かくれんぼ終幕
本日二話目
……アイリアはレイスを捕まえたか。
どっちがやられたかは兎も角として。
「……俺も負けてられねえな」
俺はサバイバル演習場の森で一人、ニヤリと笑う。
「……ぅ」
そして俺は標的を見つけたんだが、様子がおかしいことに気付く。
イルファが森の中で蹲っていたのだ。……気はちゃんと感知してる。罠じゃないか。
「……イルファ? どうかしたのか?」
「……ルクス?」
涙を目に溜めたイルファが振り返った。肩にいるリオがイルファを撫でているので、慰めているのだろう。
「……何があったんだ?」
俺はイルファに近付くと、手を差し伸べる。……差し伸べてから、俺は鬼をやっているのでイルファは触ったら捕まるな、と思い至ったが、イルファは少し躊躇った後俺の手を取った。
俺はイルファの手を握り引っ張って立たせてやる。
「……レイスが」
イルファはそれだけを言って顔を背ける。……ああ。
俺はそれだけで何が起こったのかを大体で理解した。
「……そりゃ災難だったな」
俺は苦笑して言う。
……ホント、災難だった。
「……うん」
イルファは力なく微笑む。……次からはレイスに対する規制が加わりそうだな。
「……イルファ、アイリアじゃレイスを止めようとしてもやられるだけだし、あんまりあれなら俺に言えよ。俺で良ければ力になるぜ」
「……ありがとう、ルクス。じゃあボクは皆のとこに戻るから」
イルファは少し驚いたような顔をしてから微笑むと、リオを指で撫でながら去っていった。
……レイスの件については、俺の方からアリエス教師に言っておこう。
イルファの背中を見送りながら、そう思った。
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……あっ。
俺はチェイグがアイリアに捕らえられたのを感知して、内心少し残念に思う。
色々考えてくれてたんだろうし、ちょっと戦ってみたかった。
アイリアはそのままサリスの方へ向かっていく。
……じゃあ俺はこのままリーフィスのとこに向かうか。
アイリアがリーフィスを狙うなら俺がサリスの方をやろうかとも思ったが、近場にいるサリスを狙うようだ。
……何か、手当たり次第に暴れてるって感じがするんだが。
「……っ!」
俺はリーフィスの居場所に向かう途中、辺りが凍り付いていくのに気付いた。
「……やりすぎだろ!」
俺は毒付いて木に登る。
……その人の魔力で形成されたモノに触れると感知されるんだよな。それが魔法の手応えってヤツだと思ってくれればいい。
サバイバル演習場の森が凍っていく。辺り一面氷が張っていて、足の踏み場もない。
「……寒っ」
俺は顔や手足に寒さを感じ、ブルッと身震いする。
「……木もちょっと凍ってんじゃねえかよ」
周囲は氷に包まれ、空気は凍える程に冷たく、霜が降りてきた。
「……見つけたわよ」
シャー、と氷の上を高速で滑りながら、リーフィスが姿を現す。
「……運動、出来ねえんじゃなかったの?」
しかも俺が気の感知から気を逸らした時に滑ってくるし。リーフィスって気はダメだから俺の位置を特定出来ないハズじゃないのか? 氷には触れてないし。
「……武術や体術がめっきりダメなのと、氷の上を滑るのとは違うのよ。運動音痴じゃないんだから」
リーフィスが得意気に笑って氷の地面に氷でコブを作りストッパーに使って止める。
「……まあ、さすがと言ってあげるわ。氷に触れようとしないことには、ね」
リーフィスはニヤリ、と笑う。
「……そりゃどうも。だが、何で俺の居場所がバレた?」
「……これよ」
リーフィスは微笑んで手を翳す。
「……?」
俺は一瞬、何を指しているのか分からなかった。だが、視界に映るそれを見て思い至る。
「……雪か」
俺の気付かない内に、雪を降らせていたのか。
「……まあ、雪もそうだけど、もっと気付かないモノがあるのよ。それが」
リーフィスは木を指差す。
「霜」
「……」
俺は思わず木の枝に触って霜を拭う。
「……ね? 気付かなかったでしょ?」
フフッと微笑むリーフィス。……悔しいけど可愛い。畜生め。
「……なるほどな。さすがは“氷の女王”」
俺は苦笑いを浮かべて言う。
「……あまりその呼び名は好きじゃないんだけど、褒め言葉として受け取っておくわ」
リーフィスは右腕を前に伸ばす。
「ロックアイス」
魔方陣を展開し、俺に向けて透き通った氷塊を飛ばしてくる。
「っ! ーーあっ」
俺は跳んで避けてから、しまったと思う。
地面は氷付けにされているのだ。まともに着地出来る訳がーー
「いてっ!」
普段通り足から着地したものの、滑って尻餅を着いた。
「っ~!」
「ふふっ。ホントに転んだ。人って氷で転ぶのね」
リーフィスは面白そうに笑う。……ん?
「……お前、氷の上で転んだことないのか?」
俺は少し驚いて聞く。
「ないわよ。氷なら自然のモノでも相手のモノでも操れるもの。私に操れない氷はないわ」
リーフィスは胸を張って堂々と言う。……虚勢ではなく、心からそう思っているんだろう。
「……凄いな。じゃあちょっとやってみてくれ。今から氷作るから」
「……あなたに氷なんて作れるの?」
俺が実際に見てみたいと思い言うと、リーフィスは怪訝そうな顔をした。
「……出来るぜ。気には無限の可能性があるんだからな。龍気、氷河期!」
俺は左拳に銀のオーラを纏わせ、地面に叩き付ける。
リーフィスの作った氷の森は、地面と草、木の根が凍っているが、俺の使って龍気の氷河期というモノは、木も丸ごと凍らせた。
「……っ!」
「……どうだ? まさか、魔力で作られたモノじゃないから操れないとかねえよな?」
「……いいわ、やってあげる!」
俺がニヤリと笑って挑発すると、リーフィスは顔を真剣なモノにして右足で凍った地面を踏み付ける。
「っ!?」
するとリーフィスの足元を中心に魔方陣が展開され、パキパキと音が立てて氷の尾がいくつも出現する。
「……さすが、“氷の女王”……っ!」
俺は苦笑いを浮かべ、襲いかかってくる氷の尾をかわす。
「うおおぉ……っ!」
上手くかわせたんだが、氷で滑って体勢を崩す。
「……どう? これで分かったでしょ?」
リーフィスは追撃せず得意気に笑う。……ああ、よく分かったよ。
「……ああ、やっぱリーフィスが凄いってことがな。ま、でも今回は勝たせてもらうぜ」
俺は体勢を立て直すと、木に手を着いて力を込め、突き放すようにして氷の上を滑る。
「……へぇ? この私に、氷の上で勝とうって言うの?」
リーフィスはピクリ、と眉を動かして言う。ちょっと気に障ったようだ。
「……ああ。ま、今回は氷の上って言っても捕まえればいい訳だからな」
俺はそう言って木から木へと、木を突き放したり掴んだりしながら移動していく。
「……なかなかやるじゃない。でも、まだまだよ」
リーフィスは面白そうに笑って言い、右手を振って氷の尾を増やし、俺を狙う。
「……こんなもんで俺を止められると思うなよ」
俺は強がって見せるが、本当は氷の上でバランスを取るのに精一杯で攻撃する暇がない。
「……もちろん、これで止められるなんて思ってないわよ」
リーフィスは意味深に言う。……何か仕掛けてくる気か。
「……そうはさせるか! 鬼気!」
俺は右腕に鬼気の赤いオーラを纏い、木を突き放して一気に速度を上げてリーフィスに突っ込む。正面から突っ込む形だが、これなら壁を出されようがぶっ壊して進める。避けられたら失敗だ。
「……甘いわね」
リーフィスは余裕そうに笑うと、俺の進行方向に小さなコブを作った。
「っ!」
ヤバい! どうする?
蹴り砕く。……いやそれだと足を振り上げた時に反動で転びそうだ。
無視する。……ただ転ぶだけだろ。
ジャンプする。……その後転ぶだろ。
「しまっ……!」
考えていたらコブがもう足元まで来ていた。
「うおぁっ!」
俺は右足で躓き、バランスを崩してリーフィスに突っ込んでいく。何とか転ばなかったものの、前のめりになってしまう。
「ちょっと! 転びなさいよ! 何でこっちに来て……っ!」
リーフィスが叫ぶが、俺にはどうなっているのか分からない。転ばないことばかり考えていて、前を見ていなかった。
「「っ!?」」
むにっ、と小さくも柔らかな感触が掌に伝わってくる。
……ああ、これはヤバい。
俺は前のめりになって手を振り回しながらも下を見て俺がどこにいるのかは分かった。リーフィスの足が見える。半歩下がった形なので、逃げようとはしたんだろう。
「……え~っと、すまん?」
俺はリーフィスが足元を固定させていたおかげで転ばなかったが、転ぶよりもマズい状況に陥り、とりあえず謝ってみた。
「……何で疑問系なのよっ!」
リーフィスは固まる俺の脇腹に、蹴りをくらわせた。
「うぐっ!」
諸に受けたので俺は氷の上を後ろにあった木まで滑っていく。
「……わ、悪かったって。別にわざとって訳じゃ……」
転ばないことで精一杯で受け身を取るどころじゃなかったが、リーフィスは顔を真っ赤にして激怒中なのでとりあえず謝っておく。
「……謝ったって、許さない……!」
リーフィスはゴゴゴ、とオーラが立ちそうな程怒りを露にし、周囲を丸ごと包む程大きい魔方陣を地面に展開した。
「……ちょっ! お前、それはマズい!」
「煩い! よくも私のその、む、胸を揉んでくれたわね! 責任取りなさいよ!」
「責任っつったってどうすりゃいいんだよ!?」
「っ! それは自分で考えなさいよ! ニブル――」
「だからそれはヤバいって言ってるだろ!」
「煩いわよ! ――ヘイム!」
言い争いをしていたが、リーフィスは魔法を発動させる。
ニブルヘイム。それは氷系統でもかなり上位になる高範囲高威力の魔法だ。
「っ……!」
俺は森や草、地面ごと、透き通った綺麗な氷に包まれる。
「……ふん!」
全身氷付けにされた俺を見て満足したのか、鼻を鳴らして去っていく。
「……」
……ちょっと、声出ないけどこれ俺死ぬからな? 凍死するからな?
……活気で、ちょっと助けてもらうまで耐えてるか。
「……はぁ」
俺は氷塊の中でため息をついた。
……まあ、やっちまったのは俺の方だからこれくらいのことは我慢するか。
手に残る僅かな余韻を感じながら、だんだんと凍えていくのに身を委ねた。
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「「「……」」」
「……あ~、寒ぃ」
「……」
こうして第一回かくれんぼが終わった訳だが、クラスメイト達の間には妙な空気が流れていた。
俺がリーフィスに氷付けにされ、レイスがアイリア含むほとんどの女子に手を出し、何だかんだで滅茶苦茶になった結果、こんな気まずい空気になってしまった。
俺は駆け付けたアイリアの炎の魔法で助け出されたが、まだ寒さは残っているので焚き火で温まっている。
「……まあ、第一回、成功と言っていいのかは分からないが、気と魔力の感知と隠蔽、これらを高めるように促進出来ると言うことで、授業として申請しておくからな。因みに今回のタイムは二十分だ。……一時限の授業程もないな」
アリエス教師が場を締めようとしたのか言う。
「……一人当たり二十秒ちょい、か。鬼が優秀なのかお前達の隠蔽が下手なのか、まあ両方だな。全く、いい動きをしたヤツは兎も角、これじゃあほとんどが落第だぞ。次はもっと頑張れよ。解散だ」
そう締めてアリエス教師は去っていった。