秘策と策略
「……」
三戦目はサリスだ。相手はすでにフィールドに立っていて、ニヤニヤしたままサリスを見ている。……チッ。嫌な笑みを浮かべてやがる。サリスの弱点はサリスも分かってるだろうが、一撃必殺がないこと。相手の防御を崩し自分の攻撃を当てるのは得意だが、一撃で相手を捻じ伏せる必殺の攻撃がないことだ。だが強いので容易に勝てる訳はないんだが……。
「……サリス、分かってるな?」
俺は怒りを冷静そうに見せて隠しているサリスに尋ねた。
「……分かっている」
サリスは少し躊躇ってから頷き、フィールドに向かって歩いていく。
「……ルクス?」
チェイグが怪訝そうな顔で俺に尋ねてくる。……何だよ。俺のサリスと二人だけの秘密作ってんのが気に入らないってか?
「……サリスは勝つぜ。例え誰に情報を流されていても、な」
俺はニヤリと笑って言う。そう、サリスは昨日のサリスとは違うのだ。
「始め!」
レフェリーの開始の合図があり、両者共に武器を構える。サリスはいつも通りのレイピア。相手は両手に短剣を逆手持ちで構えている。
「「……フィジカルブースト!」」
そして両者同時に同じ身体強化魔法を使う。
「「っ!」」
さらに同時に駆け出し、中央で互いの武器をぶつけ合った。
「……スピードラッシュ!」
相手が開始早々、両手の短剣を一本の細剣で防がれた相手が技を使って高速で両手の剣をほぼ同時に四度振るう。
「……ラッシュ!」
サリスは自力だが相手と同じくらい高速のラッシュをほぼ同時に五度放つ。
「ぐっ!」
サリスが上回った一回が相手の胸部に突き刺さる。だがレイヴィスは貫けないので本当に刺さっている訳ではない。
レイヴィスは耐刃の効果もあるので普通に斬られても打撃に感じるのだ。
「……っ!」
思わず後退した相手に、サリスはさらなる追撃を行う。……さすがは技巧波と呼ばれるだけあって、正確無比の攻撃だ。
その後もサリスは相手の二本の短剣を弾き避けて相手にレイピアを放つ。相手が苛立って技を使えばその隙を狙って技を発動し追加ダメージを与える。
「……大したことねえな!」
相手は劣勢を強いられているのに笑って、レイヴィスに細剣を突き立てようとした一撃を、横に避ける。
「っ!?」
避けた方が二の腕に突き刺さってしまうというのに避けたので、サリスが驚く。細剣はレイヴィスに覆われていない相手の二の腕を貫いた。
「……ぐっ。だがもうこれで俺の勝ちだ!」
相手は傷口から血を流しながら笑い、サリスをレイヴィス越しに斬りつける。
「……っ!」
サリスは痛みに耐えながら細剣を抜こうとするが、相手は刺さった左腕に力を込めて抜かせない。
「……何で抜けないんだ?」
チェイグがサリスが一方的に攻撃され始めて冷静さを失ったのか、半ば呆然として言った。
「……蚊っているよな? あいつらに血を吸われて抜く時に力を込めると抜けなくなるだろ? あれと一緒だ。細剣は刺さってても痛いが我慢出来ない程じゃないって判断したんだろうな」
「……くっ」
チェイグは悔しいそうに唇を噛み締める。
「おらおらおらぁ! どうしたよ、さっきまでの威勢は!」
相手は調子に乗ってサリスを縦横無尽に斬りつけダメージを重ねていく。……相手の筋力が緩めば反撃するチャンスもあるだろうが。
「……アーム・ブースト!」
サリスはレイヴィスに覆われていない部分も斬られ傷だらけになりながらも、腕力強化の魔法を使って無理矢理細剣を抜こうとする。
「甘い!」
だが相手は細剣の刃を手で掴み、逃さない。……そろそろ力が抜けてくる頃だってのに、なかなか粘りやがる。
「ヒール!」
相手は腕にヒールをかけて傷を僅かに治す。
「はははっ! 所詮は留年したヤツが二人も入ったメンバーだな! 誰だっけ? 二年も留年した癖に今年になって入学してきやがったヤツ。才能ないなら諦めろよ! てめえもな!」
相手はサリスだけでなくチェイグまでもバカにしてトドメと見たのか、右腕の力を緩めてサリスを袈裟斬りし後方に弾いて腕にヒールをかけて治す。
「……」
フラフラと後ろによろけるサリスが俺をチラリと見たので、俺は親指を突き立てて応じる。サリスは微かに笑って相手に向き直った。
「……おい、ルクス。今のサインは何だ?」
「……チェイグ君嫉妬か? まあ、今に見てろって」
チェイグが怪訝そうというか責めるような視線を向けてくるのに対し冗談めかして笑って言う。
「……私のことをどう言おうが構わない。だがチェイグをバカにするのは、許せないな。――剣闘活鬼!」
サリスは相手を睨みつけると、白、青、淡い黄緑、赤の入り混じったオーラを纏う。
「なっ!?」
「……へっへっへ。驚いたか、チェイグ? そう、昨日俺がレイスに気の融合を教えていたとこにサリスが来たもんだから、四つ融合を教えてやったのだ!」
俺は驚くチェイグに向かって自慢げに笑って言う。相手も驚きを隠せないようだった。
「……き、昨日だと?」
「ああ、昨日だ。元々サリスは魔法より剣で戦うタイプ。そういうヤツの気は強い。それに気ってのは、俺の持論になるが使用者の気持ちとか感情ってもんが大きく影響する」
俺の黒気だってそうだ。
「だから俺は昨日気の四つ融合を教え、しかし条件をつけた。サリスの感情を高めるために、『チェイグが相手にバカにされたらな』ってな!」
「何て条件つけてんだ!」
「……何言ってんだ。俺の予想通り、上級生はお前らのことを見下してる。サリスと戦ってる間にチェイグをバカにすることは分かってたからな。情報が漏れないように前日に気の融合を習得させ、ぶっつけ本番で試すことにしといたんだよ」
「……な、なるほど?」
納得がいかないらしかったが、チェイグは落ち着いたようだった。
「……ラッシュ・コネクト、閃光連牙!」
気の四つ融合を使いかなり上昇したサリスは、高速の四連続攻撃を放つ。しかも寸分違わず全く同じ場所に、だ。そのせいでレイヴィスが貫け相手の右肩を刺し貫いた。
「……ストーム・レイピア、烈火・閃光連牙!」
さらに素早くレイピアを引き抜き、刃の横に五つの風のレイピアを出現させ、空気との摩擦で刃に火が点く程に高速でレイピアを同じ腹部の同じ箇所に五回連続突き刺す。レイヴィスが耐え切れずに貫ける。風のレイピアは貫けなかったが、ダメージは与えている。出現させた風のレイピアはサリスのレイピアと連動するため、計三十回の攻撃となった。
「がはっ!」
「……フレイム・レイピア、ストームブリンガー!」
さらに五つの炎で出来たレイピアの刃を出現させ、レイピアに竜巻を纏わせて相手のみぞおちに叩き込んだ。竜巻のおかげで今度はレイヴィスを貫く前に相手を吹っ飛ばした。
「……これなら勝てる……!」
チェイグの顔から心配そうな色が薄れていた。
「……いや、楽観視出来ないな。俺はサリスの慣れと実力を見て、気の四つ融合を使って戦えるのは精々五分。活気を入れて傷を治して戦ったものの、元々万全の状態じゃないからな。持って二分ってとこだ」
サリスは魔力が高い方じゃない。だから覚えている魔法は自分の攻撃に活かせる技のためと付与などの補助だけだ。気も今までは二つで精いっぱいだった。それを四つまで引き上げたんだ。慣れてない疲労の速さはキツいだろう。
「……じゃあもうそろそろ……!」
チェイグが驚き言う。……ああ、チェイグの言う通り、そろそろサリスの気が切れる。だからあんなに魔法と技を使って攻めあぐねてるんだ。
「……っ」
相手に猛攻を仕掛けていたサリスがトドメを刺し切れずに二分四十秒。サリスは気の四つ融合を消し――いや気が尽きて消え、展開していた魔法も消える。……魔力も尽きたか。
そのままサリスは力なく仰向けになるように倒れていく――そこに相手が拳を振り上げた。
「「「っ!?」」」
おいおいおい! 明らかに気絶してんだろうが!
「……けっ。所詮てめえは俺には勝てねえってことだよ!」
短剣はサリスの猛攻を防ぐのに使って砕けているため捨て、相手は気絶し殴られ無理矢理立たされた状態のサリスを倒さないように殴り続ける。
「……おい。気絶してるだろ! レフェリー止めろ!」
チェイグが力なく打たれるだけのサリスを見てレフェリーに怒鳴った。だがレフェリーは止めるかどうか迷っているようだった。……確かに活気の使い手は少ないからあんたは知らないだろうがな、サリスの傷は殴られる前はなくてももう気絶してんだよ。
「……チッ!」
このままじゃあ命に関わると思い、俺は席を勢いよく立った。
「……私がいくわ」
だがそんな俺を制止し、先にフィールドへ駆けていき、相手の腕を掴んで止めた人物がいた。
アイリアだ。
「……いいのかよ、試合中に手を出したら反則負けだぜ?」
分かっててやっていたらしい。相手はアイリアが割り込んできたのを見てニヤリと笑った。
「……いいわよそれでも」
アイリアは冷たく言ってサリスをお姫様抱っこし、ベンチに運んでくる。
「さ、三戦目、勝者三年Fクラス! 四戦目、一年SSSクラスの反則とし、勝者三年Fクラス!」
レフェリーは戸惑いつつもそう宣言する。すると、アリーナから大ブーイングが巻き起こった。明らかにサリスが気絶していることに、気付いていたヤツもいるからだろう。
「……良かったのか、アイリア?」
俺は戻ってきて医療メンバー二人にサリスを預けたアイリアに聞く。
「……ルクスだって飛び出そうとしてたでしょ? それに、勝てるわよ」
アイリアも怒っていたようだ。
「……サリス」
チェイグが心配そうな顔で治癒を受けるサリスを見ていた。……そんな顔すんなって、チェイグ。
「……チェイグ、何落ち込んでんだよ」
「……ルクス?」
「……これから俺がやること、見てろよ。スッキリするぜ? ま、後味悪くなるかはお前次第だけどな」
俺はチェイグにニヤリとして言い、左手に木の棒を持って肩に担ぎ、フィールドへ向かう。
「……あのさ、俺から一つ提案があるんだけど」
俺はニヤリとした笑みを浮かべたまま、言った。