屋台通りの事件(2)
「おいおい、なんだよこりゃ?」
「酷い……メチャクチャじゃない」
「そうめんもつゆも、ぐっちゃぐちゃだよ。楽しみにしてたのに」
本日、屋台通りには何かとお世話になってる事のお礼として、簡易コンサートをすべく訪れた宇佐美達は、眼の前の荒れ果てた光景に驚いた。
「あっ、宇佐美ちゃん……ごめん、これじゃ流しそうめんは無理だ」
「ごめんね、忙しい合間を縫って来てくれたのに」
「いえ、そんな――」
宇佐美の姿を見つけた屋台通りの学生たちが、こぞって宇佐美に頭を下げ、宇佐美が慌ててそれを制する。
「あっ、ユウ!」
「光一! ……何があった?」
「状況は把握しといた――間違いなく、このイベント潰す目的だ」
「その根拠は?」
「設置してた竹細工だけなら、トラブルか何かがここで起こったとかも考えられるけど……カギ付きの冷蔵庫に保管しといた、そうめんやつゆまでこうだとな」
そう言って、D-Phoneを取りだして、先ほど撮影しただろう画像を裕樹達に見せながら、そう説明。
表示されてる、抉じ開けられた冷蔵庫の画像を見て、裕樹は成程ねと頷く。
「でも、おかしくない? ――屋台通りの、それも親睦イベントなんて潰して、一体誰に得があるの?」
「裕香ちゃんの言う通り、普通ならそう考える――けど」
そう言って光一は、宇佐美に目を向ける。
「――あたし?」
「最近、妙なのに突き纏われてるって事は?」
「……ある」
頭を抑えながら、裕樹は吐き捨てるような口調で肯定。
「黒沢スポーツから、水着モデルの依頼があった」
「黒沢スポーツ? ……ああっ、その裏で盗撮画像売買やってるって噂の」
「スカウトからして、間違いなく黒だそれ」
一応裕香の手前、声を抑えて2人は会話を進める。
「――調べてみ……ん?」
「ありゃあ……光一、アイスコーヒー買って来てくれない?」
「――へいへい」
光一は裕香も連れて行こうとしたが、裕香が裕樹と離れたがらず、断念。
光一は肩をすくめ、その場を後にし――入れ替わる様に、スーツの男が裕樹達に歩み寄った。
「黒沢スポーツさんじゃないか。仕事なら断った筈だけど?」
「いえいえ、宇佐美さんの起用はこちらとしても本腰入れるよう、指示がありますので。そう簡単に諦めては誠意を疑われます」
「――どの面下げて」
「はい?」
「いや、こっちの話し――それより、今日は用事があるから」
「用事? ――屋台通り何てゴミ溜めの依頼と言うから、何かと思えば」
ゴミ溜めと言われ、周囲で惨状の掃除をしていた学生たちが、男に向けて怒りと軽蔑視線をぶつけ始める。
裕香も当然カチンと来て、詰め寄ろうとするが裕樹がそれを制する。
「初等部の子供の前だ。言葉は選んで貰いたいな」
「初等部? ――ああっ、その子は確か朝霧さんの……これは、新しい路線の市場展開も考えておかないと」
「――何か言ったか?」
「――いえ、ただ朝霧さんの妹さんと宇佐美ちゃんとで、ツーショット撮影でも出来れば、良い絵がとれそうだなと」
クンッ、クンクン!
「ん?」
「え? シラヒメ?」
ふと、スカウトの足もとに全員が目を向けると――
真っ白な毛並みの、小さな柴犬型の電子召喚獣、シラヒメがスカウトの男の匂いを嗅いでいた。
「どうだシラヒメ?」
「う~……ワンっ!」
「そうか――やっぱりここあらしたの、こいつの仕業か」
「はあっ!? 言いがかりはよして貰おうか!!」
「久遠光一のシラヒメ――聞いた事無いとは言わないよな?」
「――!」
光一の電子召喚獣、シラヒメの能力は解析。
デジタルデータは勿論、実在する物質の成分までもを解析する事が出来る。
「――いつの間に」
「――さっきのパシリ発言の時、じゃない?」
「――あれまさか、暗号だったの?」
こっそり宇佐美と裕香が、そんな話をしてる間にも事態は進んでいく。
「その解析の結果、お前にここで使う予定だった、そうめんつゆと同じ成分が付着してるってよ」
「そうめんつゆだあ?」
「今日の為に料理サークルが結集して作った、オリジナルだそうだ――そうめんはともかく、つゆまでこう派手にブチまいたの失敗だったな」
すっかり乾き切ってはいるが、そうめんからつゆの入れ物に至るまで、念入りに壊されている光景を指さしながら、裕樹はそう告げる。
「――朝霧さん、優秀すぎるのも考えものですよ?」
「褒め言葉だ。さて――今なら弁償で不問にするよう話つけてやるから、ウチ帰んな」
「お断りだ。宇佐美ちゃんに加えて、その高く売れそうなガキのおまけつきと来て、引きさがれるかよ」
「お前が如何に腐ってるかはよく分かった――が、状況わかってんのか?」
「わかってるさ」
男が歯を食いしばり、バキッと言う音が鳴ると同時に、男を守るかのように電子召喚獣が姿を現した。
『キシャアアアアア!!』
咆哮を響かせ、周囲の学生たちが驚いて逃げ惑う。
古代種、恐竜種を模るそれは、細身の体躯ながら鋭い牙と爪をぎらつかせ、軽快な動きで裕樹めがけ襲い掛かる。
「――舐めんな」
裕樹がD-Phoneから自信の電子ツール、大刀1本を具現し、流れるような動作で裕香をおんぶし、左腕で宇佐美を抱きかかえ――。
『ゲギャッ!?』
具現した大刀で、突き上げる様に電子召喚獣の顎を貫き、そのまま身体を切り裂いた。
「――くそっ!!」
男が慌ててD-Phoneを取りだし、同じタイプを複数具現。
それと同時に、数重のバイクの排気音がこちらに近づいてきていた
「ちょっと我慢してな、宇佐美」
「――うん」
「裕香も、しっかり捕まってろよ」
「わかったよ、ユウ兄ちゃん」
裕樹の呼びかけに応じる様に、宇佐美も裕香も裕樹の身体に回してる手に、ギュッと力を込め――裕香が、宇佐美の手に手を添える。
「大丈夫だよ、宇佐美ちゃん」
「裕香ちゃん……怖くないの?」
「全然――ユウ兄ちゃんがついてるから」
「――見せつけてんじゃねえぞコラ!!」
男の激昂の声に合わせ、数体の電子召喚獣とバイクが裕樹に襲い掛かり――。
『ギャッ!!?』
「うわっ!!?」
突如、それらに獣タイプの電子召喚獣が喰らいついてきた。
「保安部です! 貴方達を電子召喚獣の不正使用及び、器物破損と傷害未遂の現行犯で逮捕します! 総員、かかれー!」
「「「おおおーっ!!」」」
高峰光の指揮する、保安部機動隊が駆け付け、交戦開始。
瞬く間に電子召喚獣達は駆逐され、バイクの乗員は捕縛されて行く。
「くっそおっ!!」
「逃がしません!」
「このガキがあっ!」
スカウトの男が、立ちふさがった光を見て、にやりと笑い近くの棒きれを手に襲い掛かり――。
「がふっ!!?」
「ガキとはなんですか!!?」
光の飛び蹴りが、その棒きれごと男の顔面にめり込んだ。
「相手が悪かったな。チビだからって甘く見……おっと」
「チビって言うな!!」
「ちょっ、待て! 責めて宇佐美と裕香降ろさせろ!」
「――なんでユウ兄ちゃんってこう、最後が決まらないかな?」
「――それあたしもそう思う」
「大丈夫か!? 援護に――ってあれ?」
「――どういう状況だこれ?」
「いつも通りですよ」
「ああっ、成程」
裕香をおんぶし宇佐美を抱きかかえてる裕樹が、怒ってる光に追い回されてる光景。
遅れて駆け付けた光一と龍星は、はあっと呆れるように溜息をつきながら、回れ右をして捕縛されたゴロツキ達の護送の手伝いを始めた。




