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禁気の刃使い  作者: 星長晶人
第三章
62/163

知的な司書

「「「……」」」


 シア先輩の登場で教室がざわつき、俺に用事があることでさらにざわつき、俺に非難の視線が向けられた。


 ……何の用かは知らないが、止めて欲しい。せめて密会のようになってでも人前で話しかけてくるのはマズいのだ。それが今朝のからかいで分かっていないとなると、重症だ。


「……何だよ、朝っぱらから」


 もうすぐ授業が始まるのだ。さっきの一件もあって、俺はシア先輩に冷たいような感じで答える。


「……特に用事って訳でもないわ」


「……じゃあ何で来たんだ」


 特に用事がないならわざわざ一年の教室に来ることはないだろう。


「……用事がないと、会いに来ちゃダメなの?」


 シア先輩はやや前屈みになり上目遣いに俺を見上げてくる。


 ……この問題発言は兎も角、あまりの可愛さに吐血した男子三名、鼻血を出した男子二名、女子三名、可愛さに悶えたのが男女合わせて三十名以上、手をワキワキと動かすのがレイス一名、飲み物を含んでいたら吹き出していたような仕草をするチェイグ一名、その他は見蕩れるに留まった。


 総被害、五十名全員。


 ……あまりの可愛さに、誰もがやられていた。


 ……自分の可愛さを、理解しての行動かもしれない。ならそれ程腹黒いことはないが。


「……ルクス、誰あの女」


 いや、一人だけいた。平然とした無表情で俺の顔を手で挟み、ジッと目を見つめてくるヤツが。


「……フィナ」


 俺はその人物の名前を呟く。……凄いな、逆に。男女問わず魅了したシア先輩の上目遣いを素で受け流した。流石はフィナだ。


「……むっ。別に用事がない訳じゃないわよ? ちょっと会いに来たっていうのもあるけど」


「……じゃあ何か用事でも?」


 俺は可愛らしく頬を膨らませるシア先輩をスルーして、聞いた。


「……」


 フィナは俺に倒れ込むように抱き着いてくる。


「……ええ、まあ。ルクス、あなたクラス対抗戦には?」


「……出るぞ」


 俺は不満そうなシア先輩に首を傾げつつも、抱き着いてきたフィナの頭を撫でて答える。


「……そう。それは良かったわ。じゃあ放課後、図書館に来てね」


 シア先輩は怒ったような表情で素っ気なく言い、さっさと教室から去ってしまう。


「……? 何か怒ってるっぽいな」


 よく機嫌が変わる人らしい。


「……いやお前、何でか分からないのが不思議なくらい分かりやすいぞ」


 シュウが先程までの怒りはどこへやら、呆れた表情で言った。


「……?」


 訳も分からず首を傾げる俺を他所に、他のクラスメイト達もうんうん、と頷いていた。


 ▼△▼△▼△


「……なあ、図書館ってどこにあるんだ?」


 放課後、フィナをアイリアに任せて、俺はチェイグに聞いた。


「……図書館の存在を知らないのか?」


「……ああ。シア先輩に聞くまでは、存在すら知らなかった」


「……マジか。ライディール魔導騎士学校の図書館といえば、かなり有名なんだぞ。彼の大戦では英雄の一人とされるのが、代々ここの図書館の司書を務める、先代グリモア継承者なんだよ」


 チェイグは俺が図書館の存在を知らなかったことに驚いていたが、慣れたものですぐに説明してくれる。


「……グリモアっつったら、力を喰らって力を溜める自我を持つ魔導書じゃねえか」


 気も魔力も関係ねえ、全てを喰らい尽くす魔の書物だ。確か、またの名を鏡の書、モンスター図鑑などと呼ばれている。


 鏡の書ってのは、相手と持ち主の魔力を喰らってそのまま返したり、増幅したりして放てるからだ。


 モンスター図鑑ってのはその名の通り、グリモアには数多のモンスターの生態なども書かれており、歴代の持ち主達が記録したモンスターの詳細が記載されている他、その中でも持ち主と契約したモンスターを召喚出来ると言う。


 特異かつ強力な魔導書だ。


 一般的な魔導書といえば、魔法を記載してあったり魔法による道具の詳細を記載してあったりする。その辺も記載されているのだから、超魔導書だ。


「……司書とか図書館は知らないのに、グリモアは知ってるのな」


 チェイグが呆れたように言ってくる。


「……別に。俺は魔法が使えないが、相手は魔法を使えるんだ。魔法に関して対策を練るのは当然だろ?」


「……まあ、そうだな」


 チェイグは苦笑して頷く。


「……で、図書館の場所は?」


「ああ、それなら――」


 という訳で、俺は図書館に向かっていた。


 図書館は四つの校舎から少し離れた場所にあって、全体的に見れば地味な色合いの外見と相まって影も薄い。


「……」


 俺はのんびりと歩いて図書館に足を踏み入れる。


 ……?


 俺は図書館内に気が一つしか感知出来ないのを少し不思議に思いながらも中に足を踏み入れる。


 中にいるのは司書だろうか、シア先輩ではない。シア先輩の気ではない。魔力は抑えられていてので分からなかったが、シア先輩の気はちゃんと覚えている。


「……いらっしゃい。ルクス・ヴァールニア」


 涼しげな空気を感じながらゆっくりと進むと、高い本棚が並ぶ一階の上に柵のある縁があって、それは人一人がやっと通れるような広さしかないが、その柵の上に座っている美女を視認した。


 図書館の構造は、俺が入ってきて今もいるドーム状になった真ん中の突き抜けた部分と、その両側に広がる二階建ての部分がある。


 漆黒のかなり長い髪に同じ色の瞳をした美女で、線は細いが平均的に見える胸は服を脱ぐとボリュームを感じさせてくれるかもしれない。感情の乏しい端整な顔は大人びた雰囲気を醸し出し知的だ。


 脇に黒ずんだ色の大きな本を抱えている。……あれはグリモア。ってことは、この人が司書で合ってるのか。


「……俺を知ってるのか?」


 俺は少し不思議に思って聞いてみた。……最近の俺は色々と悪目立ちしている節があるが、俺の名前まで知っている上級生はいないだろう。


 同学年で司書なんてやっていて、グリモアに選ばれているなんて、俺と同じクラスにならない訳がない。上級生だろう。


「……ええ、もちろん。シアに頼んであなたをここに呼び出したのは私だもの」


 ……そうなのか。道理でシア先輩がいない訳だ。


 何で俺を呼び出したのかは兎も角、俺は納得した。


「……あんたも、二年三大美女の一人ってことか」


 俺はもう何か面倒になって言う。……シア先輩について考察した時と同じように、シア先輩を呼び捨てにするような親しさから、適当にそうだろうと思っただけだ。美女だし。


「……まあ、世間一般にはそう呼ばれているわ」


 そう言って苦笑すると、フワリ、と柵から舞い降りてくる。……飛行魔法で落下速度を軽減して降りているだけだろうが、その優雅さが舞い降りるという言葉を相応しくさせた。


 ……さすがにグリモア持ちの魔法使いは面倒そうだな。


 俺は初対面だというのに、ついつい敵対した時の対処法を考えてしまう。


 対処法といっても、グリモアに対する、じゃない。グリモア持ちに対する、だ。


 どこが違うのかというと、対グリモアなら対処法は簡単で、気も魔力も関係なく喰らうグリモアだが、ただの物理攻撃は喰えない。かといってただ殴ると気や魔力を宿した肉体ごと喰われてしまうが、武器で攻撃すればいい。俺の場合だと武器も喰われてしまうが、グリモアに喰われる前に持ち主を攻撃すればいい。グリモアの持ち主は魔法重視の遠距離タイプ。近距離戦闘に持ち込めば、俺が全力で気を使って立ち回ればグリモアに喰われずに勝てるだろう。


 だが、グリモア所持者の対処法はちょっと違う。


 グリモアを所持している者は、グリモアを杖のように魔法を使う媒体とするが、魔方陣を展開せずに、今のように魔法を発動出来る。詠唱さえしないんだから、いつ発動するのか見極めにくい。わざと詠唱して、しかし他の魔法を使う、みたいなことも出来るかもしれないんだから、厄介だ。


「……まさか、あんたまで自分は二年三大美女に相応しくない、とか言うんじゃないだろうな」


 俺は苦笑しているその人を見て、シア先輩のあの自己過小評価さに似たモノを感じ取ったのだ。


「……よく分かったわね。まあ、他の二人を見ていれば分かるとは思うけど」


 先輩はやや自虐気味に微笑む。……いや、全く見劣りするとかは思ってないんだけど。


「……いや、全く分からん。俺はただ、シア先輩もセフィア先輩も、他二人の二年三大美女も女として魅力的だっていう自覚がないっていうのを思い出しただけだしな」


「……あの二人は、本当に魅力的だと思うわ。同姓の私から見てもそうなのだから、男のあなたから見れば、キスなんて拒めるとは思わないのだけど?」


 先輩は少しからかうような口調で言ってきた。……何だよ、俺を苛めたいのか、あんた達は。


「……俺は別に、拒みたくて拒んだ訳じゃねえよ。俺だってセフィア先輩みたいな美人に迫られれば危ういが、俺は残念ながら、誠実に生きてるからな。恋人でもない人とキスする趣味はねえ」


 俺は頭を掻いて言う。


「……そこから噛みあってないのだから、困ったものよね。でも、既成事実って知っている?」


 そう言うと、先輩はテレポートだろうか、俺の左斜め前に瞬間移動してくる。


「……っ」


 俺は驚いて、かなり顔が近かったこともあり、よろめきながら後ろに下がる。


「……セフィアにキスすれば完全にあなたのモノに出来たのに」


 先輩はさらに一歩俺に近付いてくる。


「……だから、俺は誠実に生きてるって言ってるだろ」


 俺はそれに釣られてさらに一歩下がる。


「……そう? それにしては、随分と、セフィアと恋人をやっていた時も、他の女と仲良くしていたみたいじゃない?」


 先輩はフフッと微笑んで、さらに一歩近付いてくる。


「……それはまあ、クラスメイトだから?」


 きっとフィナのことを言っているのだろうと予測を付けて、俺は疑問形で答えた。


「……それならきっと、世界中の女はあなたに抱かれるのでしょうね」


 先輩は少しムスッとしたような顔をする。……大人びた雰囲気からのギャップがあって可愛い。


 ……俺のクラスメイト、という括りが悪かったのだろう。確かにクラスメイトという括りにしては、フィナとの距離が近すぎる。クラスメイトの女子との距離があんなだったら、確かにマズいだろう。


「……そ、そういえば、名前は? 悪いがグリモア所持者だったり司書だったりしても、俺は詳しくなくてな。ちなみに親のこともつい最近知った」


 俺は場の空気と後ろにある机との距離を考えて、話を逸らす。


「……自分から英雄だと名乗り出る程自意識過剰な両親だとは思ってないわ。だって最高貴族になることを拒むような人だもの。それより私の名前、だったわね。私はアンナ。アンナ・リオードス・リス・リーオロス」


 アンナ先輩は名乗ると、さらに一歩、俺に近付いてくる。……もう後がない。もう下がれないから、近付く一方になってしまう。マズいが、どうすればいいのか。


「……」


 アンナ先輩は俺に逃げ場がないと見てか、一気に距離を詰めて顔を近付けてくる。……ち、近い。


「……アンナ先輩は自分を他二人見劣りするとか思ってるんだろうが、俺はアンナ先輩も負けず劣らず可愛いと思うぞ」


 アンナ先輩の端整な顔が近付いてきているせいでテンパって、話を逸らそうとした結果が口説いたような形になってしまった。……アンナ先輩も顔を真っ赤にして固まってしまった。まあ、止まったので結果オーライ……なのか? むしろ悪化しているような気もするが。


「……そう。じゃああなたが可愛いと思う私が、キスしてあげるわ」


 アンナ先輩の顔は未だ耳まで真っ赤だったが、何故かさらに接近してきた。……ヤバい。だがどうすればいい?


 さすがの俺も戦闘以外で女を相手に突き飛ばすとか突き放すとか、そういう乱暴な真似はしたくないし。かといってあからさまに拒絶してもアンナ先輩を傷付けるだけ……どうすりゃいい!?


「っ……!」


「……ん?」


 アンナ先輩の唇が俺の唇に触れようとしたその瞬間だった。図書館の入り口の方から息の呑むような音が聞こえたのだ。俺はすっかりアンナ先輩に気を取られて気の感知を解除していたため、そこに人がいることなど全く知らなかった。


「……セフィア先輩?」


 俺はその、図書館の扉を僅かに開けたその隙間から、白に近いピンク色をした髪と瞳が覗いていた。気でも感知し、セフィア先輩と完全に一致させる。……何でこんな場所にセフィア先輩が? いや、それよりも今はこの状況をどうにかしないとマズい。


「……他の女に気を取られるなんて、ダメね」


 アンナ先輩はそう言うと俺を顔を両手で挟み自分の方へ向かせると、そのままキスした。


「「っ!?」」


 俺は完全に油断していてその隙を突かれたことは否めないが、まさか本当にするとは心のどこかで思っていなかったので、驚いて目を見開く。


 アンナ先輩の綺麗な顔が目の前にある。


 アンナ先輩は目を閉じて、放心状態の俺とは違い顔は真っ赤だが落ち着いているように見える。


 ……アンナ先輩の唇はとても柔らかい。男の俺とは違いしなやかで長い手も、異性とキスしている、という実感を促してくる。


 キスは何とかの味、とかっていうのを聞いたことがあるが、特に味はない。強いて言うならアンナ先輩の匂いのせいか、ちょっと甘い気がする。


「……」


 アンナ先輩は、数秒にも数分にも思える時間をキスしてから、ゆっくりと離れていく。


「……あ、アンナ! 図書館で何をしている!」


 セフィア先輩は我に返ったのか、顔を耳まで真っ赤にして怒鳴る。


「……何って、ルクスとキスしていたのよ。セフィアもしようとしていたなら、分かるでしょう?」


 アンナ先輩は俺から離れてフッと微笑むと自分の唇をそのしなやかで細長い指先でなぞった。


 その仕草に俺は少しドキッとしてしまう。……まだ余韻が残っているからか。


「……わ、分かっている。だが何故アンナとルクスが……」


「……そんなの、決まっているでしょ? ただの知的好奇心よ」


「……」


 ……えーっと、そうだな。セフィアが唖然とするのも仕方がないと思う。俺もビックリだし。


「……魔力がないなんて、私が興味を示すことはそれだけよ」


 ……そう言い切る割りには顔の赤みが引いてないが。


 と俺がツッコむのは野暮かと思い言わなかったが、俺はアンナ先輩にジト目を向ける。……そういう興味なら、キスじゃなくてもいいだろうに。


「……その割りには顔が赤いな。私相手に嘘をつくとはいい度胸だ」


 セフィア先輩はこめかみをピクッと反応させながら言うと、つかつかと歩いてきて、アンナ先輩の襟を掴むとずるずると引き摺っていった。


「……後で話したい。いつもの場所で待っていてくれ」


 アンナ先輩を連れ去っていく途中、セフィア先輩はすれ違い様にボソッと囁いた。


 ……それを聞いたアンナ先輩は、ホッとしたような穏やかな笑みを浮かべていた。


 ……もしかしたら、俺とキスしたのはセフィア先輩に俺と仲直り(?)のチャンスを作らせるためだったのかもしれない。


 俺は優しげに微笑むアンナ先輩を見て、漠然とそう思った。

さて


最近登場したばかりのセフィアですが、メインヒロインにしてくれとの要望が多いです(笑)


なので当初は書く予定ではなかったセフィアとの仲直りシーン、要望があれば追加しようと思います


さらっと流して欲しくない! という人はメッセージか感想の方で

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