痛みの記憶(前編)
なんて無力なんだろうと、痛感した。
姉のように慕ってくれている女の子が泣いてるのに、ただ抱きしめてあげる事しかできなかった。
女の子の兄が変貌してしまったのを、元に戻すことも止める事も出来ず、女の子から離れる事も出来ず、ただただ、一緒に不安に晒されるしかなくて--
だから、裕樹が元に戻ったとき--裕香が泣きじゃくり、裕樹に抱きついた光景を。
裕香の笑顔と裕樹自身が元に戻ったと見届け、安心するのと同時にどこかで絶望していた。
--あたしじゃ、裕香ちゃんを笑顔にしてあげられない、と
--それから、一週間が過ぎた。
「--具合は、どうですか?」
「……まだろくに箸も持ててない」
裕樹の回復のめどは、いまだに立たない。
ひばりは毎日のように見舞いに来ては、裕樹や裕香の面倒を見ている。
「……すまないな。ひばりにも心配かけちまって」
「いいんです……裕樹さんが元に戻ってくれたのなら」
裕香は今、裕樹にしがみつく様にして眠っている。
ただ、怯えるような雰囲気で、とても安心して眠っているとは言い難いのが、ひばりの表情を曇らせた。
あれ以来裕香は、片時たりとも裕樹の傍から離れることを嫌がるようになった為に。
「--元に、か」
それと同じ色が、裕樹の表情にも浮かんでいた事に、ひばりは疑問符を浮かべる。
「ひばり……俺の両手、どう見える?」
そういって裕樹は左手と、包帯に覆われ痛みを訴える右手をひばりに差し出した。
聞いた話では、あの時右手に持っていた槍が暴走を促すシステムらしく、それを取り除くことは物理的には無理だったらしい。
そして左手で思い出すのは、裕樹にやられ髪を掴まれた東野辰美と……。
“学園都市で最強と評された力が、暴力として使われたらを表明する最悪の結果に終わった体育祭”
裕樹の暴走は、そう評された事実。
「--やっぱり、怖いかな?」
「怖いって、なんでそんな事を--」
「--この手にさ、残ってんだ……記憶こそないけど、血の匂いと感触が確かに」
ふとひばりは、泣きじゃくる裕香を抱きしめることを裕樹が躊躇したのを思い出した。
--ひばりは俯き、悲痛な表情を浮かべながら裕樹の左手を手に取った。
「変なこと聞かないでください。怖いって思うとしたら、裕樹さんがまたあんな変わり果てた姿になった時だけです」
「--悪い……なあひばり」
「今度は何ですか?」
「--ちと、いい子について話したい事があるんだけど、良いかな?」
「……唐突に、どうしたんですか?」
「この一週間、ずっと考えてたことがあるんだ--それを、ひばりと話したいって思って」
今回はちと難産でした。
続きは、色々と苦労しそうです




