第34話 紅い走狗
“やったか?”。自然とおれの口は、そう発していた。勿論理解してないわけではない。これは相手の生存フラグ……、って事は。相手は高位魔術師なのだ、これくらいで殺しきる事が出来るとは最初から思ってなどいない。
ただこの“やったか?”ってセリフ、前々から言ってみたかったモノではあるので、今の俺はちょっとした満足感を覚えている。
池の水が熱せられ状態を変化。その蒸気が冷やされ、白くこの池がウエディングドレスのように美しく着飾っている。そのドレスがスケスケとなり、炎に焼かれたはずのローブの少女をこの目に晒すはずであった。が、やはりフラグは有効だったようで、その少女は大火傷を負いながらも全方位障壁の展開により致命傷を避け、さらには回復呪文で傷を癒しつつある。
なんか知らんが、気のせいなのか魔法がすんなりと強く吐き出された。なのに、そいつは生きている。俺たちに対し殺意を持つヤツが、今そこで息を吹き返そうとしている。
怖いよ。心がどんよりとしていくのを感じる。成神たちに何か有ってからでは遅い、コイツはここで終わらせないと、そう強く思った……思わされた。
「悪いな、俺も鬼じゃねぇんだが、魔王なんだよ」
いや、そんなつもりは無かったが、そう口走ってしまった。ごっこ遊びが板についてきた、って事だろうか。
恨みはない。ただ、怒りをぶつける様に、先ほどよりも炎を強く、強くイメージする。その炎が、俺の心に火を灯したような気がした。カーッと熱くなり、力が無限に湧き出てくるような気さえする。そんな、圧倒的強者感。勘違いかもしれないが、今はそれでも心地が良い。
「せめて苦しまないよう一瞬で。灰も残すなよ、フラム・フラマ……」
「やはり、あなた……」
苦虫を噛み潰したような、とにかく、余裕の無い顔を見せるあの少女。魔法が発動される直前、彼女は逃げようとするものの、俺の放った紅いの走狗に飲み込まれる。撒き散らされる火煙、水分を含んだ脂肪が燃える、パチパチとした微小な破裂音。しかし、叫び声は無く、実に呆気ない最後であった。
その暇さえ無く、苦しまずに逝ったのなら、それでいい。苦しませる為に放ったのではない、殺すために放ったのだから。
ちょっとだけ、なんだかうら寂しい気持ちに陥った。別に、可哀想だって思ったわけではない……はずだが、それでも、心のどこかでそう思っているのかもしれない。でも、相手も殺すつもりで俺たちに挑んできたのだから、殺される覚悟くらいはしていてだろう。そうでなきゃ、俺はただのゲス野朗になってしまう。なんて、これまた柄にもないのだけど。
ま、いいか。
「行こう、雨飾。魚の干物作ろう」
「うん、そうだね」
そうと決まったらローブの少女ことなんぞ考えている暇はない。あの3人が作業を続ける小川までは駆け足。俺はすぐにナイフを取り出し、池に流れ込むその小川で魚の下処理を始めた。〆て、血抜き、大きめのやつは背開きで、小さめの物は丸干しで。
複数の大きい皮袋に水を入れ、持ってきた天然塩を溶き、濃度約15~20%程度の塩水を作る。これに魚を20分ほど付け、その間に用意していた細い木の棒に“目刺し”にする。その棒を木より垂らした2本の縄へと挿し込み……。これを繰り返す。池へと魚を戻しに行った際、あのローブの少女がいないかと心配になったけども、影も形も、灰も残ってはいなかった。
彼女のあの重力操作魔法のお陰で、このお魚カーニバル。考えている暇なんてなかったのだけど、そこはしっかりと感謝をしたいと思う。ありがとう、って、
あ、そういえば。
取れたのは魚だけじゃなかった。なんと、淡水性の大きな蟹も取れたのだ。それも、ノコギリガザミのようにハサミの部分がまるまると太っている、なんとも食べ応えのありそうな蟹だった。これは、大収穫だ。
一通りの下準備を終え、一部の魚は塩漬けにして自分たちで食べる事に決定。塩分は高めだ、きっと腐ったりはしないだろう。
村長には干物の場所を教えた。干物を盗む者はいないと思う。だが心配なのは、野生動物。まぁその辺は村長さんも色々考えているだろう。監視要員を置く、などなど。
「おぬしら下処理までしてくれたのか。済まぬのう。ヒモノ、と言ったか? 乾し魚と何が違うのじゃ?」
「まぁ、魚を開いて塩水に漬けてから干す、乾し魚の一種です。ヒモノって、普通はカラッカラには乾燥させないんですけどね」
「ほう。ずいぶんと変わった方法を知っておるんじゃな。昔、わしのひいばあさんがそれをやっておったぞ」
「へぇ……」
干物って、まぁ、どこの世界にもあるよね。塩漬けにして干すだけだもん。でも、開くのも一緒なんだ……。
少しだけ、不思議な気持ちに陥ったのだけど、いったいこれって……。




