始まりから崖っぷち
「…………………」
「…………………」
「……………………………………」
「……………………………………」
気まずい!
前回といい、今回といい、どうしてこの少女と会う時、私は床に転がっているのでしょうか。
前回はベッドから降りた時にガラスを割りました。
今回はベッドから降りた時にこけそうになったので、天蓋付ベッドの天蓋から垂らされてあった布にしがみついて難を逃れようとしたのですが、まさか支柱が折れるとは思いもしませんでした。
結果、まるで襲撃にあったかのような大惨事。
ノゥゥゥゥゥ~~!!
と心中で雄たけびを上げているところに、前回私をベッドに戻してくれた黒髪の娘さんが入って来た………と。
あはははは。
さすがにビックリしますよね~。
扉を開けたまま固まってますよ。あぁ、これどうしよう………
と思っていると廊下から慌しい足音が聞こえてきます。
どうやら先ほどの音を聞きつけて、人が集まってきたようです。
固まっていた少女も、こちらへ向かって来ました。
お姫様抱っこ再び。
今回はベッドが使えないので、窓際に置かれたソファーに丁寧に下ろしてくれました。
「………ありがとう」
前回同様、迷惑かけて本当に申し訳ありません!
内心恐縮しながら小さな声で呟くと、少女はわずかに目を見開いた後、それに応えて礼をした。
両手を祈るように組んで、腰を折るその礼は、淑女のものとも騎士のものとも違う、魔法使いのお辞儀。
癖の無い黒髪がサラリと揺れました。
こうして光の中で見ると、改めて綺麗な娘さんだなぁと見惚れてしてしまいます。
麗人という言葉がピッタリですね。
などと現実逃避を兼ねて関係のないことを思っていたのですが、現実は駆け足でやってきました。
「これは………」
現世の父であるレイモンドが部屋に足を踏み入れた瞬間、ベッドを見て言葉を失いました。
その後ろに見える方は初めて見る方ですね。糊の利いた黒い礼服が灰色の髪にとてもお似合いです。雰囲気からしてザ☆執事って感じです。
ベテランの雰囲気漂う、とても渋いおじ様の登場ですよ!
な~んて現実逃避して盛り上がる私の目に、レイモンドの肩越しにベッドを見て固まるおじ様が映りました。
本当にごめんなさい。
悪気はなかったんですぅぅぅ。
心の中で身をちっちゃくしつつ、叫びます。
「危険は?」
レイモンドが鋭い視線で問いかけたのは私ではなく、その側に控えた少女に向けたもの。
少女は首を横に振り、大事ないことを伝える。
レイモンドはその回答に厳しい表情を一転させ、温厚そうな表情を見せました。
「ティアナ。何があったのか、教えてくれるかい?」
私の横に座り、視線を合わせて問いかけてくる。それは、幼子に対する優しい口調だった。
けれど、私の表情や声が硬くなるのは許して下さい。
ロザリア時代の敵国の王子が、現世の父ですといわれてもそう簡単に割り切れるものではないです。
気が張り詰めたまま天蓋が壊れた経過説明を何とか終え、ホッとしたのもつかの間。
「それではお嬢様。部屋を片付ける間、どうぞこちらへ」
と言われてしまいました。
どうしよう………
避けて通れない道とはいえ、歩けないことも明らかにしなければならなくなりました。
やばい!
私の処遇、変わるかも………
ここは全て魔力がものいう世界。
この世界では、神が施す祝福として魔力を使い個々の命に身体を授け、身体を授かった命は地上に生まれるのだと考えられています。つまり、人は神の祝福(魔力)を受けこの世に生まれるのである、と。
そして、身体に何らかの障害がある場合や、魔力が検知されなかった場合は神からの祝福(魔力)を十分受けられなかった者とみなされます。
どうする、私!どうしよう、私!
どうしようもないが、どうしよう!
この世界で生きていく上で、神の祝福はとても重要です。
ロザリア時代、魔力が全くなかった私は神の祝福を十分に受けられなかった者として、最初は王族から除かれ、自分自身も王族とは知らず王宮の外で暮らしていたことがあります。その時も、心無い言葉をたくさんの人から頂きました。
それと同じ?いや、もっと悪い状況です。
ロザリアは少なくとも身体は問題なく動かせました。ただ、魔力抑えの珠が必要もないほど魔力がないという意味で「魔力が全く無い」と評されて王族から除かれました。しかし、成長に伴い魔力が育つこともあるという理由で排除はされませんでした。
今の私は、魔力抑えの珠が必要な程には魔力があるものの、身体の一部に神の祝福を受けることができなかったことになります。
きっと私のことが明るみになれば言い出すものがあるでしょう。
『密かに排除しろ』と。
私が目の前の2人に事実を明かせば、モフモフさんに告げられた命の期限を待たずして命を落とすことになるでしょう。
もしそうなった場合、私の魂はどうなるか気になるところではありますが、そんなことを考えている暇はありませんね。
「お嬢様?どうされました?お顔の色が………」
執事のおじ様が近寄ってくる。
それを遮る様に、目の前に黒い影が。
見ると、先ほどまで部屋の隅で控えていた黒髪の少女が来ていました。
少女は、目の前でひざまづき、魔法使いの礼をとったその時、一瞬足元に痛みを感じました。
「ライラ、どうした?」
レイモンドがやって来る。
ライラと呼ばれた黒髪の少女は、ソファーと床の間で宙に浮いていた私の足もとを指差しました。
「ティアナ、すまない。少し足をみせてもらってもいいかな?」
そう言われ、私はレイモンドに言われるままネグリジェの裾を少しめくって足を出しました。
すると、赤く腫れた足首が現れました。
「ベッドから落ちたときにひねったんだね。これでは痛むだろう。ライラ、ティアナを運んでやってくれ」
そうしてお姫様抱っこ、再びの再び。
内心の驚きを必死で隠し、ライラを見るも、綺麗な黒い瞳はただ前を向いておりました。