ルクスの噂
「そういやさ、俺クラス対抗戦に向けて新技編み出したんだが」
本当は本番まで内緒にしておくつもりだったが、敵が何をしてくるかは分からないからな。念には念を入れる。
「新技? 気に技なんて、龍気しかないだろう?」
レイヴィスに着替えながら隣のチェイグが怪訝そうな顔をした。
「……ふっ。今までにない技だから新技っていうんだよ」
俺はチェイグに得意気な笑みを浮かべて言った。
「……それは分かってるけどさ。気で技とかあんまり聞いたことないぞ?」
まあルクスだから不思議でもないか、とチェイグは一人で納得していた。……どういう意味だそれは。まあ俺が気で最強だってのはこのクラスでは周知のことだからな。
「新技だからな。それでさ、その技を対人で使えるか試したいからチェイグ受けてくれねえ?」
これは俺の作戦だ。どんな作戦かは後々分かるかもしれないが、分からないかもしれない。
「……俺がか?」
チェイグは怪訝そうな顔で言った。
チェイグの体術がダメなことは、クラスの誰もが、もっと言えば二年や三年にも知られている。
「大丈夫だって。この技には対処法があってな? 俺がやれば行動したら勝ち、みたいな速度と威力を持ってるけどさ。今回は龍気だけにするし、元の身体能力と同じになる。チェイグでも集中してれば大丈夫だろ」
「……それなら、いいけどさ」
チェイグは渋々といった感じで頷く。
「で、対処法だが、龍気を龍の形にして使うから、どうしても喉元に攻撃されると消えるんだよ。自在に動かせるって訳じゃないしな」
「……なるほどな。龍の喉元を……って、龍気が龍の形になるのか?」
「ああ。だって剣気も刃の形になるだろ? なら龍気も龍の形になるってもんだ」
俺は驚いたようなチェイグにニヤッと笑って言った。
「……どっちにしろ、お前にしか出来ないけどな」
チェイグはそんな俺に苦笑して言い、二人共準備が終わったところで雑談しながら教室を後にした。
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「おっし。んじゃ、軽く流したら早速試させてくれ」
「……軽く流すってのは俺基準か? ルクス基準か?」
体術が下手だと自他共に認めるチェイグが、眉を寄せながら聞いてきた。
「もちろんチェイグ基準だ。俺が合わせてやるから」
「……おう」
俺は即答し、チェイグは微妙な顔をして頷く。……そりゃあ、いくらチェイグといえど合わせてやる発言は格下相手だということを揶揄する言葉だからな、微妙な顔にもなるさ。だがチェイグの口から文句は出てこない。実力の差を理解しているからこその反応だ。
……そこがチェイグの長所であって短所なんだよな。
「……なあ、ルクス」
チェイグの攻撃のペースに合わせてゆっくり準備運動をしていると、チェイグが話しかけてきた。
「ん?」
「……今学校中で二年三大美女を侍らせている一年の魔力持ってない男子がいるっていう噂が出回ってるんだが、ルクスのことか?」
「っ!?」
俺は根も葉もない噂が出回っていると聞いて、思わず防御のリズムを崩してしまう。……骨に当たった。ちょっと痛い。
「……一年で、ってか魔力持ってないっていう時点で俺しかいねえじゃん」
俺はジト目でわざとそんな言い方をしたチェイグを睨む。
「……仕方ないだろう。そういう噂なんだから。ルクスの素性と名前については、男女問わずの妬み嫉みや恨みのせいで有耶無耶になってるんだが、先輩から一番目をつけられてるのは確実にルクス、お前だな」
「……事実無根なんだけどな。確かにあの後アンナ先輩とも会ったが、そんなんで噂になったら三人のクラスメイトの男子、夜襲でとっくにやられてるだろ」
「……早朝のセフィア先輩との密会。教室にわざわざスフェイシア先輩が来るという事態。アンナ先輩と図書館での密会。噂になってもおかしくはないと思うんだがな」
チェイグが俺がさっき向けたジト目よりもさらに数倍上のジト目で俺を見てきた。……嘘だろ? 何でセフィア先輩とアンナ先輩の件がバレてるんだ? 早朝は俺、散歩してるだけって言い張ってるとこなのに。
「……実はな、まずセフィア先輩がスフェイシア先輩に何でお前のクラスに、特に用もなく行ったのか聞いたんだ」
チェイグは俺が驚いていたからか、説明し始める。……発端はセフィア先輩からだったのか。
「……そこからスフェイシア先輩がセフィア先輩に言い寄ってフラれているルクスに目をつけて言い寄ってるんじゃないかってクラス内で噂になり」
……話が飛躍しすぎじゃないだろうか。
「……そこでスフェイシア先輩が顔を赤くして否定し、さらにアンナ先輩が図書館にルクスを呼び出して二人きりで密会していたことをバラした」
……おい。何? あれは俺とセフィア先輩を仲直りさせるための二人で立てた作戦じゃかったのか? 結果的には仲直り出来たし。
「……アンナ先輩は否定せず、だが別に何もやましいことはしていなかったと言い張り、早朝毎日のようにセフィア先輩とルクスが密会していることをバラした」
……ちょっと待て。何でだんだんと暴露会みたいになってきてるの? 全員と俺が傷付いて終わるぞ?
「……結局恋人としてあれこれやっているのかと囁かれたセフィア先輩は顔を真っ赤にして最近疎遠になっていたことを明かし、今度はスフェイシア先輩がルクスと早朝に密会してから上機嫌になっていたことを指摘した」
……ちょっと待てって。だんだんと引くに引けなくなって酷い状況になってきてないか? 事情を知らないヤツが聞いたら俺がどんな女たらしなんだって思うだろ。
「……確かにセフィア先輩の言う日とスフェイシア先輩がやけに上機嫌だった日が一緒なこともあり、スフェイシア先輩はルクスに気があるのではないかという話になり始めた」
……いや、あんな美女が俺を気にかけることはないと思うが。もっと隣に並ぶと絵になるヤツを選ぶべきだと思う。
「……スフェイシア先輩は顔を真っ赤にして気があるとか上機嫌だとかを全力で否定し、アンナ先輩がルクスと図書館で密会した際にキスしたことを暴露した」
……おいおい。シア先輩がそのことを知ってるのは二人の内どちらかが喋ったからだろうが、そのことをどさくさに紛れて暴露すんな。
「……アンナ先輩は仄かに頬を赤く染め、否定せずにセフィア先輩こそ――と、こんな感じで延々と回り続けた結果、三人共お前が侍らせている、ってことになった」
「…………アンナ先輩のは否定して欲しかったな。それと、シア先輩はシア先輩で、そんなに全力で否定しなくてもいいと思うんだが。さすがの俺でも傷つくことだってあるんだぜ?」
俺はチェイグの何故かかなり精細な報告に、肩を竦めて応えた。
「……お前、ホントにアホだな」
すると何故か、チェイグに憐れむような目で見られた。……どういうことだよ。
「……そろそろ殴っていいか?」
なんとなくイラッときたので俺はチェイグに据えた目を向ける。
「……それ、今から殴られるヤツに聞くセリフじゃないよな」
チェイグは呆れたような目をしつつも、じゃあ始めようか、と言って距離を取る。
チェイグの身体には薄っすらと汗が滲んでいるが、俺には一切ない。
「……じゃあ、俺からいくからちょっと待ってろ」
「……ああ」
俺が言うと、チェイグはある程度距離を取ったところで素人にしては無難な構えを取る。
俺は左拳を腰辺りまで引き、膝を曲げて腰を落とす。右手は添えるように左拳を覆うようにして持ってくる。
……さあて、出来るだけ注目を浴びるように、ちょっと演出してやるか。
俺はニヤリと笑ってそう言い、銀のオーラを全身から迸らせた。