第13話 「あなたですかな?」
断じて見間違いなどではない。その貼り紙から魔王候補募集中との文字が、認識の隙を付いて俺の脳内へスルリと踏み込んできた。
「うそだろ、うっそだろ……お前」
「和人、これ、イタズラにも思えないよ」
その時の俺はきっと、二度見、いや、三度見くらいはしてしまっていたことだろう。それくらいの衝撃が、その募集広告にはある。
はは……。
皿を落とした瞬間の諦めにも似た、全身の緩みを感じる。実にアホらしい、そういった緩みだ。
正式な募集の場合、紹介所の印が押される。そして目の前のふざけた募集広告にも、その印が押されている事が確認できた。
しかし、内容が内容だ。この印が正しい手順によって押されたものとは思えない。そのことから俺は、これをイタズラだと判断した。そして今、全く困ったものだ、と甚だ呆れて開いた口が塞がらないでいる。
とはいっても、認めたくは無いのだが……そのイタズラ対する情熱には敬意を払ってしまうかもしれない。
アホらしい事を本気でやり通す、それはきっと素敵な事ですよね!
と、多少は褒めつつも、俺はその貼り紙をさらりと流れる水の如く冷静に剥ぎ取り、案内所の職員に手渡した。
「これ、イタズラで貼られてましたよ。まったく、こういう下らないことをして何が楽し――」
「いえ、これは正式に掲示されてるものですよ」
「え……えっ?」
「ですから、これは正式に許可を出した掲示物です。イタズラでも何でも無いですよ」
そんなワケがないよなと、心のダムは懐疑心を並々と湛えている。
けれども、この魔王養成ギルドがごっこ遊びのコスプレ集団なのだとしたら、正式に許可を出したという事に関して納得がいく。
言い換えればこれは、ギルドと言うよりはサークルなのだ。
「はー、そっか、なるほどな。これ、コスプレ仲間を募集してますよ、って感じですね」
「はっ、こす……ぷれ? 何のことを言っているのか分かりませんが、これは、魔王の候補を募集してるんですよ」
「いやいや、いやいやいやいや、ジョーダンは止めてくださいよ。悪の軍団ごっこでしょ、どうせ」
「ご興味がお有りでしたら、少々お時間いただきますが……代表の方をお呼びいたしますか?」
職員が余りにも真面目な顔をして冗談を言うもんだから、俺もその冗談に付き合ってみようと思った。
「じゃ、まぁ……暇だし、お願いします」
「はい! では少々お待ちくださいませ!」
脱力気味な俺たち二人は、職員の満面の笑みを見送った。
俺は手近な椅子をふたつ引き寄せ、成神と腰を下ろす。
椅子に座って一安心! でもしたのだろうか、喉がカラカラであることに気が付いた。きっとそれは成神も同じだろう、そう思って、彼女お気に入りの生絞りオレンジジュースとただの水をもらって来てやった。
当然成神に渡すのは、ただの冷水だ。
――そう、そこからの記憶はほとんど無い。ただただ痛かった、それだけである。そんでもって、「お水というのは美味しいね?」と言う疑問系の成神の声……。
生絞りオレンジジュースを手にしている成神は、依然として不思議そうな顔をしたままであった。
彼女が理解出来ないのももっともだ。イタズラ好きの俺でさえ、魔王候補募集なんてやり過ぎだ、と感じている。
……だって、魔王なんて敵だろ? そんな募集に許可だすなんておかしいだろ。
「ねぇ、和人、別にどうでもいいけどさ……魔王って」
「気になるよな? すっごい気になるよな? 代表とやらがどんなふざけたヤツか、顔を拝んでやろうぜ! 俺がガツンと注意してやる、ふざけた募集広告だすな~ってな!」
「うん。まぁ、本当にどうでもいいんだけどね」
確かに、どうでもいいのかもしれない。
でも、この世界のコスプレサークルの代表はいったいどんなカッコウをしているのか? その疑問は俺の認知欲求を、これでもかと言うほどにかき立てるのだ。
それは突然やって来た。
こつこつと、酒場の喧騒にも負けないほどに大きな靴音が、俺たちの後ろから迫ってきた。どうやらガタイのイイ男らしいが、いったいどんなコスプレをしているのだろう。
振り向くとそこにいたのは、身長2メートル、体重は100キログラムはゆうに超えるであろう“がたいの良い”を通り越した大男中の大男だった。しかし格好はしっかりとしている。ハーフプレートの鎧はしっかりと磨かれているのか、淡く輝いている。耳の先は少しばかり尖って、そして肌は若干薄黒く、恐らくはダークエルフかそれに類するモンスターのコスプレであろう。
「あなたですかな?」
その野太い声が、ずしんと腹に響くようであった。
今まで遅くて申し訳有りません、更新速度、上げます。




