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日陰者の楽園(4)

 自分が立っている場所は、奇妙な空間だった。

 まるで、空間から規則が取り払われている--そう思いさえするような。

 その中心には、樹木のような形をした何かが、楔の様に突き立てられている--それが、ここからなのかはわからない。

 樹木のような物は……生体、金属、鉱物、化学物質と、記憶にあるありったけを総動員して想定してみるが、やはりそのどれもに当てはまるとは思えない。

 その樹木のような何かに近づけば近づくほど、まるで空間の不規則度が増していくような中で、手を伸ばし--


『触ったの(か)!!?』

 太助の言葉を遮るように、クリスと武瑠が2人にしては珍しい驚愕の表情で詰め寄った。

 想定していたのか、動じる事無く頷く。

「……ちょっと待て、境界樹は実在するのか? ティナと武瑠はそれを知ってたのか」

 その中で唯一、裕樹だけが置いてけぼりだった。

 クリスと武瑠が頷きあい--覚悟を決めた表情となる。

「--他言無用でお願い。裕樹だから知ってもいいと、判断してるんだから」

「その秘密をそれぞれの形で守る事--それが我が北丘を含む、東野、朱羽、ウェストロードの使命。そして」

「--そのまとめ役を担ってる凪も、知ってるのか」

「境界樹の存在は、学生で知る者は我等四神とそのまとめ役、そして総会長を任された者のみ--しかし、触れたと言う事は」

 武瑠の呟きに同意するように、太助が頷く

「……それでか。道理で」

「--どういう事だよ? “境界樹には無限の知恵が宿っていて、その実を食えばそれが手に入る”って話まで」

「少し違うわ裕樹。境界樹の中には膨大な情報の流れがあって、どういう訳か触れた者の頭にその情報が直接流れ込む……けど」

「情報が膨大過ぎて、触れた人間は例外なく……いや、このただ1人を除いて、発狂あるいは植物状態に陥っている。DIEシステムは、奇跡的に手に入ったその情報の一部を使用し、作られたものだ」

「成程、それで境界樹の存在は隠されてるって訳か……ん? って事は東城、お前」

「--話を聞く限りじゃ、どうやら君達も知らない事らしいね」

 その言葉で、クリスと武瑠が目を見開く。

「どういう事?」

「発狂や植物状態の原因は、それだけじゃないよ--境界樹に触れた人間には確かに、人間の脳じゃ耐えられない膨大な量の情報が流れ込んでくる」

 というと、太助は--普段からは考えられない、クリスや武瑠でさえ怖気が走る笑みを浮かべた。

「確かにこの世界の常識を超えた知識、遥かに進んだ技術--知れば誰もが欲しがるだろう情報を、僕は手に入れた」

 けどね、と前置きを置く。

「--流れ込んできたのは、情報だけじゃない。同じくらいに膨大な量の、東城太助という人格と記憶もだ」

「成程。記憶、人格も立派な情報ーーという訳」

「あれは触れた人間を検索カテゴリとし、記憶と人格さえも流し込む物なのか」

「じゃあお前は、その人格っていう面じゃ俺達が知ってる東城太助じゃないって事か」

「正確には、今の僕という人格が、この世界で育った僕の物かどうかはわからないんだ。それから僕は脳味噌パンク状態で、長い時間生死の境を彷徨ってた」

 目が覚めたときは、肋骨が目立つ位に痩せ細ってたよ--と、冗談めかして告げる。

「最終的に、太助は情報を処理しきれたって事ね」

「--そこまでなら、他にも出来た奴は居たよ。目が覚めた時、僕の記憶は大量の記憶が入り混じり、自分が一体どの世界の僕で、この世界は一体どの世界なのかがわからない状態になった」

「記憶の矛盾……成程、脳死は脳のパンクが、発狂は記憶の混濁が齎したのか」

「今でもその整理が追い付いてる訳じゃないけどね。特に、異世界の僕には“魔王”何て呼ばれる僕がいて、その絶望と憎悪が特に強くて今でも残ってる--以上が、行方不明になってた間の大半だよ」

 終わりと同時に、裕樹がふーっと大きく息を吐きだす。

「……まるでマンガだな」

「けれど、事実よ--それなら、太助がかけ離れた技術を持ち、大きく変わり果ててしまった事も納得が出来る」

「境界樹の知識を手に入れたもの……とんでもない事を知ってしまったようだな」

「--さて、そろそろ行こうか。スタジアム」

「ああっ、そうだ……」

 裕樹の顔が、ある一点を見て変わった。

 視線の先には、スタジアムに向かう電子召喚獣とそれに跨った……

「--ひばり!?」


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