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第22話 殴られた方が回復する

 “何事も経験だ”

 ハミルカル・バルカ元将軍が何を言いたいのか、鈍感だと罵られた事のある俺にも、今回のその言葉は何となく理解出来た。しかし、さすがに、キイチゴの収穫が魔王になるために必要不可欠なもんだとは、俺には到底思えない。

 いやぁ、だって、キイチゴの収穫ですよ。そんなもの、ピクニック気分でやるようなものです。木の実を集めつつ時々味見、昼には焼いた肉を無発酵のパンで挟んだサンドイッチを食べ、そのまま談笑、さぁ行くかと重い腰をあげて再び木の実集め。

 それのどこに修行要素があるというのでしょう?

 無いとしかいいようがないではないですか、なんか“ない”が多いなオイ。


 精々、足腰が鍛えられて、健全な精神が築かれるだけ。

 それはとっても、素晴らしいです、実に素晴らしい。素晴らし過ぎて、黒くグロく暗雲垂れ込めるオーラを放つ魔王がする事ではない。


 いや、待てよ。そんな単純な事ではないかったり……?

 確かに魔力体力や残虐性を育てるのだとしたらキイチゴ修行では不足であろう。でも、人心掌握の手段としてはどうだろうか?

 “あぁ、恐ろしいけど、あんなに美味しいキイチゴジャムを作って私たちに分け与えてくださる魔王様はなんて素晴らしいんだ、一生付いて行こう”と、ストックホルム症候群の如く対象の心を鷲掴みにする事も可能なのではないだろうか?

 もしくは、人間の姿をして、キイチゴジャムで地域に溶け込む……とか。


 つまり、バルカの“何事も経験だ”と言うのは、そういう事(・・・・・)なのだろう。




 だけど、けれども、やはりソレ、考えれば考える程に恥ずかしいな。

 魔王がジャムを作ってはいけないなんてルールは、当たり前だが聞いたことは無い。だけどもやはり、家庭的過ぎるそれは少しだけ間抜けに見えてしまうのも当たり前だろう。

 目的の為に間抜けなことを恥ずかしげも無く実行するのが真の悪人……なのかもしれんが、俺は真のワルではない。俺は、成神のパンチが好きなただの高校生だ。

 というより、ただの魔王ごっこだからねぇ……。そこまでしなくてもいいとは思うのだけれど。

 

 バルカ曰く、様々な経験が魔王……いえ和人様個人としての器を大きくするのですガハハ、との事なので、如何なることでもきっと意味は有るはず。


 ま、とにかく、これから色々と経験していかなければな。

「あんな事いいね、こんな事もいいね~」



 ということで、本日、成神と2人でやって来ましたのは、害虫被害で疲れ果てているというとある果樹農園である。

 なんでもここには大型の昆虫が出るという事で、今日は気合を入れてクエストをこなしに来たのだけれど……。


「なにこれ甲虫怖い……」

 その害虫とやらを目にした瞬間に出てきたのは、その一言であった。

 大きさは、そう、目測で仔牛ほどはあるだろうか。これは大型の昆虫と言うよりは、モンスターと言った方が正しい。

 というより、モンスターですね、こいつは。



 そしてこいつの声。キィキィと、口元から有機的とも無機的ともとれぬ音を常に発している。きっとただの鳴き声なのだが、それはまるで錆びた蝶番の発するものであって耳障りが良いとは言い難い。

 やはりモンスターですね、こいつは。


「聴いてないよぉおおお」

「いいえ、クエスト広告にちゃんと書きましたが、大型昆虫と」

「はい、そう記憶してます……。してますけどぉぉ」

 デカ過ぎである。


 やるしかないよなぁ、依頼受けちゃったもん、やるしかないよなぁ。よくみたら、なんか小さい気がしてきた。これなら倒せるかも。


 それはただの錯覚でありまして、実際は、本当に大きかった。

 そして今、ありえない程に大きい甲虫から逃げ回っている。


「そこの洞窟入るぞ、洞窟ぅううう」

 その穴へと飛び込むと、湿り気の有る闇が俺たち2人を包み込んだ。不快ではあったが、巨大甲虫の恐怖に比べれば幾分マシである。

 ――はずだったのだが……。


 逃げ飛び込んだはずの洞窟の奥のほうから、あの鳴き声が聴こえてくる。キィキィと。

 これはアレです、そういう流れ。逃げ込んだ先でもモンスターと遭遇する、という、アレです。


 嫌な予感は往々にして当たってしまうもので、洞窟のその奥から聞こえてくるのはあの甲虫の鳴き声である。姿は確認出来ないが、あのような特殊な鳴き声を出す生物は他にいないだろう。


 しかし、洞窟を奥へと進むと、そいつはいた。

 それも、飛び切り危険(やば)そうなヤツが。

 同じ甲虫のようにみえるのだが、フォルムは大きく、それでいて若干腹部が長い。これが地獄からそのまま這い出てきた化け物だよと言われても疑いはしないだろう。

 そして、おそらくそれは、いわゆる女王と言われる存在だ。つまり、先ほどの彼らの母親。

 その周りには卵らしい殻が散乱しており、リアルタイムでその女王は産卵行動を続け、それを先ほど遭遇した甲虫の仲間が世話をしている。


 グロテスクだ、眼を覆いたくなるほどに。

 それは俺に、昔見た凶悪な宇宙生物を思い出させていた。


「和人くん、あれ、気持ち悪い……。エイリヤンみたいでキモコワイ」

 成神も、どうやら同じ物を思い浮かべているようである。


「だよな、それそれ。お陰で今日はご飯食べられないかもしれないぜ。特にお肉と甲殻類は無理だなぁ……これは。困った困った」

「だね、困った困った」

「エイリヤンの角は非常に鋭利やん」

「あっ、そう。急にどうしたの?」

 あっそう、と言う淡白すぎる返答は、彼女の持つ拳よりも俺のメンタルにダメージを負わせる。

 これならまだ、殴られた方がいい。むしろ、今は殴ってほしいぐらいだ。そうすれば、きっと俺のメンタルのダメージもヒーリングされると思う。


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