目が覚めました
言葉がぐるぐる回っています。
それは比喩的な表現ではなくて、事実ぐるぐるしています。
洗濯機の中に放り込まれたような感じです。最初の頃はこの空間の中での身の置き方もわからず、底の無い知識の泉にとらわれて溺れたり、とてつもなく気分が悪くなっていたものですが、容赦ない属性Sの方のお陰で大分この空間にいてもある程度耐性がついてきております。
慣れってすごい!
自分、これまでよく頑張った!
などと思っていると、洗濯機のような空間の中央にふわふわと宙に浮いてある異質なものが目に入りました。
野球のボール位の大きさの玉に黒い紐がついてあって、その先に異世界の言葉で「番人コール」と書いてあります。
「ナースコール」をもじっているのでしょうか。
悪趣味です。そして意地悪です。
最初、異世界の言葉なんて知らない内は、おどろおどろしい模様に見えて呪いの魔術か何かの罠だと思い近寄らないようにしていました。
カタカナを知り、漢字を知り、そして言葉の意味が分かるようになった頃にはこの空間にも慣れてコールの必要がなくなっていたという顛末です。
この玉の存在理由がわかった時には怒りも呆れも突き抜けて、さすがSの方のやることだと感心してしまいました。
それにしても、最近私は疑問に思い始めております。
これ、本当に4歳児の知識ですか??
モフモフさんの話しでは、ロザリアとしての生を終えてから4年後、時空に再び歪みが生じ私が異世界から呼び戻されたということでした。
ということは、4年分の異世界の知識が抜け落ちたということになりますが、ここで叩き込まれていく知識の量といい、質といい、とても4歳児が持ち得るものとは思えません。
そう思うとすぐにでも「番人コール」で呼びつけて、頭をがくがく揺さぶって真偽の程を問いただしたい気分ですが、以前彼をサド呼ばわりしたことで受けた制裁を思い出すと止めておくのが賢明だと理性と本能の両方が訴えていますので止めておきましょう。
「自分、大事」
呟いた瞬間、
―――――ブッブー―――――
ぐるぐる回っていた言葉たちがピタッと止まりました。
えっ、何!?何か間違えた?
そう思っていたら言葉の壁が崩壊して波になってこっちに向かってきます!
うわわわわ。
ごぼごぼごぼ……………。
********************
「お嬢様!?お嬢様!!」
「ミズ……………みずがぁ……………」
「誰か、誰か!!」
「うぅぅぅ……………い、いらな……………うわああああ!」
跳ね起きると、ロウソクの光が灯るほのかに薄暗い部屋の中。
遠ざかっていく足音は消え、中途半端に空いた扉が静かに揺れていました。
「ここ、は……………?」
いつも切り取られた空間から見ていた小さな世界とは違う、美しく広い部屋の中。
横たわっていた豪華なベッドも何もかも、全て見知らぬものばかり。
そっと地に足をつけるとふんわり柔らかい絨毯の感触、久しぶりに味わう地面の感触は悪くないものでした。
「―――――あれ?」
立ち上がろうとした足の力が全く入らず、そのまま床へ体を打ち付けることになってしまいました。
大きな物音と一緒に何かが割れる嫌な音。
見ると、水とガラスの破片が散らばっています。
ど、ど、どうしましょう。何だかお高いものを割ってしまったような気がします。
そっとつなげてみる?いや、無理です。
逃げる……………という選択肢は頑張ってみましたが立てません。無理です!
知らないふり……………は、できないですよね。
仕方ない、とりあえず腹を括って謝りましょう。
この小さい手は、まだ幼い証。
幼子を前に弁償しろ!とか、ない、と、オモイ、タイ。
だんだん機械式になっていく思考を振り切って、とりあえず、片付けましょう。
と破片に向けた手を別の手に遮られてしまいました。
見ると、すぐ横に黒髪の少女が床に片膝をついておりました。
わぁ、綺麗な娘さんです。
さっきまでいませんでしたよね?いつの間に入ってきたのでしょう。
黒髪の少女はこちらを一瞥し、そのまま横抱きにして立ち上がりました。
うわぁお!なんと!お姫様だっこです。
見た目とは違って案外力持ちの娘さんでした。
間近でみる少女の切れ長の黒い瞳は真っ直ぐで、ストレートの黒髪はさらさら。本当に綺麗な娘さんです。
ビックリしている間に、少女は横抱きのままベッドに寝かしつけてくれました。
その手が壊れ物でも扱うように丁寧に寝かしつけてくれたのが何だかむず痒くて思わずくすくす笑ってしまいました。
見返すその瞳が物問いた気そうに見えたので、思ったことを告げました。
「なんだか王子様みたいですね」
少女は特に表情を変えることなく、応えるようにおじぎをすると片付けを始めました。
でも何となく、かすかにため息をついたような気が……………
ひょっとして落ち込ませてしまったでしょうか。
直後、慌しい足音と共に騒がしい声が聞こえ始め、
「ティアナ!」
大声で現れた、これまた秀麗な面持ちの青年……………って、あれ?
「っ!―――――目を、覚ました……………のか?」
驚く私に、驚く青年。そのまま、お互いフリーズする。
先に声を発したのは向こうだった。戸迷いながらも、こちらに足を向けながら、うわ言のように呟く。
「あぁ、よかった。3歳の誕生日になっても意識がはっきりしないから、もうダメかと……………よかった。本当に。」
彼はベッド脇に腰をおろすとそのまま手を取り、心からの微笑みで告げる。
ところが、こちらは今だフリーズ状態。
「あの、恐れながらレイモンド様、お嬢様はレイモンド様のことが分からないのでは?」
おそるおそるマーラが気を利かせて告げると、青年はハッとした顔をする。
「そうだったね。こうしてちゃんと目を合わせて話すのは初めてだったね。初めまして―――――というと、何だか変な感じだけど、私はレイモンド。君の、父親だよ」
ああ、ダメだ。
「お嬢様!?しっかり、お嬢様!?」
真っ暗な闇の中に意識が落ちていくのを感じ、密かに安堵しました。
そうでなければ私は叫んでいたことでしょう。
どうやら私は前世で敵対関係にあった隣国の第2王子のもとに産まれてしまったようです。
目を覚ましました。
睡眠学習の結果、3歳になってました。
そして住人との初対面と新たな人生における名前登場。
怒涛のようにもたらさえる新情報の多さと衝撃の内容についていけず、あえなく(意識の)退場になりました。
ちなみに、レイモンドは何度も足を運んでいます。ただ、睡眠学習中に起こる脳内休憩時間が彼のいる時には発生しないという誰かさんの意図的なスケジュール管理の結果、初対面となりました。
次は、睡眠学習強制執行者との再会です。ちなみに、学習中は一度も会ったことがないので約3年ぶりの再会になります。