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日陰者の楽園(1)

 程なくして、男は意識を刈り取られた。

 龍星がバーサクモードで捻じ曲げた鉄パイプで、手足を固定された男の顔を太助が覗き見る。

「しかし、流石裕樹だな。俺の出番殆どなかったぞ」

「バーサクモード対バーサクモードじゃ、どっちもただじゃ済まんだろ--まあ」

 そこで裕樹が言葉を切り、男をつま先から観察し始める。

 男の体躯は龍星どころか、そこらの一般的な男子生徒の体躯その物で、どう見てもバーサクモードなんてものとは無縁の肉体。

 先ほどの暴れぶりも、理性をなくしたからこそ出来た事だとも、裕樹は確信していた

「肉体的な機能の差で、ダンナがこいつぶっ壊してたかもしんねーし」

「むっ……しかし、こいつ何者だ? どうしてこんな、どこにでもいるような奴がバーサクモードを」

「DIEシステムの違法技術、だろうな」

「その通り」

 診察を終えた太助が肯定の意を示し、ちょいちょいと手招きをした。

 ただ、いきなり起き上がって……と言う事はありえたため、裕樹がつぐみと裕香の傍に控えつつ。

「終わったのか?」

「ええ。ただ、子供が聞いていい内容じゃないので--」

 と言って、裕香と“つぐみ”の方を見る。

「さらりと子供扱いしないでください!」

「どっちにしても、聞いていい話じゃないから」

 子ども扱いされたことに怒りつつも、裕樹と龍星に促され裕香を連れてつぐみは下がった。

「……榊さん最近バーサクモードを展開した記憶は?」

「最近……この前、やたらと強い違法召喚獣に襲われたときに」

「詳しく聞かせてください」

「あれは……」



 宇宙と芹香に差し入れを持っていった帰り、龍星は1人帰路についていた

「……つぐみの傑作、芹も宇宙も喜んでくれてたな」

 このことを伝えたら、つぐみきっと喜ぶぞ--と、つぐみが喜ぶ顔を想像しながら。

「--榊龍星だな?」

 と、そこへ1人の男が声を掛けて来た。

 サングラスに帽子をかけた、いかにも不審さを絵にかいたような格好で

「ん? そうだが、誰だお前?」

「--一条宇宙への見せしめだ。そのための生贄になってもらう」

「宇宙の政敵か何かか? ……宇宙絡みで良からぬ事を企もうものなら、容赦はせんぞ」

『……カロロ』

 男の背後から、リザードマン型の違法召喚獣がよだれを垂らしながら、龍星にとびかかった。

「!? はやっ……」

 咄嗟によけようとするも、龍星は喉を掴まれ掴みあげられる。

「……違法召喚獣にしてはなかなか強いな。だっタラテカゲンハナシダ!!」

「--来た!」



「--確かその時、何かカードの様な物を違法召喚獣に向けて投げて、それが体の中に入っていくのを見たような」

「成程……多分、バーサクモードのデータ収集機器だったんでしょうね」

「--いっぱい食わされたって事か」

 苦々しい表情でそう吐き捨てるように呟いた龍星に目もくれず、太助は男の上をまくり上げた。

 心臓に当たる部分には、ドクドクと蠢く水晶体の様な物が埋め込まれている。

「--これが、人為的にバーサクモードを引き起こしてるのか?」

「ええ--彼のバーサクモード、血を浴びたりなめたりして発動させませんでした?」

「ああっ--って、まさか」

「ええ。実を言うと僕は既に、このバーサクモード・オルタナティヴについて知ってました。それでオリジナルである榊さんに、話を聞きに来たんです」

「……オリジナル」

 人為的なバーサクモードの発現--自らの迂闊さが招いた事態であることに、龍星は歯噛みをする。

「ただ、これは誰もが使えるわけじゃありませんよ」

「誰もが、とはどういうことだ?」

 そう尋ねた龍星の眼前に、ある新聞サイトのある記事が表示された。

 そこに表示されてるのは……

「……イカサマ発覚、偽称天才棋士永久追放処分? って、これに載ってるのって」

「学園都市が定める方針、競争の弊害って奴さーー競争において、勝者と敗者が決定づけられるのは絶対事項」

「だから、どんな手を使ってでもか……なんて奴だ、許せん!」

「とまあ、普通そう思うよねーー実態知らなきゃ」

「実態……まさか」

「そう、冤罪だよ--競争の結果に付与される利益だけを見れば、強敵なんて邪魔でしかないからね」

 いきり立った龍星は、途端に苦虫をかみつぶした表情になり、意気消沈。

「--冤罪だろうと罪は罪。懸けるべき道を奪われた挙句、白眼視どころか暴力の的って所だろうね」

「成程、憎悪というのは……」

「早い話が復讐心--唆した挙句で、救いの手ならぬ魂の売買を差し出したって所かな」

「魂の売買だと? --随分と物騒な表現するな」

 震えてるつぐみと裕香をあやしながら、裕樹が訝し気にそう問いかける。

「そうでもないさ。僕がオルタナティヴって呼ぶのは、仕組みの方だからね」

「仕組か……確かに、俺のバーサクモードとは何か決定的な違いがあるように感じたが」

「オルタナティヴ発言者を調べた結果ですが、血を引き金に脳内麻薬の異常分泌が確認されたんです」

「脳内麻薬の?」

「そう--感情の高ぶりで脳内のリミッターを外す。それが榊さんのバーサクモードを簡単に表現するなら、その一言に尽きる」

 実際はもっと複雑な特異体質とも言える能力なんだけどね、と付け加えた。

「そして、オルタナティヴの方は他人の血に触れるか、舐めるかすれば脳内麻薬の異常分泌が起こされ、その麻薬によって生じる快楽がーー」

「俺の感情の高ぶりと同じ働きを齎す--そういう仕組みか?」

「だからオルタナティヴって呼んでるんです」

 成程ね--と頷いた裕樹とは対照に。

「--俺のバーサクモードを、よりにもよってこんな物に造り替えただと!? どこのどいつかは知らんが、探し出してマッスルランゲージだ!!」

「それなら……」


 ヴィーッ! ヴィーッ!


「もしもし……ああっ、やっぱりか。うん、わかった。そのまま待機して、くれぐれもことを荒立てない様に」

「--九十九か剛か?」

「うん。首謀者が組織的に動いて、ある地点に向かってるそうだから、その地点に向かわせた--占拠されて手遅れだって連絡入ったけど」

「どこだ?」

「スタジアム」


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