第31話 半魚人じゃなかった
で、結論からいうと、魚のモンスターが出現する事も無く……。ただ、魚は異常なまでに釣れた。いわゆる、入れ食いと言った状況で、その場で絞めなければ著しく鮮度を落とす事になるほどであった。木の桶には入りきらないのだ。昼食は勿論、魚アンド魚。まぁ、俺を含め全員が魚大好き人間だったので、そこは問題が無かった。というか、ただの淡水魚のくせに、すごく美味しかったのだ。身はボソボソとすることはなく、丁度良い火加減でしっかり焼くと、その身はもう凄くプリプリになり、極上の白身魚を味わうことが出来る。この魚ならば、きっとカラッカラに乾燥させた干物であっても、水で戻せばそれなりに美味しく頂けるはずだ。
気付くと、木の間に這わせた縄には、万国旗のように魚が微風に揺らいでた。
ん~まいっか、モンスターの一体でも出現してくれないと、やはり、なんかクエストって感じがしないのだけれども、一応これも経験だからな。
「成神、お前何尾食った?」
「食べた量なんて一々記憶してないよ」
「だよな……」
彼女がそんな事を記憶しているとは思っていなかったが、やはり、予想通りの答えが返ってきた。それでも体重は極端に増えているワケではないのだから、きっと栄養は全て馬鹿力を生み出す筋肉へと言っているのだろう。大きい甲虫モンスターを殴り殺す女の子だもんな、怖い。しかも今回食ってるのは、恐らくは良質なタンパク質がたっぷりな白身魚である。良質なタンパク質×筋肉=、暴……筋力アップである。
ありがたいのか、ありがたくないのか、ちょっと分からないですね。痛いというレベルを超えてしまったら、“ありがとうございます”と言う余裕が無くなってしまう。殴られたら“ありがとうございます”というのが礼儀なのに、だ。それはとてもマズイ。
「たんぱくしつ、たんぱくしつ~」
時折“たんぱくしつ”と呟きながらもくもくと食すのは、雨飾千晴である。彼女も成神と同様で腕力に頼る戦いをする。同様、といっても、それを専門的にしているようで、恐らくは成神の馬鹿力よりも上を行く馬鹿力を持っている。それプラス、身体強化魔法、自在に状態を変化させる包帯……かバンデージ。彼女に殴られたくはないな、こちらもまた“ありがとうございます”と言う余裕はなさそうだし。でも、頼れる子だ。悪い子でもないし。
「あんまり食い過ぎても、全て筋肉になるわけじゃねぇぞ。脂肪になっちゃうぞ」
「うっ……そうなの……。でもぼく……」
彼女は両手を自らの胸に置く。たぶん、脂肪がここについたらいいなぁ、とでも思っているのだろう。確かに彼女の胸は、こう言っては失礼だが有るのか無いのか分からない。という事は、無いということなのだ。有るけど、無いのだ。男ではないのだけど、直球勝負で言うとまな板。小太りのおじさんの方がまだ“有る”。
「桐生さんが千晴ちゃんの胸を凝視してニヤけてますね、これは事件ですねぇ」
そう言いながら、魚を食べつつメモを取るのが、塩見リコ。学園では校内新聞の記者をしていた。好きなモノは噂話、という、典型的な校内新聞記者である。
「『ワイセツ事件! 桐生氏が女生徒Cの胸を凝視!』という見出しで行きましょうか」
「いや、そういうメンタルを攻撃するのはありがたくないです……やめてください……」
「うふふふ」
その横で口を覆い静かに笑うのが、芦尾志月。こいつらの中では一番の常識人であるが、少々抜けてる所がある。あと、デカい。
「『また起きたワイセツ事件! 桐生氏が女生徒Sの胸を凝視!』という――」
「やめろぉ……」
こうしている間も、成神と雨飾は魚を食べ続けていた。うん、食欲が無いよりはマシさ!
ふと空に視線を向ける。その先には、いさぎのよい素直な青が広がり、その下には魚を食べ終えた者たちのシエスタ。ゆったりとした正午過ぎの時間は、何事も無く過ぎ行く。
「モンスター、出てこいやぁ!」
叫んだ途端、大きな音と共に水柱が上がる。
「ひえぇええええ」
「えええええ、なにこれ、なにこれー」
成神さん、それは水柱だよ。
水の飛沫が少しずつ晴れ、音と水柱の元凶が姿を現した。水から出てきたもんだから半魚人かと思ったが違う。人だ。水面より数十cm上を浮いている。水から飛び出したのではなく、水面の直上に“着地”したのだろう。とにかく、一応は人型である。
「あっはぁ~ごめんあそばせぇ」
うーん、女の子だろうか。浮遊するところから魔術師だと推測できる。格好も、古風な魔法使いだ。
「この辺にぃ~、大魔術師が住んでるって聞いたんだケドォ……君たちぃ、知らないカナ?」
「ん~知らないですね……」
「あらそぉ。じゃ、見られちゃったから、死んでね?」
空中に魔法陣。それは複数現われ、中心に光球を形成。空中より何かを抽出するように、それは大きくなってゆく。
湖畔の木に立てかけていた王笏を手に取り、構えた。
「あらぁ、それは……。まぁいいわ……、ホント、丁度いい」
ローブの下の顔が、不気味に微笑んだ。




