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第9話 いっしょに寝るんですか?

 目の前にいる成神がいったいどんな料理を作っているのか、俺にはまったく分からない。それでも、それが美味しそうな匂いをさせているという事だけは確かで、オークの襲撃による重苦しい余韻をその空気ごと優しく包み込んだ。心をほどけさせていく、温かなにおい。この場にいられるだけでも幸せだと思わせるそれは、お腹の虫の存在をも即座に思い出させてくれる。


 ……それにしても、いい匂いだなぁ。


 異世界の食材はそれらしく何か特殊な香りがあるかもしれないと思っていたが、どうやらそういうことはないらしい。

 出来た料理の味の事も心配だが、香りはとにかく良い。それは念を入れて閉じられたプレゼントの中身を想像するようなものであって、たとえ好みではなくとも吐き気をもよおす程にマズイものではないはずだ。未知への期待感からだろうか、きっと今まで食べたどんな物よりも美味しいのではないか、とさえ考えてしまう。


 味の事は、まぁ、いい。未知の食材への不安としては大きいのは、毒の有無だと思う。ある日突然中毒症状を呈するなんて事があったら溜まったものではないが、それも心配は無い。目の前にいる成神は約2ヶ月もの間こちらの物を食べて生活してきたのに、とりあえず今現在はすこぶる元気だ。極端に遅効性の毒が含まれている可能性も完全には否定出来ないが、大丈夫だろう。毒見と言ったら確実に成神に殴られてしまうだろうけども、まさにそれをやってもらったという事になる。


 ちなみに、彼女の暴力や暴言は中毒症状とはまったくもって無関係だ。彼女はむかしからこうであり、むしろそれが彼女を構成する上でもっとも重要なものでもある。俺にとって彼女のそれは不思議と心地がよいものであったので、こうやって魔法学園高等科1年となる今の今まで幼馴染としていっしょにいる。


 何かを察したのか、成神は一瞬こちらを睨んできた。すこしそれが怖かったけど、これから少しの間お世話になるのだから我慢しなければいけない。というより、ご機嫌取りをするという程ではないにしろ、失礼過ぎる言動は控えたほうがいいのかもしれない。


 そろそろ調理も佳境に入ってきた。彼女がその手に持つ物は、調味料。恐らく塩だ。彼女は鍋の上で複数回それを振り、最後に味を調える。そして、手際よく食器にスープのような物をよそう。煮込まれて透明感のある白い根菜は、形状から考えてカブの類。オレンジ色の根菜もあるが、これも恐らく俺たちがいた世界にも存在したニンジンと変わらない物だろう。そして、キャベツと思われる葉物の野菜もある。肉も入っているが、当然何の肉か判別は不可能だ。亜人種モンスターのものではない事を願う。


 これは俗に言うポトフ。

 フランス人から見たら、およそポトフとは似ても似つかないものなのかもしれない。しかし、そもそもポトフという言葉には火にかけられた鍋という意味があって、仮に鍋の中身がチクワや卵やハンペンやこんにゃくやダイコンやさつま揚げだったとしても、広義の意味ではポトフという事にはなる。だから、調味料が塩しかなくてカブとニンジンとキャベツと肉のみの料理であっても、これはポトフなのである。そう断言したい。


 きちんとランチョンマットの敷かれたテーブルに、ポトフがよそわれた皿がふたつ並べられた。非常にシンプル、いや、粗末とさえ言われかねない見た目だ。だけれども、そこから立つ湯気は、食す前だというのに俺の胃袋を優しく包み込んだ。


 美味しそうな匂いなんかじゃない、匂いが美味しい。

「いただきま~す」

 成神は少し済まなさそうに味の保障はしないよと言ってきたが、彼女のその顔からは隠しきれないドヤ感が滲み出していた。それはたぶん、異世界に飛ばされてきてからの2ヶ月間に裏打ちされた、強い自信の表れである。


 口の中に広がった風味は、俺がイメージしているポトフそのものであった。

「えっ!? ナニコレ、うまい……」

「なに意外そうな顔してるのよ、殺すわよ」

「高魔力という才能だけじゃなく、女子力も高いとは。やっぱりお前、良いお嫁さんになれるよ、絶対に」

「ばっ……! こ、ころ、殺すわよ」

 俯いて顔を赤くするまではいいのだが、殺すというのはあまり穏やかではない発言だ。調理の最中で包丁を所持した状態であったのならば、それが成神であったとしても冗談では済まないだろう。


「お前ってさ、黙ってれば可愛いのにな」

 そう言うと、無言で包丁を取りに行こうとしたので即座に止めて謝罪をする。

「ホント、ごめんなさい」

「大丈夫、殺しはしないから……。ちょっと痛いだけだからね……」

 確かに、俺の事を殺しはしないみたいだが、刺すつもりではあるらしい。


 成神は冗談だよと笑って見せた。成神と俺は長い付き合いだ、冗談だと言うのは分かっている。



「あっ、そうだ、お風呂は入る?」

 彼女は食器を片付けつつ、俺に問いかける。

 疲れていたので、今日はもう今すぐにでも寝てしまいたい気分だ。

「いや、寝るわ」

「わかった、私もそうする」



 俺がこの世界に飛ばされて来た時に目を覚ました部屋を、俺に使えと成神は言ってくれた。とりあえず雨露をしのげる寝床が出来た事に対しては、成神と神様に心の底から感謝をしなければならない。そして、大切な幼馴染と再開させてくれた事も、感謝をしたいと思う。

 あとは妹を返してくれたならば、ひとまず安心は出来るのだけれど。



 携帯端末を取り出す。温度の低い青白い光が、ベッドを照らし出した。

 至極当然で言うまでもないのだけれど、想像した通りに、この携帯端末には電波は届いていない。回線が繋がっていなければ用をなさないアプリケーションがほとんどなので、この携帯端末は今の所懐中電灯としてのみ利用が可能だ。あと他に利用法があるとするならば、文鎮だろうか。

 ベッドに腰掛ける。ギィ、と、一瞬だけ軋む音が聞こえた。そのまま倒れ込み、羽毛のようには肌触りの良くはない、掛け布団というよりは布切れを肩までかけた。

 やはり電波の届かない携帯端末を再び取り出して時刻を確認すると、もう22時を回っていた。

 いい子は寝る時間である。


 目を瞑っていざ寝ようとすると、扉が開いた音がする。

 いったい何だろう、泥棒かな?

 視線を音のする方へと向けると、そこには彼女が立っていた。


「どうした?」

 その問い掛けに、ただ俯いたままの成神。ゆっくりとベッドに近付いて、無言で同じベッドに入り込んできた。

「こわいから……いっしょに寝る」

 か細い声で、独り言のようにとんでもない事を言い放つ成神。無下に追い返す事もできないので、甘んじて受け入れる事にした。

 背中合わせに体温を感じ合う俺と彼女。

 幼稚園ぶりだろうか、非常に気まずいし、混乱して眠れそうにない。


「和人、こっち……向くなよ……」

 自由に寝返りもうてないのだ。正直に言うとそれがちょっとだけ迷惑だが、今まで独りで成神は頑張ってきたのだから俺も少しくらいは我慢をしなければ罰があたる。



 凛とした空気が宵を過ぎる部屋を支配し、この夜の全てが眠りに落ちている気がした。

 

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