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第25話 晴れてほしいなぁ、って。

 甲虫を一撃でノックアウトしてしまう、成神久遠の腕力と脚力。それがもし、俺のデリケートな部分に向けられたら……なんて考えみると、俺はもう震え上がってしまう。ブルブルと、生まれたての子犬みたいに。


 実際にその一撃をデリケートな部分で受けたとしよう。その様な事態に陥った場合、疑問が帰結する場所はたった1つ。それは何か? 失神、である。


 通常、一般的な人間は痛みを与えられた際、“ありがとうございます”という感情表現を行なう。これは人類の普遍的性質だ。しかし、打撃を受けた場所がデリケートな部分だったとしたら、そこから発せられる痛みは激烈なものとなるだろう。そして待っているのは、失神。まれになんやかんやでいろいろ有って死に至ることさえもある。

 しかし、どっちにしろそのデリケートな部分が無事でいられることは、まず有り得ないのだ。つまり、いつも殴られている俺が無事でいられるのは、奇跡に近いと言えるのだ。これはもう、神様に心より感謝をしなければ俺の気持ちが治まらない。ありがとう、神様、仏様。


 ちなみに、デリケートな部分というのは、頭の事である。脳は非常に繊細な臓器であって、外部より与えられた衝撃で頭蓋骨の中でプリンの様にぷるんぷるんと揺れ、プリンの様に崩壊するだろう。生卵の方がまだ丈夫である。それ程にデリケート。




 

「成神久遠さまぁ~、がんばれ~」

「急になにソレ! また変なこと考えてるんでしょ! っとぉ」

 彼女は殴打の片手間に、“様付け”をした俺に笑顔を投げかける。どことなく怒っているように見えなくも無いそれであったが、彼女が甲虫を殴打し続ける限り俺のデリケートな部分は恐らく安全である。この後の事を考えるとちょっとだけ恐怖が渦巻き始めるけども、まぁ、お菓子でも買ってあげれば、憂慮せしめるこの状況を脱するのも容易いであろう。

 問題は、何を買ってやるか、だ。下手に安い物だと逆に立腹させてしまうし、逆に高過ぎる物だと懐疑的な目で見られる。しかし、あるのだ、これにも“場所”が。たった1つのシンプルな答え。というか、まぁ、考えるのも面倒なのだ。一緒に選んで一緒に食せば、彼女は腹を満たし、腹の虫も収まる。同じ腹。で、なあなあの内にうやむやに終わらせる。これが一番だ。


「成神~、今日の夕飯何食べたい~?」

「え~? なんでも~いいよ~! っと!」

 “何でもいい”が一番困るんだよなぁ。せめて、揚げ物がいい~とか、エビが食べたい~とか、あるでしょう!


 ま、適当に惣菜を見繕うか、併設酒場(あそこ)で何か食べればいいか。


 食事の事を考えられるなんて、自分の事ながらずいぶんと余裕があるなと感じた。それもこれも、成神が戦ってくれてるお陰だ。強いんだもん、出る幕が無いよ。むしろ、今の俺では足手まといなのではないだろうか。全く、全く情けない。果敢なく情けない。


「あぁあああ、もう! 今日は豪勢にいくぞ!」

「あそこ? あそこ? やった! っと」

「女の子があそこって言わないの!」

「えっ、なんで?? おっと」

 なんだろ、これ。戦いながら日常的な会話してる。非日常に日常織り交ぜ、不思議なミックスジュース。


 彼女にとっては、朝飯前の仕事に他ならないのだろう。まぁ、朝飯前でなければ、チェイサーにはなれないけども。




 とうとう甲虫は最後の一匹、世話役を失った動けない女王だけだ。

 俺は見ているだけだったので疲れてはいないのは当たり前だが、成神もまた汗一つかいていないところをみると、恐らく疲労は感じていないのだろうと推測出来る。体力モンスターな成神久遠は恐ろしい。

「ごめんね、私たちもやらなければいけないの……。本当にごめん」

 そうなんだけれども、その時少しだけ悲しそうに、成神はその表情を歪めた。少々横暴、そして暴力的である彼女だが、根っこの部分は至極優しいのだろう。いや、優しい、それは確かだ。幼少時に水溜りで俺が転んだ際、彼女は手を貸してくれた。まぁ、そのまま手を引いてくれればよかったのだが、その次の瞬間、残酷にも俺の手を離したが。それが目覚めの瞬間でもある。本当にありがとうございました。

 それも、満面の笑みだったからなぁ……。本当に恐ろしいのだけど、でもそこもまた俺が彼女を好きな理由の1つである。




 ゆらりと身体を傾ける成神。そのまま加速をし、女王との間合いを詰める。手にしたステッキを正面に構え、突進をする。

「砕け、アストル・コリジョン!」

 ステッキの接触、鋭い煌めき。瞬間、煙を撒き散らし、彼女と女王を俺から遮った。

 なんだこれ、すげぇ。


 両の足を踏ん張り、彼女はその場に停止。少しだけその表情は曇っていた……様に思える。煙はまだ僅かに滞留し、完全には晴れていない。

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