庶務VS怪力
「……っ。もう始まってたか」
俺は観客席に上がって初戦が始まっているのを見て若干焦る。すぐに何かと目立つクラスメイトが集まっているところに行く。
「ああ、ルクス。……って、レガートか? どうしたんだ?」
チェイグが近付いてきた俺に気付いて声をかけてきて、背負っているレガートを見つけて聞いてくる。
「……ああ、レガートはあれだ。やられてたんだよ、ゼアスの野郎にな。俺が応急措置をしたが一応、診てやってくれ」
俺は正直に事情を話し、レガートを一緒にいる医療メンバー二人に託す。
「……場外戦闘は禁止されてるハズよ」
驚くクラスメイトを他所にアイリアが険しい表情で言う。……確かにそうなんだが。
「……痕跡がないんだよ。魔力は俺じゃ分からないが、気のな。生物が攻撃してる以上ちょっとでも痕跡が残ってるハズなのに、全くない。これじゃ証拠にならないんだ」
俺は苦々しい顔で言う。それに全員が驚いていた。フェイナがレガートの治療をしながら魔力の痕跡を探っていたようだが、首を横に振る。
「……なら、表で仕返しするしかないわね」
アイリアは俺と同じことを思ったようで、そんなことを言った。
「……それってつまり、俺以外の五人の内二人が負けるってことか?」
俺はニヤリとして言った。もちろん三勝で終わればいいが、俺まで残して(回して)欲しいという思いもある。直接やり返さなきゃ俺の気が済まないしな。
「……そうは言ってないわよ。表と言ったって、色々あるでしょ」
アイリアは俺の言い方が悪かったせいか怒ったようにそっぽを向いてしまった。……難しいな。油断出来ない相手だが、よく考えれば全勝で勝てない相手でもない気がするんだが。問題はゼアス一人だからな。
「……とりあえず、試合見ようぜ」
少し気まずくなった場の雰囲気が嫌だったのか、メンバーでもないシュウが引き攣った笑みを浮かべながら言って、メンバー達は試合の方に注意を向ける。
準決勝第一試合三年SSSクラスVS二年SSSクラスの初戦は、生徒会庶務のエリアーナ先輩対巨大なハンマーを武器に使う女子の先輩だ。
両クラス共、最初から最後までメンバー替えがないままに終わってもいいらしい。
別に全員出場させるっていうルールはないからな。
「……エリアーナ先輩の相手は二年SSSクラスで近距離三姉妹と呼ばれるセフィア先輩を含む三人の女子の内の一人で、三メートルもある巨大なハンマーを軽々と振り回して戦うエンアラ先輩だ。気も魔法もあまり得意じゃないが、地力だけで戦う――オリガみたいな人だな。種族は鬼人族だ」
チェイグが紹介してくれる。……そういえば今までのは瞬殺だったからな。チェイグの解説がなかった。鬼人族というのは鬼系モンスターの突然変異であるオリガにも及ばないが、角の生えた腕っ節の強い種族だ。
「……いい勝負だな」
俺は少し戦況を見て、呟いた。
舞いながら袖を伸縮させ材質変化を行い、さらには炎を伴って攻撃を加えるエリアーナ先輩と、気も魔法もなしにハンマーのみで戦うエンアラ先輩は、いい勝負をしていた。
エリアーナ先輩は本気という意思表示なのか脚にも裾がつきレイヴィスと離れた脛の位置に着けているモノがあるんだが、手足の四つに裾があり今までよりも変幻自在かつ炎による攻撃重視の運びをしている。
対するエンアラ先輩はハンマーを振り回して時には回避し、エリアーナ先輩の猛攻を凌いでいる。防戦一方に見えるエンアラ先輩だが、エリアーナ先輩の猛攻を凌いでいる時点でかなり強いと分かる。
エリアーナ先輩はかなり強い。だがエンアラ先輩は、圧倒的な身体能力と動体視力と反射神経で攻撃全てを受け切っている。……もし気をちゃんと使えたらと思うとゾッとしない。
……世の中そうやってバランスが取れてるハズなんだよ。何であの会長には弱点がないんだよ。おかしいだろ……。
俺はそう思って落ち込みかけるが、気を持ち直して試合に集中する。
「……ラフェイン式舞踊・第弐番、水舞踊!」
するとエリアーナ先輩がこのまま反撃させずに押し切ろうと思ったのか、二つ目の舞踊を解禁する。
「……エリアーナ先輩の舞踊はその属性をずっと使い続けながら休まず舞い続ける猛攻が主力なんだが、どんどん使う属性を増やしていくんだ。まあそれが出来るエリアーナ先輩の魔力量が半端じゃないんだが」
チェイグが説明してくれる。チェイグの言う通り、エリアーナ先輩の周囲には炎だけじゃなく水も巻き起こっていた。……互いに打ち消し合うことはなく、むしろより強力になっている。
「……っ。いくよ、白鬼!」
更なる力を発動したエリアーナ先輩を見たエンアラ先輩は、何やら力を発動させた。
エンアラ先輩は全身に白い奔流のようなオーラを纏い、角が白に変わる。その気迫たるや、結界外で観ているだけの俺達も少しゾッとしたくらいだ。
「……あれが鬼人族の奥義、色鬼だ。効果はただ身体能力を上昇させるだけ。だが単純故に強力。鬼人族が気も魔力も上手く使えない訳だよな。それは兎も角、絶大な力を得る色鬼だが、色によって強さが違う。上から黒、赤と来て白だから結構強いだろう」
鬼人族の奥義らしい。チェイグがすっかりお馴染みになってしまった解説を入れてくれる。……だがチェイグよ。その理論でいくと生徒会長はどうなるんだよ。
「……色ってどれくらいあるんだ?」
「……俺が分かると思うか? 色なんて細かく分ければ無限にあると言ってもいいくらいなんだぞ。まあ結構ある中で上位三つの内一つだってことを凄いと思っておけばいい」
チェイグが苦笑して俺の質問に答えた。……なるほど。かなり強いってことか。理解した。
「……オリガ。どっちだったらやりやすい?」
俺は参考までに聞いてみる。
「そりゃあ、鬼の方の先輩だな。あたしと気が合いそうだ」
オリガは楽しそうにニヤリと笑って答える。……オリガはまだ全くと言っていい程活躍してもらってないからな。準決勝、決勝と活躍してもらわないといけない。
「……じゃあ、とりあえずは二年SSSクラスを応援するか」
俺は言って(俺としては知り合いが三人いるため最初から二年SSSクラスを応援する気だが)、勝負の行方を見守る。
本気を出し始めた二人は激しい戦闘を見せる。さっきまで防戦一方だったエンアラ先輩が仕掛けたのだ。と言ってもハンマーを全力で地面に叩きつけ、グラグラと震動させただけなんだが。……どんな馬鹿力だよ。結界は魔法や気を遮断するが、フィールドで間接的に起こった震動や何かは遮断されないから実際に感じた。
……本気で地震が起こったんじゃないかって程の揺れだ。観客席のあちこちから悲鳴が上がっていた。
「やぁ!」
エンアラ先輩は揺れによって舞が一時乱れたエリアーナ先輩に向け、地面にハンマーを再び叩きつけて人工的に地割れを起こし体勢を崩させる。
「……ラフェイン式舞踊・第参番、風舞踊!」
だがエリアーナ先輩は地割れが起こったのを確認するとすぐに、風を巻き起こして自身の身体を浮かせ、空中で舞を続けた。……臨機応変すぎるだろ。どうやったら勝てるんだ?
力尽きる時はエリアーナ先輩の魔力切れかエンアラ先輩の疲労か。
だがそこまではいかないだろう。二人共、自分の戦える残り時間については分かるだろうからな。短期決戦を狙うハズだ。
まずエンアラ先輩が真正面から突っ込む。一度の跳躍で対峙しているエリアーナ先輩のいる場所までいくとハンマーを振り下ろす。かなり速く、舞って戦うエリアーナ先輩は回避が得意じゃないので一見隙があるように見える。だがエリアーナ先輩は丁度エンアラ先輩に背を向けていたが、足首にリストのようになっているレイヴィスについた布が伸びて三属性を伴いハンマーと衝突する。材質を布から硬いモノに変えたんだろう。脅威であるハズの一撃を相殺した。
エリアーナ先輩は淀みなく振り向き様に先に戻ってくる左手の布を伸ばし材質を変えてエンアラ先輩の頭を狙う。エンアラ先輩は驚異的な反射神経で屈み回避する。だがそこにさっきエンアラ先輩の一撃を相殺した方ではない脚にある布を直線的に伸ばしていた。エンアラ先輩は驚いていたが脚をグッと踏ん張ると左手をハンマーの柄から放して貫くことはないその布を掴み、伸縮自在の魔法の伸びに対抗するだけの力を以って押さえた。これにはエリアーナ先輩も驚いていたが、四方八方から三属性で攻撃する。それは得意気になっていたエンアラ先輩を直撃するが、巨大なハンマーが炎、水、風の奔流の中から現れるとエリアーナ先輩は四肢を使って布で四回一斉攻撃を行う。上から振り下ろす右手、外側から横に振るう左手、軽く振り上げる左脚、地面に着いているものの爪先立ちで回転する右脚。それぞれ頭、右肩、腹、脇腹を狙った攻撃だ。エンアラ先輩はハンマーで三属性攻撃を薙ぎ払い、直前でそれらに気付く。両手で二つ、右脚で一つを受けるが、腹部に伸びてきた左脚の布は防げずにくらい、後方へ大きく吹き飛ばされる。
「「……っ」」
短い攻防を経て、二人は互いに悔しげな表情をする。
エンアラ先輩は攻撃の嵐とも言えるエリアーナ先輩の猛攻の中、あそこまで懐に入って得意の近接に持ち込んだのに攻撃を一度も当てられなかったから。
エリアーナ先輩は布での攻撃が簡単に防御されてしまい、さらに魔法による攻撃もあまり効果がないようだから。
「……」
するとエリアーナ先輩は舞を止めて普通に構える。舞を中止したせいか三属性の魔法が消えた。
「……?」
俺は不思議に思って首を傾げる。エリアーナ先輩は舞を踊るからこそ遠心力で布の攻撃力も上げてると思ってたからだ。舞を止めたら意味がない。
「……ルクス。あれがエリアーナ先輩個人の戦い方だ。舞踊での魔法にあまり効果がない時はああやって舞踊を止めて、布での打撃だけに専念するんだ。その方が魔力の消費も抑えられるしな。……さっきとは違ってかなり雑だぞ」
俺が不思議に思っているのを見て、チェイグが解説してくれる。……苦笑した意味はすぐに分かった。
エリアーナ先輩が右手を引いて構え、フックの要領で腕を振り抜いたからだ。その際布はフィールドのギリギリまで伸ばし、おそらく材質変化させている。
「っ!」
単純な力技。それを予想していたのかエンアラ先輩はハンマーで相殺しようとするが、逆に弾かれ吹き飛ばされる。
「ぐっ!」
エンアラ先輩が吹き飛び、しかし布はエンアラ先輩の身体を追っていき、壁に激突したと同時にもう一撃叩き込む。それで終わらず、舞踊をやっていただけに次の攻撃への動作が淀みない。クルリと身を翻しながら裏拳の要領で左手を振るい、もう一撃。その後もエリアーナ先輩は左右の連打を回転しながら息継ぎする暇なく叩き込んでいく。たまに脚の布も伸ばして攻撃を加えていき、かなりダメージを与えたと思う。理事長の張った結界が間接的に衝撃を与える布の連打によってヒビ割れていたんだから、相当な重さだったんだろう。
「……っ」
何発叩き込んだかは分からないがエリアーナ先輩がレフェリーに相手の状態を確認させるため攻撃を止める。ドサリ、と色鬼が解けたエンアラ先輩が地面に倒れる。誰もが勝負あったかと思ったその時。
「……白鬼!」
「っ!?」
エンアラ先輩は突如として白鬼を発動させるとハンマーを持たずに素手でレフェリーの判断を待っていたエリアーナ先輩に高速で突っ込んだ。
「はぁ!」
エンアラ先輩は気合いの声と共に渾身の右拳をエリアーナ先輩に叩き込む。エリアーナ先輩は何とか右手首にあるレイヴィスのリストで受けるが、腕一本で防げる程度の攻撃じゃない。エリアーナ先輩の細い身体は途轍もない速さで対角にあった壁まで吹き飛んでいき、理事長の張った結界を破壊して瓦礫と化した壁に埋もれる。
「……後は、任せたから」
だがエンアラ先輩は満足そうな笑みを浮かべてベンチにいるメンバーに親指をグッと立ててから、力なく地面に倒れ込んだ。
「……やってくれたわね」
対するエリアーナ先輩はレイヴィスの面積が少ないので全身にダメージを負っていたが、瓦礫を退けて出てきた。エンアラ先輩の一撃を受けた右腕は少し腫れているようで、折れてるかもしれない。瓦礫を退けたのも左手だった。
「……勝者、三年SSSクラス!」
レフェリーは二人の様子を見て宣言する。初戦から会場を沸かせてくれるな。一試合が終わっただけでこの会場が揺れんばかりの大歓声だ。
「……強いな、先輩は」
俺は誰にともなく呟く。
「……この二クラスに次ぐ実力のクラスの大将を倒したヤツのセリフとは思えないな」
チェイグが苦笑して返してくる。言葉にはしてないが、他のヤツも驚いているようだ。
「……ま、底力ってのを見せてもらったっていう点では、さすがだっただろ?」
俺は少し笑って言った。
「……確かにな」
するとチェイグも笑って応えた。