小さな世界に住まう者
閉ざされた無菌室――それ以外を、私は知りません。
知っているのは、私がある物を手に入れるために創られた、試験管ベビーである事。
その所為なのか、人としてはIQの限界値を超えた脳を持ち、それを更に強化実験を施され続けるだけの日々
人の機微や感情と言うモノが一切育まれはせず、必要なのは脳だけだからと、動く事さえも制限されていました。
試験管ナンバー34――人で言う物心がついた頃は、そう呼ばれていました。
しかし、ある日を境に夜桜香と言う姓と名を貰い、実験体ではなく人として扱われるようになりました。
産まれたときから居た、ベッドと栄養剤の点滴と、生命維持機器だけの無菌室。
テーブルに椅子、テレビと言った物が置かれるようになり、来訪する研究者の人の雰囲気も、ただ計器を見て目を向けないのではなく、話しかけるようになりました。
確か、東城……。
「ん……」
そこで目を覚ました少女――夜桜香は、周囲を見回した。
自身が暮らす部屋、あるいは自分だけが住む世界である、この無菌室を。
『~♪ ~~♪』
「……おはよう、陽気なレティア」
優しい楽器の音色の様な声で、ゆっくりと舞う様に香の前に姿を現した
自身の電子召喚獣、幻獣種――の新しい系譜として、姿を現した妖精型。
新しい種別のオリジンとするか、あるいは幻獣種の1つとして数えるかは、まだ結論が出ていない桜だけの電子召喚獣
その声につられて……
『グオオッ!』
「やさしいバハムート」
幻獣種のオリジン、天竜王バハムート
天を司る幻獣種のオリジナルであり、幻獣種の頂点に位置する竜。
『ブオオッ!』
「甘えんぼのネプチューン」
古代種のオリジン、地鯨王ネプチューン
地を司る古代種のオリジナルであり、古代種の頂点に位置する鯨。
『キキィッ!』
「やんちゃなソール」
通常種のオリジン、命猿王ソール
命を司る通常種のオリジナルであり、通常種の頂点に位置する猿。
「おはようございます。私の可愛い可愛いお友達」
レティアを除くこの3体は、正確には香の電子召喚獣ではない。
DIEシステムが開発され、学生の生活をサポートする人格形成学習型プログラムを、搭載ではなく具現する形で開発されたのが、電子召喚獣。
その命を司る通常種、地を司る古代種、天を司る幻獣種と言う枠組みと特徴のオリジナルとなった3体。
その力は1体だけでも、プログラム・シンを使った最強達の電子召喚獣が、束になっても決して敵わない――それが天竜王、地鯨王、命猿王と呼ばれる所以。
禁断の英知に触れる――その為だけに創られた存在。
来島アキには、北郷正輝がいる――そして彼女には、この3体がいる。
バハムート、ネプチューン、ソール。
いずれも電子召喚獣としては、最も長く学園都市の営みを見続け学習してきた存在。
だからこそ“脳だけ”の存在理由しか与えられなかった香には、心身共に機械的だったため、感情を育む要素としてそれらが与えられた。




