第21話 魔王的ななんか凄いやつ
ともあれかくもあれ、総合案内所は目の前だ。
しかし、俺の中ではまだキイチゴジャムの売り出し方について思案を繰り返し、いまだ決定には至っていない。
まぁ、それはどうでもいいのだが……。どうせ成神が殆ど食べてしまうし、思案に意味など無いだろう。
いつも通りに中へと入ると、いつも通りの視界がそこにはあった。
併設された酒場で昼間から飲んだくれ管を巻く者、独り静かにシミジミと飲む者、酒を飲まずに黙々とモグモグと食事をする者、いろいろだ。呆れが礼にくるその光景はここでは日常で、それでいて意外や意外、見飽きない。
人数分の飲み物を注文し、テーブル席に腰をかけた。
「タカシーあれば楽なのになぁ……! タカシー、タカシー! ヘイ、タカシ!」
成神が叫ぶ。
「タカシーじゃなくてタクシーな。タカシ君を勝手に異世界に転移させるなよ、かわいそうだろ」
「おおぉ、和人様ではないですか! 近頃では珍しい折り目正しいお方でいらっしゃる!」
「タカシくん?」
「バルカですぞ、成神どの」
間隙をつく、強面のバルカ。その強面に対し、タカシくんなどと言い放つ満面の笑みの成神。
「それに比べこのバルカ、遅刻などという……申し訳ない!」
物凄い勢いで土下座したよ、この人。
「えっ、そういうの、ちょっと困るなぁ……困る」
「許してくだされ、魔王様!!」
「ええぇ……、あ、そういう、なるほど、魔王ごっこ始まってるのね?」
「ごっこなどではありませぬぅぅ!」
かなり本格的な“ごっこ遊び”の様であるが、床に頭を何度となく打ちつける様子は少々引く。
ごめんなさい、なんか怖いです。
「それはホンットにでやめてください! おねがいやめて、何か俺が悪い人みたいだからやめてぇ……! やめろぉやぁ!」
「許してくだされぇ~! 処刑だけはなんとか~」
「こっちこそ許してぇ~、おねがい! やめてくれないと処刑するゾ!」
「やめてくだされぇ……やめてくだされぇ……まだ娘は幼いのです……私が死んでは生きていけませぬ……」
テーブルでドリンクを飲む成神たち4人は、俺たちのこの寸劇を冷ややかな目で眺めている。さらに店員さんに至っては呆れ顔で、周りの飲んだくれ冒険者たちの注目も集めはじめている。
これはちょっと恥ずかしいぞ。
ごっこ遊びとは言え魔王軍の元将軍が人間に土下座をするなんて……というより、土下座をさせてしまっている自分が恥ずかしい。俺はモンスタークレーマーなのではない、ただの高校生だ。
だから今すぐにでもこの元将軍をなんとか説得して場を収めたいのだが、なんか……この人、いや、この亜人族さんは俺の話を聞いてくれなさそうであった。
丁寧語で話しかけても余計に恐縮をしているようであったし、なんとも熱の入った演技である。
本格的というか、アホらしいというか……。
「っていうか子供いるのぉおお!?」
「まだまだ小さいガキンチョではございますが、これがまた可愛いのです。親になるというのはいいものですな、魔王様。なので、なのでぇ……処刑だけは……!」
「しないから処刑しないから、処刑しないから! 絶対処刑しないですから!」
「どういうわけか、“絶対”が付くと絶対処刑される気がしてくるのですが……、分かりました。和人様の言葉を信じさせていただきます」
ギルドへの加入にあたって特に書類などを書かされるということはなかったが、一つ小さな金属製っぽい指輪を渡された。
この指輪、俺が作った王笏と同じ様な輝きをしている。
それは、艶の無く重苦しい闇をそのまま凝固剤で固めたかのような黒。どこか熱を持っているかのようで、それでいて万物を凍りつかせる冷気を放ってもいる。とは言っても、指に通して凍傷や火傷を負うことはなかったので、まぁ、良かったなと一安心。
「え、なにこの指輪、こわい……」
「それは、我々の主で有る事の証であります。まだ和人様は、仮の状態ではありますが、これから魔王になるための修行をしていただく事になりますな」
「めんどくさそう……帰りたい……」
「そう言わず、我々の手により国を取り戻しましょう。がははは」
「ごっこ遊びなのにめんどくさい……あぁ処刑しようかなぁ……」
「やめてくだされ……」
当然と言えば当然なのだろうけど、強面の亜人族が半泣きで許しを乞う姿に、今後しばらくは処刑という言葉をなるべく使わないようにしようと心に誓う。このおっさんのためというよりは、その娘さんの為である。このような大衆の面前で親が土下座なんぞしていたら、さぞ悲しいかろう。
「んで、修行って何をすればいいの? 精神と時の小部屋みたいな所で戦闘を繰り返せばいいの?」
「精神と時の小部屋が一体なんなのかは分かりませぬが、まぁ戦闘になることもありますな。基本的にには、様々な経験をして頂くとということになりますな、例えばクエストなどを受けていただくといったぐあいに」
「ふぅーん。で、報酬とかはあるの?」
報酬という言葉が俺の口から出た途端、成神たちと談笑している塩見リコの表情が明らかに変化した。なぜなら、彼女は金にがめついからである。それも、超がつく程に、だ。
「そうですなぁ……、我々からは基本的には何も出せませんな。だってそうでしょう、我々が支援しては良い経験になりませぬ。しかし会費などはありませぬし、クエストで得た金品はそのまま和人様の物になりますぞ。それに、先ほどお渡ししたその指輪があれば、少しは和人様の助けにはなるでしょう。我々の支援なんぞ必要ありませんぞ」
「へぇ」
「指輪所持者と契約をした者……眷属の魔力を高めますし、その眷属となった者の能力を一時的に借り受けることも可能でありますな。これは一日に一度しか使えぬ上に、かなりの魔力を消費するのでオススメは出来ませぬが。契約をする場合も、能力を借り受ける場合も、指輪をつけたままその者の魔力炉に近い部分に触れその意思を示せば、特定の詠唱は必要ありません。簡単に扱えますぞ」
バルカの話によると、一般的にはその魔力炉とやらは心臓に存在する。
それに形はなく、概念として存在するものなので、これを移植することはかなり難しいと習ったことはある。しかし、まさか一時的にでもそれに似たことが出来るとは思わなかった。
よく分からないものは、使わない方がいいだろう。とりあえずは、魔力を高めるというこの指輪の力を利用させていただくとしよう。うん、そうしよう。
そして、クエストをこなせばいいとの事であるが、本当にそんなんでいいのだろうか。一応、魔王ごっこなわけだし、もっと魔王っぽい修行とかしてみたいという気持ちも大いにある。
例えば、ダンジョン最深部で封印されたモンスターと戦う……とか。そういうモノを想像していた俺からしたら、少しばかり拍子抜けである。
しかしまぁ、それでも、この頂いた指輪が何か魔王の証っぽくて、ちょっとだけ俺の中の中二を刺激する。この憧れの固まりである黒い指輪に痺れている。ビリビリと電気でも流れるかのように痺れているのだ、今、俺は。ビリビリ。
「すげぇ、高そう。いくらで売れるんだろう」
「売ったら流石に、このバルカも怒りますぞ……」
すくっ塩見が立ち上がり、すたすたと近付いてきた。
大体、何を言うのか想像はできる。
「それいくらで売れるの?」
「だよねぇー、そこ、ゼニゲバ塩見ちゃん的には気になるよねぇ。実は俺も気になったー」
「次ゼニゲバって言ったら、射るわよ。どこをとは言わないけど、射るわよ」
「ごめん……」
「売れませぬぞ、塩見どの。これは魔王の一族にしか扱えぬゆえ、街の商人に価値など理解できませぬ」
魔王の一族、ねぇ。
その後バルカさんと一緒に喉を潤し、挨拶を交わして解散した。
ギルドメンバーに課される過酷な目標や規制、会合などはなく、唯一課されるのは“色々経験しろ”というものだけであり、なんちゃってとは言え魔王候補養成ギルドであるのに少し拍子抜けをした。
もっとこう、ガッチガチに規則で固められてるのかと思った。街にいてはいけない、食事はなんか魔王的なグロテスクなヤツだけ、笑ってはいけない、などなど。まぁ、そこまで厳しかったら、ごっこ遊びとしてはやり過ぎな気もするが。
そして、このギルドにいて何か特殊なスキルでも得られるのか、という俺の質問に対してバルカから返って来たのは、“魔王的ななんか凄いやつです、期待しておいてくだされ”というあいまいな物だけだった。
すごく気になる。魔王的ななんか凄いやつ……、一体なんでしょうか? 一撃で街を消し去る爆発を起こせたり、海を割ったり、とにかく凄いのだろうか。まったく想像がつかない。
「うーん、魔王的ななんか凄いやつってなんだろうな」
成神はまさに思案中といった顔でテーブルの周りを回り、俺の真後ろにぴたっと止まった。
「わかった、ハーレム……?」
「ほー、いいなぁそれ」
「むっ……わたしはソレ嫌だけどねっ」




