実技試験中
「……」
勝ったり負けたりを繰り返し、上に上がるヤツと落ち込んでトボトボ帰るヤツといて、担当の二人は交互に相手していた。
そして遂に俺の番。相手は不運なことに教師の方だった。
「……受験紙を見せろ」
俺を見て見下すような目を向けた教師は言った。
「……」
俺は無言で受験紙を見せる。その態度にイラッと来たのか、こめかみをピクッと痙攣させると、俺の受験番号と手に持った紙を見比べて、ニヤリとする。……昨日の測定結果か何かだろうな。
「……全く。これだから田舎者の平民は困る」
やれやれと首を振って何かを語り出す。……うぜえ。
「お前、昨日の測定で魔力なしだと判定された希代の落ちこぼれだろ? 何でそんな落ちこぼれがこのエリートの通うライディール魔導騎士学校に受験してんだ? 平民は平民らしく、農業でもやってろよ」
どうやらこの教師は貴族で、貴族の中でも典型的な平民見下しタイプらしい。
「……はあ? 何言ってんだ、あんた。俺は成り上がりの貴族だから。もしかして、そんな常識も知らないのか?」
カチンと来て、思いっきり見下して言い返した。……まあ、元から貴族のヤツは成り上がり貴族を平民と同じだと思うヤツもいるんだが。
周囲のヤツが俺が教師に対して言い返したことと俺が昨日噂になった魔力なしだと分かってざわつく。
「……あ? 教師に向かってその口の聞き方は何だ? それにその格好、ライディール魔導騎士学校の試験を嘗めてるのか? ……それと、その木の棒がお前の武器とか言わないよな?」
最後はプププッと笑って言う。
「……ああ、これが俺の武器だ」
俺は逆に笑って答えた。堂々としている方がいい。
「……ぷっ、はははははははっ! そんな木の棒で何しようってんだ? 貧乏にも程がある! そんなに金がないんなら、剣を貸してやろうか?」
それを聞いた教師は大笑いした。周囲にもクスクス笑いが起こる。
……腹が立つ。俺の愛用する相棒をバカにされた挙げ句、家も貶されるとは。ある程度予想は出来ていても、腹が立つもんは腹が立つんだな。
……ああ、別に相棒を木の棒にかけた訳じゃないぞ? そこんとこ勘違いしないようにな。寒くなるから。
「……じゃあ、やろうか? お前みたいなヤツの剣なんて使わねえよ、汚らわしい。俺は好き好んでこいつを使ってるんだ、うるせえよ」
俺はキレて殴りかからないぐらいには怒りを抑え、しかしトゲのある言葉を発した。……どうやら俺は、俺が思っている以上に怒っているらしい。
「……いいだろう、戦ってやる。そんな木の棒で戦って、恥をかいて、教師への口の聞き方を身体で覚えろ」
教師は完全に油断して剣を抜くが、構えが隙だらけだ。
「……かかってこいよ。格の違いを教えてやる」
「それはこっちのセリフだ、クソ平民!」
教師は怒りを表面に出して突っ込んでくる。……バカか。戦場で冷静さを失ったら、待つのは死か虐殺のみ、だ。
俺は怒りつつも余裕を表す教師との距離がもう少しで埋まると言う時、一歩踏み出して、教師の全身を高速の連撃で叩く。
「がはっ!?」
教師は俺の五連撃が見えなかったのか、訳も分からなさそうな顔で呻き、仰向けに倒れる。
教師は新米騎士とは違い、軽装備だ。だから叩くだけでもダメージを与えられる。
「……お前、どんな卑怯な手を……!」
教師は半身を起こし、俺を睨んで言った。
「……卑怯な手? 何を言ってんだか。これが、俺とお前の実力差だろ。俺は気を使ってないし、魔力はないからな」
「っ!? ……俺がお前ごときに負ける筈がない! ……手加減してやっただけだ」
そう言って教師は立ち上がる。
……自分が世界屈指のライディール魔導騎士学校の教師になったことで、自分は最強のエリートであると言う盲信を抱いてるらしかった。……憐れだな。
元々そういう考えを持っていたかは兎も角、教師になった時点で目が曇ったんだろう。でなければ、エリート学校がこんなヤツを教師にする筈がない。
「……本気を出せばお前なんて敵じゃねえ。……鬼気、闘気、剣気、魔気! ーーフレイムボール!」
気を併用し、赤い魔方陣を出現させてそこから橙色の炎の大きさが直径一メートルくらいある球が飛んでくる。
「ふっ!」
俺はそれを木の棒を一振りしてかき消す。……俺が避けたら後ろにいるヤツらに当たっちまうじゃねえかよ。魔法は場所を考えて使え。
「死ね、終わりだ!」
教師はいつの間にか近付いていて、剣を振り上げて襲いかかってくる。俺はフレイムボールをかき消すために木の棒を振り切った後だ。
教師は躊躇いなく隙だらけな俺の頭に剣を振り下ろしてくる。……寸止め、じゃねえよな。マジで殺しに来てやがる。マジで面倒だ。
「……」
俺は剣をギリギリで避け、木の棒を振りかぶる。
「っ!」
気を使って強化した速さで避けられたのに驚愕して目を見開く。
……何で驚いてるんだ、こいつ? 親父の方が素で何倍も速いんだが。
「……はっ!」
俺は気合いの声と共に顔、腹、股間に一発ずつ突きをくらわせる。
「っっっ!」
教師は目が飛び出そうな程を目を限界まで見開き、吹っ飛んだ。白目を剥いてピクピクと痙攣しながら気絶していた。
……一ヶ所別の場所にすればよかったな。男として酷い気がする。
「……戦闘不能ってことで俺の勝ちだな」
俺は静まり返っていたその場で呟き、次の相手がいる方へ並んだ。
その後もバカにされたりスルーされたりしながら順調に進んでいった。……順調、かなぁ?
そして俺は最後の相手までいった。
最後の相手は冒険者筆頭と呼ばれる魔法戦士と王宮騎士団団長の二人だ。
二人は何人か相手してるのを見たが、無傷で手加減しながら戦っていた。
この二人相手では本気で戦わざるを得なくて、周りに野次馬はいても遠巻きに見てるだけだ。巻き込まれたら嫌だしな。
「……よろしくお願いします」
丁度、アイリアが冒険者筆頭と戦おうとしていた。
「……」
勝てるとは思うが、翡翠色の竜は下位だし、全力で戦っているところを見てみたい。
最後まで来ているのは俺とアイリアを含めて六人。
「……噂の公爵家のお嬢様と戦えるとはな。お手柔らかに頼むぜ」
冒険者筆頭は笑って言った。
……実技試験で戦った相手が自分より弱いと過信してはいけない。殺す気で戦うのと、試験は違うからだ。……まあ、一部殺す気できたヤツがいたが。
「……家は関係ありません。私は一人の受験生として、騎士になるためにここにいるのですから」
俺と話した時とは雰囲気が全然違う。
「だな。正々堂々、戦おうぜ」
冒険者筆頭が大剣を構えると、アイリアも二つの槍を構える。
「……おい、あれ……」
「……ああ。冒険者筆頭と公爵家のお嬢様だ。見物だぞ」
なんて声が聞こえてきて、遠巻きに人が集まっていく。