第11話 ウィザードよりストライカー?
総合案内所をあとにしたのは、正午を少し過ぎたあたり。
マーケットに向かう道すがら、ダンスステップを思わせる足取りの成神が語った。この世界における土壌改良と食品加工の有益性。それを、目を輝かせつつ。
まるで夏休みを前にして浮き足立つ子供のように無邪気で、それは話を遮る事を俺に躊躇わせる程であった。
「――というワケで、この土地は酸性土壌なのよ。だから先ずは各家庭を回って暖炉の灰を集めるの。それを草木灰って言うんだけど――」
「へ、へぇ……」
「――で、その炭酸カリウムが中和をするの。それで微生物活性が高まって大気中の窒素を――」
「ふ、ふーん、そ、そうなんだ……」
難しいことを言われても、俺には理解が出来ない。
が、彼女の言うとおりに土壌改良をして農業でも始めてみるというのも、なかなか面白いのではないのかと感じた。
これは例えばの話なのだが、土壌改良によって大豆の大量栽培に成功したとしよう。収穫したそれをこの異世界に存在しない食品へと加工し、販売したらどうなるだろうか?
答えは簡単である。
この世界の人間が大豆、いや、豆腐の美味しさに気が付いた時、それは超が付くほどの大流行を生むことになるだろう。作れば作るだけ売れる豆腐。そんな状態になってしまえば勝ったも同然で、俺たちは大富豪へとのし上がる事だろう。
ただ大富豪になる事が目的なのではない。商人としての人脈を築ける事はもちろん、さらには金に物を言わせて人探しを出来る。これまで以上に人探しがはかどるだろう。
などとくだらない事を考えてしまったのだが、農業だって想像以上に大変だろうし、俺たちに商才があるとは思えない。非現実的な異世界で非現実的な事を考えるのは止めた方がいいだろう。
……くだらない事は置いといて。
さしあたっての目標は、凶悪なモンスターに殺されないように強くなる事。そして旅をし、クラスメイトたちの安否を確かめる。これが、無難な判断と言えるだろう。
自分たちで食べる分くらいの大豆は育ててみたいが。
強くなるとすると、ギルドに加入して鍛錬を重ねる必要があるのだけど、どういったギルドが俺には合っているのだろう?
中二病的観点からであれば、剣と魔法を操る魔法剣士が好ましいのだけれど、募集要項には剣士経験必須とあった。残念ながら俺には剣士経験がない。子供同士の剣劇ごっこを剣士経験に含めていいのなら話は別だが、おそらくそれは無理だろう。
となるとやはり、魔術師に関係したギルドがベターなチョイスかもしれない。
ただ、その手のギルドの募集要項に明文化されているワケではないのだが、この世界の魔術師界隈では血統を重視する風潮があるらしく、正しい指導が行なわれるか分からない。それに、ギルド仲間に高名な魔術師の血筋がいたらと考えると……。
我はマルマル家何代目当主の何とか=マルマルであるぞ! 平民無勢が頭が高いわ!!
などと高圧的な態度で責められたら、ストレスで胃に穴が開きかねない。きっとそれは、どんな呪いの言葉よりも俺の生命力を削っていくことになるだろう。
どうしようか。まぁ、それはおいおい考えるとして……。
目の前に広がる活気溢れる市場で、本日の買出しをしようと思う。
ここはびっくりする程賑わっていて、何でも売ってるんじゃないかと思えるほどに品揃えが豊富なのだ。
なのに、だ、何度探しても白米は見付からなかった。けれど、得たものもある。大豆に非常に良く似た豆と出会えた事は大きな収穫だったと言える。
その豆を試験的な播種用に少々、卵20個と小麦粉1キログラム、バターと塩をそれぞれ500グラム、胡椒を少々とじゃがいも10キログラムを購入した。
こういう時に重力操作魔法でも行使できたら楽に荷物持ちが出来る。やはり、ウィザードギルドに入って鍛錬をしないならない、そう心に誓った。
魔法も科学も、人間が楽をする為に発展させてきたような物なのだ、重い荷物を楽に持てるようにという下らない願いであっても問題は無いはずだ。そう信じたい。
「ただいま、っと」
買い物も終わったことだし、ほぼ日課となっている焚き付け用の薪拾いでもしようと思う。
荷物をキッチンへと置き、その足で裏山へと向かった。鬱蒼と生い茂るという程ではないが、雑草の手入れはされていない雑木林が広がっている。
途中で木苺を見付け、少しばかり味見をしてから革のショルダーバッグにしまい込んだ。それが思ったよりも甘かったので、きっと成神も喜んでくれることだろうと考えると俺も嬉しかった。
この木苺を使って、何かケーキかタルトでも焼いてやろう。
喜ぶ顔が見たくて、足取りは軽く、帰り道はとても近かった。
その木の実を彼女は美味しそうといい、一粒を自らの口に放り込んではにかんだ。その笑顔があまりにも可愛くて、無意識と意識の間で軽く頭を撫でてしまった。つい、である。
すると彼女は、何故だか顔を赤くして怒り出してしまった。
「ばっ、ばっ、おまッ、何言ってんの!! セイッ!」
振り下ろされた拳が俺の脳天を直撃した瞬間、日の傾き始めた空にいち早く星が流れた気がした。
「うーん、いい仕事してますねぇ……」
ぜひともこの一撃を魔王に食らわせてやりたいものだ。
「お前さぁ……、魔術師ギルドじゃなくて拳闘士ギルドにでも入ったらどうかな?」
真顔で拳を振り上げた成神に謝罪をし、木苺のスイーツを作る事を約束してこの場を収める。
成神のあの一撃なら、一流のストライカーになれると思うんだけどなぁ……。




