こうして転生しました
「お姉様・・・・・・お姉様!いやああああ!!!!!」
城の柱が紅い炎をまといながら崩れ落ち、叫ぶ妹の姿はもう見えない。
だが、閉じ込められた自分を助けようとこちらに向かって駆け出す妹と、行かせまいと妹を取り押さえる青年の姿が脳裏に浮かんだ。
その光景は想像に過ぎなかったが、ほぼ間違いなく柱向こうの光景だろう。叫び声が突如止み、足音が遠ざかっていく。
焦れた青年が、聞き分けのない妹を気絶させたのだろう。
自分の命も危うい状況だというのに、こんな時まで姉を見捨てまいとする妹に苦笑を浮かべ、妹の隣に立っていた青年に心の中で感謝した。
足音が聞こえなくなると、玉座に腰をすえていたロザリアは顔を上げた。
城が燃えていた。もはや誰にも止めることのできない炎は、彼女の城をいとも簡単に飲み込んで灰に変えていく。
玉座の後ろに位置する壁から隠し扉が開き、声がかかる。
「こちらにももうすぐ火の手が参ります。速くこちらへ」
「わかったわ」
ロザリアは立ち上がると、玉座に向かって一礼し、部屋を後にした。
狭い通路を急ぎ足で進みながら、ロザリアは徐々に胸の内にほの暗い喜びが湧き上がってくるのを感じた。
この隠し扉があることを知っている者は城の中でもほんの一握りしかいない。そして、この城は跡形もなく消える。ロザリア女王陛下と共に。
あともう少し。
もう少しすれば……
高揚する気持ちを抑え、廊下の先にある一つの部屋に足を踏み入れた。
そこは、闇に覆われた空間。
床にある円形の模様がほの暗く浮かび上がっており、それが唯一この部屋をともす光となっていた。
「お連れしました」
ここまで案内してくれた兵士が声をかけると、人の影が動く。
「ロザリア様」
リーゴ宰相の声だ。信頼できる者の声にロザリアは緊張をわずかに解いた。
「ようやく、ここまできましたな。」
「そうね、ようやく。それもこれも、あなたの援助あってのこと。とても感謝しているわ。」
「もったいないお言葉でございます。」
二人のやりとりに、別の声が間に入る。
「申し訳ありませんが、そろそろ時間がありません。詠唱の準備をさせて頂いてもよろしいですか?」
姿は確認できないが、王宮魔法使いのリューイだろう。リーゴはその声にすばやく反応した。
「ロザリア様、これより転移魔法により亡命先まで向かって頂きます。それより先の手順は、ライラスに知らせておりますのでご安心下さい」
「私だけ?供の者は?」
「この魔法で運べる人数は、一人が限界となっております。心細いお気持ちになられるとは思いますが、転移先には彼の者が既に待機している段取りになっておりますので心配にはおよびません。」
「わかったわ。後のこと、くれぐれもお願いね」
「我が命にかけて」
リーゴの力強い声に後押しされて、ロザリアは魔法陣の中に身をおいた。
不思議な言葉が紡がれていく。言葉に合わせて魔法陣からは淡く光が立ち始め、徐々に陣に描かれていた線に沿って光が増えていった。
ロザリアの内に、何とも形容し難い不思議な感覚が湧き上がってくる。
陣の全体を光が包み、大きな光が視界を覆う。直後、リューイは最後に、ロザリアにも理解できる言葉を放った。
「―――あっ、間違えた」
以上、回想終了です。
―――あぅー(ふぅ)
こんな時、『悲しい時は泣いていい』という、どこかで聞いたクサイセリフがよみがえります。
その言葉に従い、私、ありとあらゆる負の感情と呪いを込めて、本日も力の限り叫びたいと思います。
―――ほんぎゃぁー(ふざけんなー!)
―――ほぎゃぁー!ほぎゃぁ、ほぎゃぁ、ほんぎゃーーーー!(「間違えた」って何さ!亡命どころか本当に命なくなるって、あんまりだー!)
力を込めて拳をふりあげると、ついでに足がピーンとのびます。いつものこととはいえ、何とかなりませんか、これ。
「あらあら、大変。ミルクの時間には速いし、オムツかしら?」
大変というにはおっとりとした声とともにバタバタと足音が近づくと、ふいに私の体は柔らかい温もりに包まれました。その温もりは、ささくれだった私の心情を少しなぐさめてくれます。
そんなこんなで、本日もストレス発散がてらの運動はこの優しい声の持ち主の出現で終了となりました。
「よかった。泣き止んだわ」
そうですよ、別にあなたを困らせたいわけではございません。ただ行き場のない怒りをどこにぶつければよいかわからず、叫んでいるだけで。それにしても、
―――・・・・・・だー(・・・・・・疲れた)
まったく、この体は動かしにくいですね。思いの外、力が必要です。それに手を動かそうにも思うようにいかなくて、足まで動いてしまいます。全身ばたばた、全力運動です。
赤子ってこんなに体力使うんだね。
運動後、柔らかい温もりにゆらゆら揺られるのは格別です。気持ちよくてうっとりしてしまいます。
「あら、笑ったわ。かわいい」
いえいえ、目を細めただけですよ~。
それにしても、この方は私の母親、なのでしょうか?
意識がはっきりしたのが、ここ最近なのでよくわかりませんが、この方の口から「ママですよ~」的な発言がありません。
でも、大事に思って接してくれるのがわかります。とりあえず、間際になんらかの危険なことがあるとも思えませんし、あっても赤子の身分ではどうしようもありませんので、今自分にできることをいたしましょう。
―――スヤスヤ・・・・・・
はやく大きくな~れ。
亡命先へ転移するつもりが、転生魔法で新しい命をスタートさせることになった女の子のお話です。
リアルにここはどこ?私は誰?状態。
とはいえ、赤ちゃんではどうしようもないよね。時の流れに身を任せようと開き直るのでした。
次は、生後100日を迎えます