている。相当な数を生きたまま納入した故、いくらでも食っていっていいとの事だ。料理をする手間が省けたと考えれば、十分過ぎる対価である。因みに、本日に限り飲み物は飲み放題。アルコール以外は、だが。とは言っても、未成年なので元々飲む気なんてさらさらない。
そしてこの蟹、丸々とハサミを太らせた食べ応えのあるナイスカニ。固いハサミの部分の殻を酒場のハンマーで割り、その身を露出される。口に運ぶと広がるのは、濃厚な蟹の香りだ。美味しい、実に美味しい。
このノコギリガザミみたいな蟹は、現代世界では決して高いモノではない。それはこっちでも同じで、――まぁ今日はタダだが――安価で食せる。それなのに、味はタラバガニやズワイガニを凌駕する。
「なんか皆しゃべれよ! 無言で食うな! いや、食事中はあんまり喋っちゃいけないけども!!」
「んん、だって、蟹食べてる時ってみんな真剣になるじゃない? しょうがないよ」
成神は、この蟹、何杯目なんだろうな。すごい量を食している。まぁ安いからいいんだけど。
「たしかに無言になるよなぁ。美味しいのに、殻を取り除くのがちょっと面倒なんだよな。分かる分かる」
「ウン、ソダネ、ウン」
「なんかお前むかつくなぁおいぃ」
成神の頬を両手でつかみ、餅のように横へと引っ張る。むにぃ~っと、少しだけ伸びたような気がした。でも、すべすべしてて、お餅みたいに適度に柔らかくて、温かくて、なんだか凄くドキドキしてしまった。よく考えてみれば、成神久遠も一応女の子なのだ。俺がドキドキしてしまうのも無理は無い。
「んにゃ、いたいよ、かずとくん」
「ハッ! ご、ごごご、ごめん。じゃねぇや、お前他人の話を聞いてて生返事はよくねぇぞって事を言いたいのです、もう!」
さらに引っ張る。
「ふううぁあ、いらいよ、やめれ、やはひくしへ~あんっ」
「騙されんぞこのやろう! おらおらおら」
その後、ちょっと弱めに殴られた。久しぶりに、ありがとうございました。




