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それぞれの時間

 そこは言葉にするなら白の世界。

 現と夢の狭間の空間。

 彼女はそこから現の出来事を白の世界から切り取られたようにしてある小さな窓枠から静観する。

 そうはいっても、見えるのはいつもと変わらぬ天井。たまに心配そうに翡翠色の瞳が覗いていたり、何の感情も伺えない黒曜石の瞳が見下ろしていたりすることがあるだけで、彼女の世界は現にいても夢にいても小さかった。

 そうしている間に空間が徐々に歪んでいく気配を感じ、彼女はため息をついた。

 また、あの時間。

「死なない程度に」という言葉通り、ぎりぎりのところで与えられるつかの間の休息。

 それ以外は知識の泉の中に文字通り放り込まれて溺れまくる。

 あくまで擬似だけれど、そこで彼女が覚える感覚は本物。

「……………………サドですね」

 異世界の言葉を呟いた瞬間、ゾワッと背筋に冷たいものが……………………

 意識を向けた瞬間、白から黒の世界に一転。

 知識の泉へと繋がる言葉の波に流されながら、彼女は思う。

 絶対、彼が覗いた記憶は少しではないだろうと。


**********************************


「ライラ?」

 子守唄を止め、マーラは立ち上がった。

 闇に溶け込むような真黒い魔胴着に身を包んだ少女が扉から覗いていた。

黒髪・黒い瞳の美しい少女。動いていなければ、精巧な人形と思ってしまうだろう。

「もう交代の時間なのね」

 少女は頷き、部屋にポツンと置かれてあるベッドに近づいた。

「さっきまで少し落ち着いていたんだけど、また熱がぶり返したみたいなの。」

 マーラが席を譲ると、現れたのはまだ小さく頼りない存在。

 苦しそうに息をし、弱々しい声をあげている。時折もがくように、小さな手足をばたつかせている。

 一方、それを覗き込む少女の瞳には何の感情が宿っていない。

 12~13歳の少女の容姿に見合わぬ、落ち着き払った瞳の色。到底子供のものとは到底思えなかった。

 マーラはライラと出会った日を思い出した。

 マーラは当初「授珠の儀まで」という期限付の乳母役として雇われたに過ぎなかった。しかし、その日を境に急速に衰弱し生死を彷徨い始めた小さな命を放っておくことができず、正式に彼女の側仕えとして雇用願いを申し出た。

 特殊な事情があったため、マーラは雇用人と通常の契約より強力な魔力を媒介とする雇用契約を結んだ。その時、契約の仲介として魔法を発動させた魔法使いがライラだった。

 当初、雇用人がマーラをからかうために用意したのかと疑ったが、すぐにその誤解は解けることになった。

 彼女が契約を行う際に見せた魔法、それだけでマーラには彼女が並外れた才能の持ち主であることがわかった。

 目を丸くしたマーラに、雇用人は「さすがだね」と笑ったのだった。

 その日以来、マーラはライラと交代で世話を続けている。

「世話」といっても限られているけれど。

 なぜか、この子には治癒魔法が効かない。

 そのため熱を下げるために汗をふいたり、落ち着いた頃合を見計らって少しでも栄養のあるものを与えたり、身の回りのことをしてあげることだけ。

 直接、苦しみの元である熱を取り除いてあげられないことが悔しくてしかたない。

 今も苦しそうに熱と戦っている小さく儚い命の存在。

 できることなら1日中でも側にいて見守っていたい。

「ねぇ、よかったら―――――――――――」

 当番の延長を申し出ようとしたマーラの言葉を最後まで言わすことなく、ライラはマーラの手を引いて部屋の外に連れ出すと、彼女を置いて部屋のドアを閉めた。

「『部屋に帰って寝なさい』―――――――――――ってことかな?」

 無表情ではあるけれど、決して無情なわけではない。

 年の離れた小さな同僚の気遣いに、マーラは大人しく従うことにした。


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