過去の傷痕
「……俺は勝つからな、任せとけ」
ルクスはフィールドに出てからニヤリと笑って振り返り、言う。だが再び前に向き直った時には真剣な表情をしていた。
「……すみません」
「……いいっつってんだろ? それとも俺が負けるとでも思ってんのか?」
「……いえ」
「……ならそこで見とけ」
シュンとしてゼアスに頭を下げる四戦目で出た女子に対しゼアスは笑いかけ、自信満々に言って魔剣を肩に担ぎ歩く。
「始め!」
レフェリーの合図があっても、二人共動かない。……ルクスは油断出来ない相手だから動かないのだが、ゼアスはルクスに対しても今までと同じように魔剣を右手に持ち、肩に担いで余裕そうに構えている。
「……魔剣だな、その剣は。どんな能力があるんだ?」
ルクスは聞くだけ無駄かもしれないと思っていながら、尋ねた。
「……一番重要なのは教えてやらねえが、持ち主が持つ魔力とか気などの能力を消す代わりに身体能力を底上げする能力がある」
一番重要なの、と言うのはおそらくレイヴィスを斬って相手を倒している今までのことについてだろう。途中三年SSクラスの大将の素早い動きに対応してみせたのは、この能力があるからだと言うことらしい。
「……なるほどな。だがその魔剣、斬る方がメインの能力だよな?」
「……ああ、よく分かってるじゃねえかよ。能力はてめえが一回くらえば分かるだろうし、かかってこいよ。ま、その後生きてればの話だけどな」
ルクスはある程度魔剣の能力について推測を立てていたのか言い、ゼアスがルクスから仕掛けてくるように挑発する。
「……その挑発、乗ってやるよ。――戦闘剣鬼!」
ルクスは言って、木の棒の刃に当たる部分に右手の人差し指と中指を揃えて添え、先端まで滑らせる。橙、青、赤のラインが入った刃が出来上がった。剣だけでなく全身にも気を纏っている。
「……四つだけでいいのかよ?」
ゼアスは笑って突っ立っているが、ルクスは構わずに突っ込んでいく。気と魔力なしの身体能力で考えればルクスは人間でも生徒の上位に位置する。四つだけでもかなり速く動けるのだが、ゼアスが戦った三年SSクラスの大将よりは遅い。
「……はっ!」
ルクスは応えず剣を振るって四色が混じった波動を放つ。
「……おっと」
だがゼアスはそれを魔剣の一振りで真っ二つにした。
そこで一気にゼアスとの距離を詰め、ルクスはゼアスの腹目がけて剣を振るう。だが後方に跳躍したゼアスはルクスの斬撃をかわし、踏み込んで上段から魔剣を振り下ろしてくる。ルクスはそれを受けずに左に避け、剣を上段から振り下ろしゼアスを狙う。ゼアスはそこに魔剣を横に振るう形で合わせてきて、交差する。
「「「っ!?」」」
音もなく、ルクスが持っていた木の棒が半ばから斬られた。それに一番驚愕していたのは他でもない、ルクス自身だった。鬼気の手で地面に落ちた木の棒の片割れを拾って右手に持ち、目を見開いて信じられないと言う顔をし、両手の木の棒を見つめる。一刀の下立ち塞がる相手を切り伏せてきたゼアスの前では、致命的な隙である。
「ルクス!」
ベンチから呼ぶ声がして我に返り顔を上げるルクスだが、声の主が誰か分からない程に呆然としていた。
「……えっ……?」
そして顔を上げたルクスは、目の前に迫る狂気の魔剣を見る。ニタリとした笑みを浮かべたゼアスは、右上から左下へとルクスに深く袈裟斬りし、レイヴィス越しだと言うのにやはり、鮮血がルクスの身体から斜めに噴き出した。
「……っ!」
ルクスはよろめくが、他の相手が倒れたのとは違い、倒れなかった。だが傷は深く血が流出していてかなり危ない状態だ。レフェリーは流血具合を見て試合を止めるかどうか迷っていたが、その判断を下すより早く、ゼアスが動いた。
「……大事な大事な相棒が斬られてショックってか? 笑わせてくれるぜ。――千風刃!」
ゼアスが傷に手を当ててよろめくルクスを嘲笑い、初めて技を使った。ゼアスは右手の魔剣を振るって漆黒の波動を放つ。
「がっ……!」
漆黒の波動は大きいモノではなかったがルクスの上半身に直撃し、理事長の結界を破壊してルクスを壁の中に叩き付けた。
「……し、勝者――」
レフェリーはさすがにヤバいと思ったのか、慌ててゼアスの勝利を宣言しようとするが、
「……そう慌てることないっすよ。どうせ生きてんだから」
ゼアスがレフェリーに魔剣を向け、ニタリと笑って止めた。
「……活気」
ルクスの掠れた声が聞こえ、壁の中から淡い黄緑色の光が漏れる。回復させる気、活気が発動したのだ。
「……ほらな」
ゼアスはニタニタ笑いながらルクスが無事だったことを驚くレフェリーに言い、魔剣を肩に担ぐ。
「……チッ。俺の相棒を真っ二つかよ。レイヴィスもボロボロだし、こりゃヤバいな」
やがて淡い黄緑色の光が収まったかと思うと、崩壊した壁の瓦礫を押し退けて、ルクスが姿を現した。
「「「……っ!!?」」」
だがそのルクスの姿を見て、ほぼ全員が驚愕した。
ルクスが着ていたレイヴィスはゼアスの一撃により上半身が消し飛んでいるため下半身を覆うのみとなっているが、そこに驚いたのではない。
上半身のレイヴィスに隠されていた、ルクスの無数の傷跡に驚いていたのだ。特に酷いのは腹部の傷だった。まるで右脇腹に爪を突き立てられ、そのまま左に引き裂かれたような大きな傷跡。普通なら生きてないだろうその傷は腹部だけでなく背中の下にもあり、傷付けられた時、腹部から背中まで貫けていた部分さえあることを示していた。他にも右胸辺りの縦に並ぶ傷跡は爪を突き立てられたような傷跡で、心臓のある上に大きな傷跡はなかったが、左胸からおそらく右脇腹にかけて斜めに浅く爪で切り裂かれたような跡があった。
ただの鍛練の跡でないことくらい、武人でなくとも分かる。
ルクスが何らかの理由でモンスターの爪により死にかけたことがあると言う過去を示していたのだ。おそらく魔法や気では完全に跡が消せないくらいの、大きな傷跡。
「……てめえ、その傷……」
驚いていたのはゼアスも同じようで驚愕しながらルクスに尋ねた。
「……ああ、今てめえに付けられた傷は全部治したぜ? 気にすんな。これは俺が過去に死にかけた時の傷でな。何とか命はあったが傷跡は一生消えない」
ルクスはゼアスに冗談めかして言いつつ、自分の身体を見下ろし右手で浅く爪で切り裂かれたような傷跡をなぞる。
「……よく生きてられたな、おい」
「……まあな。その理由を、これから見せてやるよ。――錬気」
ルクスは両手に持った木の棒の斬れた部分を合わせて気を注入する。すると木の棒は切断面同士が動き、互いに絡み合って再び一つの棒をなった。
「……直せんのかよ。またその貧相な棒で俺とやろうってのか?」
「……いや。龍剣鬼」
ゼアスが肩を竦めて言ってくるのに対してルクスは首を横に振り、刃を展開すると木の棒を中心に龍を作り出して、手を放す。龍はゆっくりと宙を進み、一年SSSクラスのベンチ前まで来る。来て何が始まるのかと思ったら、龍がガジガジと結界を齧り出し、怪訝に思う暇もなくすぐに噛み千切られて木の棒をベンチに運ぶ。……理事長は驚愕し、密かに落ち込んでいたのは一部の者だけが知ることである。
「……何だよ。武器を使わねえってのか?」
「……ああ。その魔剣の効果、魔力と気を切断する、だろ?」
ゼアスの言葉に頷き、ゼアスに尋ねる。
「「「っ!」」」
「……ああ、よく分かったな」
驚く会場を他所に、ゼアスはあっさりと認めた。
「……より正確言やあ、能力をぶった切る能力なんだが、それがこの魔剣・グラムの効力だ」
「……魔剣・グラムか。また有名な武器だな。魔剣ってあんまり文献に載ってないから分かんなかったぜ。まあ何でも斬れる能力ってのも考えたが、それならさっきの一撃で俺の纏ってた気まで切り裂かれたのは説明が付かない。ちゃんと戻れって念じたんだがくっ付かなかったしな。だから魔力を使って編まれたレイヴィスも、気を大量に蓄積した俺の木の棒もあっさり切り裂けるんだろ?」
「ま、そう言うことだな。で、どうする? まさか素手で俺とやり合おうってんじゃねえだろうな?」
魔剣の能力が知られたところで自分の優位は変わらない。そうゼアスの顔には書いてあった。
「……そのまさかだ。気が斬られるっつうんなら、話は簡単。俺がてめえに追いつかれないよう、もっと速く動けばいいだけだ。幸い、色々やってくれたからな。条件は満たしてる」
ルクスはそう言って笑い、拳をグッと構えて、叫んだ。
「――黒気!」