第19話 “これ売れるよ、売れる”と繰り返すのがちょっとウザかった。
言うなればホーンテッド・屋敷。ゴシック様式の、それはそれはとても荘厳なお化け屋敷だ。
ホーンテッドっていうのは“たまり場”という意味があるのだけれど、これはまさにゴーストによるゴーストの為のゴーストのたまり場と言った感じで、そのゴシック感も相まって余計にゴースト感が増す。
霊感なんてものは持ち合わせていないはずなのに、かすかな寒気を感じた気がした。
塩見不動産の物件はマジでヤバイ。
「なんか出そうなんだけど、塩見ちゃんはホーンテッド・不動産屋でも経営してるのかな?」
「はぁ? 何言ってんのよ、そんなワケないでしょうが。というか何よ、ホーンテッド・不動産って……」
お化け屋敷とまで頭の中で扱き下ろしたこの物件だが、、中に入ると俺の考えは少し軌道修正がなされた。
やはりと言うべきか、住人が女子3人ということで、内装に関しては然程ひどくはなさそうなのである。ぱっと見た感じ、蜘蛛の巣が張っている様子も見受けられない。
それでもやはり、ホーンテッド感は漂っている。
「俺用事思い出したかも。ゆえに、そろそろおいとまさせていただこう」
「ゆっくりしてきなさい。今みんな呼んで来るから、待ってて」
「う、うーん、分かったよ」
「素直でよろしい」
「素直なのは帰りたいって気持ちなんだけどなぁ……あぁ~帰りたい!」
このホーンテッド・屋敷のそれらしいロビーチェアに、そろりと腰を下ろした。
「いるよな、ここ」
「うん、いそう。幽霊がいそうだよね。でもおっきくて広くて、貴族っぽくてすてき」
「確かにね。貴族っぽさはあるよね。これは貴族っぽいゴーストが出てくるね、きっと」
この明らかに上質な空間、絹の布地のような滑らかな雰囲気の内装は嫌いじゃない。むしろ自分が高貴な人間になったのではと錯覚させられるので、悪い気持ちではない。
ホーンテッド・屋敷感も、その高級・高貴さ故の先入観によるものなのだろうか。
そう考えると、これはそこまで悪い物件ではないのではないか、そう思えた。事実、彼女ら3人は呪われることも無くここを根城としている。それがホーンテッド・屋敷でない事の証明たり得るのか疑問であるけども、まぁ、彼女らが無事なら無事で良い、という事にしておきたいと思う。
ホールの奥側にある2階へと上がる階段、その2階の更に奥から、3人の談笑がガヤガヤと近付いてくるのが確認出来た。
おそらく、塩見、志月、雨飾、の3人であろう。
「――ってワケよ。いきなりねぇ~」
「でも良かったですね、誤射しないで。ライフル射撃が苦手な雨飾さんでしたら、桐生くん死んでたかもしれないですわ」
「だよねっ、志月ちゃん。ぼくだったら間違って撃ってたかも……っ。あはははー、あははぁ」
笑い事じゃないんですけどね。
弓矢が得意な塩見でよかった。他の二人だったら、俺は死んでいたかもしれない。
「あっはぁ、良かったね、和人。リコちゃんが弓の名手で命拾いしたね」
「ね。俺もホントそう思うよ。逆に、お前だったら心臓狙ってくるだろ? 心臓はやめてね、死ぬから。というか武器は禁止! やっていいのは己のこぶしのみ! ただし、眼球と局部はパンチするな。それもマジでヤバイ。最悪死ぬ」
「わかった、蹴る」
「うーん、言い方が悪かったネ。蹴るのもダメというか局部への打撃禁止だゾ」
甘噛みならぬ甘蹴りなら気持ちがいいとは思うが、一般的に脚の筋肉量は腕の3~5倍程度となっているので、甘蹴りだったとしてもやらないという事が懸命な判断だと言える。特に力の加減を知らない成神久遠にやらせる事はそれだけで致死率が跳ね上がるのだから、絶対やらせてはいけない。
そんな気がする。
「やぁやぁやぁ、なっちんに和人くん、元気そーだねー、ひさしぶりっ」
まず駆け寄ってきたのは、雨飾千晴。
「お前も元気そうだな、雨飾」
「うん。ぼくも、和人くんたちとは再会できないかもって思ってたから……、元気そうですごく嬉しいよ」
その後をすぐに追ってきたのは、芦尾志月。
「元気そうでなによりです、桐生くん」
「あぁ。俺も心配したんだぜ。誰もいねぇんだもん」
「そうですわねぇ。図書室で読書してたと思ったら、いきなりこの世界です。びっくりです」
最後は塩見リコ。
「あ、久しぶりぃ!」
「俺の記憶が確かなら、お前とはさっき会ったばかりですよね?」
「そぉー……デス! ネー! デス! デ、デス!」
「それやめろ! 死の呪文みたいだからやめろぉ!」
俺たちの住処で行なおうとしていた再会お祝いパーティーは、やはり戻るのが面倒臭いとののことで意見が一致し、このホーンテッド・屋敷で行なわれる事と相成った。
それは見事な挙手による、見事な満場一致であったという……。
ちなみにだが、俺は数に数えられていなかった。俺は反対した。
ま、いっか。
大した料理は作れないが、幸いな事にキイチゴは売るほどにある。これを使って、奴らに何か美味い物でも作ってやろうかな、などと、人に何かをできることの幸せを噛み締める。
キッチンは思ったとおりの落ち着いたゴシック様式となっており、その高級感の所為で少々落ち着かない。しかし、キャビネット等には芋などの野菜が置かれており、それが程よい庶民感を醸し出して緊張を緩和させてくれる。
少しばかり失礼かもしれないが、学園には家庭科なんて無いのにこいつら一応料理できたんだな、と感心している。まぁ、食堂を利用しない寮生なら自炊くらいは出来てもおかしくはないが、その程よい庶民感が自炊のなれを感じさせた。
……さてと、キイチゴの下処理でもしようか。
キイチゴをボールへと移し、丁寧に流水でゴミを落とし、半分ほどを砂糖と共に鍋へ。
あとは家でやっている通りに火を起こした。魔法は勿体無いので使わない、これもいつも通り。
果肉から染み出した汁、それと熱でジワリと砂糖が溶け始める。果肉を崩さないように、この時点ではヘラはしようしない。かき混ぜず、ゆっくり、ゆっくりと加熱する。
サラサラと爽やか果汁はやがて変わり、糖蜜の如くトロリトロリと濃くなった。
その匂いに誘われたのか、猫のように足を忍ばせ雨飾がキッチンへとやってきた。
「へぇ、いい匂いするんですね」
「だろ。あの山のキイチゴは最高だからな。まぁ、比較対象になる他のキイチゴを食べた事はないがな」
「ふふ、キイチゴなんて私たちの世界ではほとんど食されてませんもの、仕方がないです」
生のキイチゴを一粒口へと運び、次の瞬間にこぼれる屈託のない笑顔。その唇はキイチゴと同様、ランプの明かりで艶めいていた。
「何か付いてますか?」
「あぁ、いや、別に何も付いてないぞ。美味しいよな、それ」
「はいっ、美味しいです」
それではまた、と挨拶をし、皆が戯れる彼女らの寝室へと戻っていった。
サラサラの髪が舞い、石鹸の残り香が鼻をくすぐる。とは言ってもよくある香料によるものではなく、オリーブの青臭い草原のような匂いだ。
結論から言うとしよう。パーティーは大失敗であった。
キイチゴのパイは美味しかったし、彼女らの話も弾んだ。そこまではいい。ただ、塩見が“これ売れるよ、売れる”と繰り返すのがちょっとウザかった。




