第30話 出てくるなよ、絶対に出てくるなよ
俺と塩見は皿を遥か下に眺め、呆然と立ち尽くす。きれいに平らげられた皿が整然として並べられており、それは食事を盛り付ける前の光景を思い起こさせる。
「あれ、食事……、俺盛り付けたよね?」
「うん、美味しかったよ」
そう答えたのは、食いしん坊将軍成神。その唇は使用した油を身にまとい、キラキラと朝の光を反射していた。雨飾も同様である。そのキラキラが静かな水面の乱反射であるならば、どれだけ俺は救われただろうか。俺は、というか、俺と塩見の2人は。
しかし、2人の食いしん坊、成神と雨飾の満面の笑みを見ると、朝食を頑張って作ってよかったなぁ、と柄にもなく作り甲斐を感じたりもする。そりゃまぁ、料理を美味しく頂いてもらう事ほど嬉しい事はないだろう。料理人としては。
いや、料理人じゃなかったわ。
「ごめんなさい、止めたんですけど……」
芦尾が申し訳無さそうに謝罪をした。謝らないでほしい、君が悪いわけじゃない。
「いや、いいよ。美味しかった?」
「はい、とても! 美味しかったです!」
「それはよかった、俺も嬉しいよ」
俺、料理人になろうかなぁ……魔王候補なんて辞めて。たしか、料理人を養成するギルドもあったはずだし、ちょっといいかも……。って、本来の目的を忘れてはならないな。未だに見つからぬ、妹を探さないと。あと。ついでに他のクラスメイトも……。
“作り甲斐がある”とは言っても、腹は減る。なので、卵焼きを先ず作る。次はマッシュポテトの残り物に香辛料と炒めたタマネギと挽き肉を加え、自作パン粉をつけ揚げ焼きにした。いわゆるコロッケというやつなのだが、こいつは優秀だ。すでに中の物に火が通っており、衣が狐色になればそれで完成。俺でも簡単に作れる。
ちゃんと全員分を作ってやった。単純にまた笑顔を見たい、という気持ちもあるのだが、成神なら“私の分がない”とうるさく言うに決まっている。後で何かを言われる前に、作ってやったほうがいいのだ。
一通り準備を終え、我々は村長の家へと向かう。手土産はコロッケ。現代世界なら適当な茶菓子がいいのだろうけど、残念ながら異世界に菓子折りは売ってないのだ……。あぁ、栗まんじゅうとかモナカ食べたい。
俺の手作りコロッケを受け取った村長は、その場で味見をする。そんでもって、“なんじゃこれは、美味しいぞ”と興奮気味に村長夫人話す。無邪気な子供っぽさが、なんとも面白い。
レシピを教えて欲しいとの申し出を快く受け入れる。元々、俺が開発した物ではない故に、そうしたみたいに振舞うのことに罪悪感を覚えるが。しかし、まぁ、またまた子供のように喜ぶ村長がすごく面白いので、どうでもいいっか。
ごめんな、村長、あんたすげぇ面白いよ。コロッケ、楽しんでくれ。
「あ、そうそう、ダイズを茹でたものを具として混ぜても美味しいですよ。それと、じゃがいもの代わりにカボチャを使ってもいいです」
「ほう、そうか、やってみるぞ! お主、料理人にならんかの?」
「はははっ。いえいえ、冒険者ですから」
冒険者というのは、表向き。念のため、そういう事にしている。
「そうか、残念じゃの……残念じゃの……。お主の作る料理なら、毎日店に通うんじゃがのぉ……」
「あなたっ、私の料理じゃ不満?」
「いや、そういうワケではないんじゃが……あぁ、そうじゃ、1つ頼みたい事があるんじゃがの」
なんだろ、婿に来いとかじゃないよな?
「なんです? 心に決めてる人がいるんで無理ですよ」
「何を言っとるんじゃ、お主……。上の娘はやらんぞ……」
|村長(80)《そんちょうかっこはちじゅう》の娘か。
「あ、それは結構です」
「お主たまに凄く失礼じゃの……。まぁいい、その頼みごとなんじゃが――」
村長の頼み事。それは……、保存食用の魚の確保、であった。隣国との情勢不安により、若い働き手が徴集されたのだ。兵力の増強を目的とし。大きな戦闘こそないが一度徴集を受ければ、4~5年は帰れない。少なからず、死ぬ事だって有り得た。今後、その徴集が増えれば村は食糧不足になり得る。その
最初は“はぁ、魚とり? 漁師の仕事だろ”と思ったのだが、止むに止まれぬ事情がある。これもまた、断るわけには行かない。
「あぁ、いいッスよ」
「おお、受けてくれるか! それじゃ、明日、漁具を届けるから、それで頼むぞ、カズトよ」
「ほいほーい、うけたまわり~」
安請け合いでいいのだろうか、とも感じたのだけど。まぁ……ただの魚釣りだ、遊びのつもりで臨んでもよかろう。申し訳ないのだけど、ちょっと楽しみでさえある。
ま、変な魚モンスターなんて、絶対出てこないだろうしな!!
まぁ、出てこないだろうなぁ。




