武器錬装
本日二話目
三回戦最後の試合、二年SSクラス対一年SSSクラスの対戦は、四試合目を迎えていた。
相変わらず人気の高いアイリアはフィールドに出ただけで歓声を浴びる。だが何故か、アイリアが持っていたのは神槍・グングニルだけだった。双槍じゃないのは不思議に思ったが、何か理由があるんだろう。
相手は黒い双剣を携えた女子で、見た目は闇属性を得意とする魔法戦士タイプだな。魔法と近接の両方で一流と見られるアイリアの相手としてはベターなのかもしれない。……それで本当にアイリアに勝てるかどうかは兎も角。
だが出てきた相手を見たアイリアは、険しい表情になった。……満遍なく全属性の魔法が使えるアイリアが苦手とする属性はないハズだし、なら双剣が苦手なんだろうか? こっちが槍一本にしたからやりにくいとか? アイリアに限ってそんなことはないと思うんだが。第一、神槍・グングニルを持っている時点でアイリアの有利は揺るがないだろう。
「始め!」
レフェリーの合図があり、アイリアは両手で神槍を構える。
「……黒装・レンニヴァル!」
開始早々仕掛けたのは相手だった。
黒い双剣が輝き出し、黒い輝きは相手の全身を覆う。そして首から下全体を覆う甲冑を召喚した。
……魔闘と似ているが、異なるな。
「……あれは上位のレア武器に選ばれた者が使える武器の能力を身体に纏うモノで、武器錬装、略して武装と呼ばれてる。あの黒双剣・レンニヴァルの能力は分からないがルクスの身近なところで言うとセフィア先輩の武器も武装出来るな」
俺が不思議そうな顔をしているのを見てかチェイグが説明してくれる。……そんなモノがあるのか。俺ってば魔法については勉強してるけど武器については勉強してないからな。比較的有名なグングニルについても霊峰に安置されていた槍でアイリアが選ばれたってくらいしか知らないし。
ってかセフィア先輩のもそうなんだな。業物だろうとは思っていたんだが。
「……ってことはアイリアのも?」
「……ああ。だが、何事にも相性がある。神槍・グングニルは一応聖属性扱いだから、闇系統に弱いんだ。しかもアイリア様は何故か神槍の方しか武装を使えない。それについては清い心を持っているが黒い部分がないからとも言われてるが。相手が武装と使えるとなるとアイリア様も使わずにはいられないからな。武装使い同士の場合、アイリア様が神槍しか使えない以上――」
「……闇属性に弱い、か」
俺はチェイグの解説を聞いて言葉を引き続く。……アイリアは確実に弱点を突かれたってことか。しかもかなり致命的な、な。
「……そういうことだな」
チェイグは俺の答えに頷く。
「……神装・グングニル!」
アイリアは俺達と同じことを思っていたのか険しい表情をしていたが、相手と同じく武装を使う。……いや、待てよ? 闇と光は対の属性だ。攻撃すると強く防御すると弱いのがその性質であり、アイリアが弱点だってことは相手も弱点だってことじゃないのか?
「「……」」
両者は互いに睨み合う。神々しい純白の甲冑を纏い純白の槍を手にするアイリアと、黒い輝きを放つ漆黒の甲冑を纏い漆黒の双剣を手にする相手。
「……神戟槍!」
「っ……!」
アイリアは対峙する相手にいきなり、手に持ったグングニルを投げた。……そういや、元々グングニルってのは投げ槍だったな。その重量は到底投げられるモノではなく、普通に槍として使ってるらしいが、武装をすることで本来の力を発揮出来た、ということだろう。
グングニルは純白の輝きを放ちながら高速で相手に飛来すると、相手を消し飛ばした。
いや、消し飛ばしてはいない。消し飛ばされたように見えたが高速でアイリアの背後に回った敵の残像だろう。標的に当たるまで追い続ける効果を持つグングニルは不可避の槍とされるが、残像に騙されて壁に物凄い衝撃を齎して突っ込んだ。……理事長の結界にヒビが入る程の破壊力だ。とんでもない。
「……もらった!」
手元に槍がないアイリアの背後を取った相手はそのままアイリアに襲いかかるが、
「……グングニル」
アイリアはそう呟いて投げたグングニルを手元に召喚すると、振り向いて再び槍を振り被る。
「……っ!」
「神戟槍!」
突っ込んできていた相手に、グングニルを至近距離から放った。グングニルは相手を消し飛ばす――ことはなく、残像を消し飛ばすだけに終わった。
「……」
相手はあの一瞬でどう移動したのか、元の位置に戻っている。
「……グングニル」
アイリアは相手が退いている内にグングニルを手元に呼び寄せる。……あの一瞬であそこまで移動出来る程の速さはないか。そんな速さがあるならアイリアがグングニルを呼び寄せる前に攻撃出来る。おそらくは――
「……瞬間移動、ですね?」
俺と同じ答えに至ったのか、アイリアは相手に尋ねた。……おそらく、あの武器に常備された能力の一つで、瞬間移動だ。
「……」
相手は答えない。当たり前だろう、戦闘中相手に自分の情報を与えるヤツがどこにいる。……だがおそらくこの推測は合っている。さらに言えば、瞬間移動後に残る残像も能力の一つだろう。高速移動なら兎も角、瞬間移動で残像が残る訳がない。
「……瞬間移動と残像。これが先輩の剣の能力。違いますか?」
アイリアも同じことを考えていたようで、そう尋ねる。相手は答えなかったが、無言の肯定と受け取って良いだろう。
「……まあ、正解と言っておきましょうか。隠してもバレてたら仕方ないしね」
だが相手は何を思ったのかきちんと肯定した。おそらくまだ能力があるからの余裕だろう。
「……で、グングニルの能力は不可避の槍投げと呼べば手元に召喚出来るってとこかしら?」
意趣返しのつもりだろうか、そんなことを聞いてきた。
「……はい、そうです。もっともそれは、投げ槍として使ったらの話ですが」
アイリアは相手が一瞬呆ける程あっさりと肯定し、グングニルを両手で持って構える。
「……そう言えば魔導、使えるんだっけ?」
そんなアイリアを見て微笑んだ相手は油断なく双剣を構えながら聞いてくる。
「……はい」
「……そう。私も使えるから、互いに魔法はなしってことで。どうせ無駄だしね!」
頷くアイリアに言いながら、不意打ちのつもりだろうか、闇属性の斬撃を放ってきた。アイリアは冷静でグングニルに闇の魔導を纏わせると斬撃を吸収させ、突きをした。グングニルの先から純白の波動が放たれる。だが相手も右手の剣に光の魔導を纏わせていて、純白の波動を吸収した。
「……これでお互い様よね」
「……そうですね」
これで互いに魔導が使えることが分かって武器で直接攻撃しなきゃいけないことが分かったか。
「「……っ!」」
ほぼ二人同時に、突っ込んでいく。力より速度が高そうな相手がより速く突っ込むかと思ったが、アイリアの方が速かった。それは槍の柄から純白の波動をジェット噴射のように噴き出して速度を上げていたからだ。
「っ!?」
逆に不意を突かれた相手は驚いて直線的に突っ込んでくるアイリアを、残像を残して瞬間移動で少し離れた位置に現れる。急停止が苦手なアイリアは少し勢いを殺し損ねながら止まり、改めて相手に向かって突っ込んでいく。……槍使いは直線的な攻撃が得意だからな。こうちょこまか回避する相手は苦手だろう。
相手は再び残像を残してアイリアの後方に瞬間移動し、後ろからアイリアを追う形で駆け出す。……? 今もさっきも、何でアイリアのすぐ後ろに現れない? 頭の上とかでも突き進むアイリアに決定的一撃を叩き込むには有効だと思うんだが。
「……ストリーム・ブースト」
相手は流れるような加速を行う魔法を使って直進していたアイリアの背中を捉えると、
「……黒双斬!」
双剣に黒い煌めきを纏わせて上から交差するように振り下ろし、アイリアの背後から一撃を与えた。純白の鎧はあっさりと切り裂かれ、アイリアは大きいダメージを受けたのかよろめいて突進を止める。相手はすでにヒットアンドアウェイなのか離脱している。
「……神戟槍・雨!」
だがアイリアは一回攻撃を受けた程度では諦めない。すぐにグングニルを上空へと放ち、無数に増殖させ槍の雨と化して相手に降り注ぐ。
「っ!」
相手は残像を残してアイリアの後方から少し離れた位置に瞬間移動する。
「……グングニル」
アイリアはすぐにグングニルを呼び寄せて離れた位置にいる相手に向けて突きを放ち、純白の波動を放つ。だが相手は瞬間移動でかわしてしまう。埒が明かないと見たアイリアは、純白の波動を放ちながら薙ぎ払いを行う。相手はさらに瞬間移動で薙ぎ払いの範囲外に逃げようとするが、アイリアはそのまま薙ぎ払いを維持して一回転する。
「っ……!」
相手は驚きつつも瞬間移動を使って空中に逃げる。それをアイリアは魔力感知で位置を特定したのか続け様に突きを放つ。だがそれも瞬間移動でかわされる。
それでもアイリアは相手が現れる度に波動を放って狙う。しかし相手は瞬間移動で回避し続ける。……これは分からなくなってきたな。アイリアが押されているようにも見えるが、相手も瞬間移動で魔力を消費し続けている。先に魔力が切れた方の負けだろう。
だが一つ気がかりなことがある。相手が何故アイリアのすぐ後ろとかに移動しないかだ。見ているとしないんじゃなく、出来ないんじゃないかと思う。だとしたら瞬間移動と残像残しは基本能力じゃなく、緊急回避だということにならないか? 緊急回避を基本能力のように使うヤツなんて初めて見たが、おそらく瞬間移動本来の使い方は相手の攻撃を自力で回避出来ない時に残像を残して倒されたと見せて、実は一定以上の距離を置いて無事だというようなモノなんだろう。緊急回避だから魔力消費も多いハズだ。
しかし、俺の推測が合っているとしたら基本能力がまだあるハズだ。
「……無斬」
相手が動いた。防戦一方に見えた相手だが双剣を合間に何度も振る。……だが斬撃が飛んだ様子はない。アイリアはそれでも警戒してか純白の波動を薙ぎ払いと共に放つ。だが何も起こらずそのまま突き進み、瞬間移動した相手が残した残像を消し飛ばす。
何も起こらなかったが、アイリアが五回斬られた。……何だ? 見えない斬撃――じゃないな。見えないだけならアイリアが放った純白の波動で弾かれてるハズだ。実体のない斬撃と言った方が正しいのかもしれない。
「……っ」
アイリアは予想外の攻撃に純白の甲冑を切り刻まれ、膝を着く。……回避しなきゃいけない攻撃か。厄介だな。しかも属性的には闇系統らしい。
「……これで終わりよ。多重無連斬!」
すると膝を着くアイリアを周囲を円状に囲む何人もの相手が言って、双剣を連続で何度も振るう。……残像? いや、分身か!
俺は気をどいつからも感知して実体のある分身だと分かる。アイリアも魔力を感知してそれを察したのか苦い顔をしていた。しかもあの実体を持たない斬撃を放っている。
「……ダークシールド! 神戟槍・輪!」
だがアイリアは避けるにも跳躍しては逃げ場がないと分かっているためか、魔法を発動し闇の盾を周囲に張る。そしてグングニルを回転させるように投げた。グングニルは純白の煌めきを纏いながら回転してアイリアの周囲にいる相手全員を順番に真っ二つにしていく。だが最後の一人だけが残像だった。……分身だからダメージの有無は分からないが、一番肝心な本人には避けられたか。
「「……ッ」」
アイリアは戻ってきたグングニルをキャッチするが、闇の盾は脆くも破壊され、アイリアの纏っていた純白の甲冑はボロボロだ。
だが相手も無傷ではない。分身が受けたダメージも本体に受けるのか甲冑は真っ二つに割れ、腰辺りはすでになくなっていた。何度も攻撃を受けたせいかレイヴィスにもダメージがあるようだ。
……アイリアの方が圧倒的にダメージが大きいな。
「……神戟槍・操!」
それでもアイリアは勝負を諦めない。グングニルをフラフラの身体で投擲する。もちろんそれも残像を残した瞬間移動で回避するが、槍は瞬間移動した相手の方に向きを変え、再び突っ込んでいく。アイリアを見ると右手をグングニルに向けている。いや、正しくは右手が差す方にグングニルが飛んでいるのか。
「……っ!?」
そこで突然、何度目かの瞬間移動を経て相手の武装が解ける。魔力が切れたんだろう。だがグングニルはまだ飛来していく。
ついにアイリアのグングニルが相手を捉え、相手が双剣を交差して何とか防御しようとする。だが相手はグングニルの勢いに押されて壁まで吹き飛ぶ。……このまま押し切ればアイリアの勝ち――。
「……っ」
だが、グングニルは純白の煌めきを失って相手の双剣を抉じ開けようとしていた勢いも失い、地面に落ちる。それと同時にアイリアが纏っていたボロボロの甲冑も消失する――魔力が切れたようだ。
そしてアイリアはダメージが大きいからか魔力が切れたからか、はたまた両方か。力尽きて地面に仰向けに倒れていく。……惜しかっただけに、悔しいだろうな。
「……勝者、二年SSクラス!」
レフェリーはアイリアが倒れて動かないのを確認してから勝者を告げる。迫力ある接戦を演じた二人に惜しみない拍手と大歓声が送られる。
……これで二勝二敗。いよいよ俺の出番か。