相手の策
「……なあ、ルクス。何でリリアナは攻撃魔法でもない熱気と冷気に動きを封じられたんだ?」
イルファが敵の二挺の銃を持った男子を魔法でボッコボコにしていくのを見ながら、チェイグが聞いてきた。
「……本人に聞けばいいだろ。まあ説明するけどさ」
俺は少しチェイグに呆れつつも説明を始める。視線はイルファの試合に向いていて、片時も見逃さない。
「……何もリリアナだけに限った話じゃない。獣人や何かにも共通する弱点だが、元になっている生き物によって寒さと暑さに対する耐性ってもんがある。リリアナの場合元が毒蜘蛛だからな。暑さや寒さの下に晒されると身体の節々が軋んで動きにくくなる。あれが真の姿だかは知らないが、あれで動きにくかったんだろ?」
俺はチェイグに説明しつつ、リリアナに聞いた。
「ええ。本来の三分の一も出てないと思ってくれていいわ」
リリアナは俺の隣に座ってからすぐに後ろの列に向かった。あんまり人目につくのは避けたいのかもしれない。
「……三分の一であれか。かなり強いな」
チェイグが賞賛の言葉を送る。……レイヴィスを引き裂いてたしな。爪が鋭いってのもあるが、やっぱり元々人間のために作られたモノだからなのか。
「……終わったことより今はイルファの試合、だろ? 今は優勢だが、リリアナと同じく弱点を突いてくる可能性が高い。今も優勢に見えるだけでダメージはそこまででもないだろ?」
俺はチェイグに目の前の試合に集中しろ、と暗に言っておく。
「……確かに装気と防御魔法、さらにはダメージを足元に逃がす魔法も使って何とか防いでるようだが、イルファが無詠唱でばんばん魔法を使ってるから問題ないんじゃないか? あれなら何か策を使うのも無理だろ」
だがチェイグはまだ楽観的だ。
「……いや、見てみろ。あいつの目は何かを狙ってる目だ」
俺が言うと、相手は何やら魔法を使い銃口に魔方陣を展開して、弾丸を放ってきた。……銃の軌道は直線的だがその速度は避けにくい。威力も高いだろう。
「……あの程度ならイルファの魔法で相殺出来てるだろ」
チェイグは言う。
……確かに、魔法の衝撃で薄い桃色の髪を靡かせ、黄緑色の瞳をいつにも増して真剣なモノにして、いつもとは違いとんがり帽子もマントもしていないが、肩には黒い尾の長いリスのようなリオがいる。魔法の衝突があっても全くの無傷。イルファの優勢に見えるのだが……。
「……リミテッド・バースト!」
ついに相手が動き出す。……リミテッド・バーストという魔法は、制限時間を設けその間十倍から数十倍の身体能力を得られるというモノだが、その強力な効果の分、人によっては十倍でも三秒しか持たないヤツもいる。制限時間ギリギリまで使うと魔力を使い果たし全身筋肉痛または何ヶ所かの骨折が起こるという、諸刃の剣な魔法だ。
……それを使ったってことは、何か仕掛ける気だな。
「……っ」
相手はイルファの魔法を防御しながら強化された身体能力で思いっきり突っ込んでいった。
「……情報では軽やかに二挺の銃で戦うんだが、戦い方を変えてきたのか?」
チェイグが手元のメモ張に視線を落として言った。……だろうな。おそらく自分の戦い方を捨ててイルファを倒すために戦っている。
「……マズいぞ」
チェイグが試合の戦況を見て言う。……イルファの魔法にダメージを受けつつも構わず相手は突っ込んできて、その十倍以上に強化された身体能力で駆けてだんだんとイルファの魔法が当たらなくなっていく。
「……?」
そこで俺は妙なことに気付いた。相手の銃口がどこに向いているのか。少しイルファからズレているように見える。
「っ……!」
「リオ!」
そして相手の放った弾丸が一つ、イルファの右肩に乗っているリオに直撃した。……最初っからリオを狙ってやがったのか。だがリオはプルプルと首を振ってから、首を傾げた。
「……ハァ……ハァ……ハァ……!」
相手は元の位置に戻るとリミテッド・バーストを解除して息切れし汗をたくさん掻いて動きを止める。魔力も残り少ないようで、攻撃されている間だけ防御するためか防御魔法と装気も解除した。
「……リオ、大丈夫?」
イルファは何ともないように見えるリオを心配そうに見つめる。
「……それは、弾丸が当たった、相手の魔力を、爆弾にする、魔法だ」
相手は息切れしながらもニヤリと笑って言った。……おい、それって相手に使っちゃいけない魔法なんじゃねえの?
「……反則よ。そんな相手の命に危険な魔法が認められる訳……っ!」
アイリアが素早くレフェリーに対して言うが、レフェリーは首を振った。
「……反則じゃない。だって俺は、相手選手に当てた訳じゃないからな」
「「「っ!」」」
「……そういうことかよ」
イルファが死ぬような魔法を使うのはなしだが、リオが死ぬような魔法なら使えるってことだ。レフェリーも判断に困ることだろう。ルール違反じゃないから止める訳にもいかないしな。
「……その結果、そのペットが死のうがあんたが傷付こうが俺は反則じゃない」
相手はそう言ってニヤリと笑う。……チッ。そういうことかよ。最初っからこれを狙って、いやこれからイルファが起こすだろう行動による結果が狙いか。
「……。お願いね、リオ。ボクを負けにしないで」
イルファはその言葉からヒントを得たのか、リオにお願いをした。
そしてリオは光の粒子となって散り、イルファの耳と尻尾となって融合する。
「……あはっ。でも今回は笑ってる場合じゃあないのよね」
「……どうなってるかは知らないが、解除出来ないし残り時間は十秒だぞ? あんたの負けはもう決まってる」
イルファは人が変わったように笑うと、相手もニヤリとして言う。
「……殺しちゃダメっていうのはちょっと気に入らないけど、私を殺そうとしたんだから結構痛めつけなきゃ気が収まらないのよね」
イルファはそう言って右手を前に伸ばす。
「……マジックシールド!」
相手は魔法防御の魔法を使う。
「……あははっ! そんなんじゃ、ダメよ~ダメダメっ!」
イルファは楽しそうに笑って言い、
「爆発しちゃう? 炸裂しちゃう? 爆裂しちゃう? 感電しちゃう? 幻惑しちゃう? 拷問しちゃう? 殴打しちゃう? 冷凍しちゃう? 緊縛しちゃう? 砲撃しちゃう? ――いいね、それでいこう!」
いつか、モンスターの襲撃があった時のように相手に直接十個の魔方陣を刻み、パチンと指を鳴らす。
「一、零!」
その指パッチンと、相手がイルファの足掻きを見てせせら笑い始めたカウントダウンの零が、同じタイミングだった。
「……あとは任せたからね」
そのギリギリ、僅かの合間にイルファは俺達の方を向いて儚く微笑んだ。
「……イルファ!」
俺が言うのとほぼ同時、イルファの身体が大爆発した。それとほぼ同時に、相手が爆発し浅く切り刻まれ前後からの爆撃を受け雷に打たれ幻覚を見たかのように泣き喚き、全身に鞭のような蚯蚓腫れの跡が浮かび見えない何かにぶん殴られ凍りつき何か見えないモノに縛られ四方八方からの見えない砲撃を受けた。
それらが収まると、両者がフィールドに倒れていて、ピクリと動かない。
「二戦目、両者気絶により引き分け!」
レフェリーが瞬時に判断を下し、両クラスの医療メンバーが慌ただしく選手に駆け寄り、抱えてベンチに運ぶ。迅速に回復が行われた。
「……」
負けなかったのだが、やられた。怒りを覚えているだろうな、皆。かくいう俺もそうだ。
相手の魔力を爆発させるあの魔法は、魔法を主体とするヤツにとっては脅威だ。ほぼ死ぬと言ってもいい。だが相手はそれをリオに使った。
イルファと融合することでリオは魔法を使え、魔力を消費することが出来る。だからイルファはリオと融合するしかなく、先に倒そうとしても一撃で決めたところで解除は出来ない。だからリオは必要以上に魔法を使い、イルファが死ぬのを防ぐ。だが十秒ではイルファとリオが融合しさらに上昇した魔力を使い切ることなど出来ず(使えたとしても相手が死ぬ)、死なないギリギリで、しかし重体になってしまうくらいの爆発が起きた。
……イルファがリオを見捨てられないこと、イルファの魔力が上昇することを見越してやりやがったな? 許さねえ……!