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第14話 新米魔王?

 その余りにも現実離れした風体に成神は驚きを隠せないようである。その口からは、まるで開放された水門のごとく、あのオレンジジュースがあふれ出していた。擬音語で表すとするのならば、ダバーというのが適切であろう。

 そのせいで彼女の素朴な綿の服はへばりつき、わずかにだがその身体をうかがい知らせた。

「だはぁあああ、なにぃぃよおおお」

「落ち着け、成神。あれはコスプレイヤー。おっさんコスプレイヤー。ちょっと見た目が怖い人がコスプレをなさってるだけだから大丈夫!」


 草原(くさはら)のように濃密な髭をたくわえたその大男は、言葉を選びながら再び話を始める。

「申し遅れました、わたくしは元魔王軍将軍、現代表ハミルカル・バルカ。以後、お見知りおきを。それで早速なのですが――」

 ここで間髪をいれず、成神が衝撃の一言を放った。

「それにちょっとくさいぃしぃい」

「ちょっとぉおお、成神さぁんなに言ってるの!」

「だってぇ、だってさぁ」


 臭いという言葉を聴いた代表は、くんくんと匂いを嗅ぎ、残念そうにした。

「そんなに……くさいですかね……」

「いや、バルカさん、コイツのいう事は気にしないでください」

「は、はぁ……分かりました……」

 彼は鼻の先を身体にあてがい、今もなお堪え難い臭いがしないかと憂色を浮かべた。


 ……大丈夫、気にしないでください。あなたは臭くはありません。


「えっと、俺の名前は桐生和人。隣のコイツが成神久遠」

「どうも、私は成神です」

「バルカさん、先ほどは本当に失礼をいたしました。では、さようなら……」

「和人さま、まぁ、話だけでもどうですか」

 話を切り上げ帰ろうとする肩をぐっと押さえ、彼は俺を制止した。


 困った。

 この大男とは関わってはいけないと、俺の頭は警告を発している。

 自らのことを元将軍とまで言う。しかも、魔王軍の、である。これ以上にある意味で危険な男が他にいるであろうか?


「うーん、そうですね、コスプレは興味無いですね……」

「はぁ……、こすぷれ、ですか。何のことか分かりかねますが、是非ともあなた様には、当ギルドへと加入していただきたいのです。あなた様でなければならないのです、正当な王位継承権を有するあなた様でなければ」

 正当な王位継承権?

 その言葉の意味が全く理解出来なかった。誰が認めようと認めなくとも、俺は一般人なのだ。決して、王族などではない。

 となると、やはりこれは、設定大好き設定魔のおっちゃんが運営してるコスプレサークルなのだろう。

「ははーん、そういう設定なんですね、なるほどねー。うーん、よく練られてますね、素晴らしいッス」

「それにこのギルドなら、魔法も武術も学べますよ。当然、授業料なんてものはかかりませんし、かなりお得だと思いますが、どうでしょうか?」


 俺がお得という言葉に弱いってこと、いつどこで彼が知ったのだろう?

 その“お得”と言うキーワードに、俺の芯の無いゼリーのような心が揺らいだ。


 そんな俺を畳み掛けるかのように、大男は続けた。

「今ならなんと、貴重なお米20キログラムもつけますよ! これは今日お持ち帰りしていただいて結構ですよ。 今年収穫された新米ですよ、美味しいです! 因みに今年の全収穫量は年間合計で1000キログラムにも満たないのですよ、この20キログラムのお米がどれだけ貴重なことか……」

「おおお、マジか……新米かよ……おっちゃんイイやつだな! と言うかお米存在したのか! よし決めた、魔王候補ごっこに付き合ってやる!」

 意気投合したおっちゃんと俺。そしてそのかたわらには、少しだけ呆れ顔の成神が立ち尽くしていた。

 オレンジジュースに濡れる女の子、大柄のおっさん、そして俺。この組み合わせ、周囲の人間にはそうとうに奇妙なものに映ったはずである。しかし、そんな事さえ気にさせなくする魔力が、今年収穫された新米には存在したのであった。


 さっそくその場で申し込みの書類に必要事項を書き込み、案内所の窓口に提出した。その案内所の女の職員さんは、この代表を呼び出す時よりも、邪気のない無心な顔のほころびを見せた。

 そんなに俺が、このお遊びのようなギルドに加入した事が嬉しいのだろうか。


 詳しいことは明後日(みょうごにち)という事でその場はさようならをして、俺たちは帰路に付いた。


 外の屋台で購入したお惣菜がの袋が、成神の手に携えられている。俺の両手には合計20キログラムのお米。それも新米だ。新米に釣られて、ごっこ遊びとはいえ魔王になっちゃうとか、まったく滑稽で少しだけ自分自身でも呆れてしまうのだけど、白いゴハンの誘惑(チャーム)には抗えなかった。


 それはそうと、今日はそういうちょっとだけいいことがあったので、お惣菜もちょっとだけ豪華だ。鳥の揚げ物にイースト発酵された固めのパン。パンはいつかは作れたらいいな、と考えてはいるんだけど、なかなか上手くいかないので買うことの方がはるかに多い。この街のそのパンはフランスパンみたいな食感で香ばしくて最高で、しかも日持ちがするので俺も成神も大好きな一品だ。20ズィルバーと、安いのも魅力的。

 しかし今気付かされたのだが、お米があるならパン買わなくて良かった。完全に浮かれている証だろう。

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