小さな成長と戦闘狂
本日四話目
「ふええぇぇ……」
……はぁ。
「……フィナ?」
「……っ。ルクス!」
俺はリリアナから解放(?)された後、次の標的にいく前に心配になったフィナの様子を見に来た。
一人泣きじゃくっていたフィナに優しく声をかけると、フィナが俺に気付いて勢いよく抱き着いてきた。
……顔中涙と泥でぐちゃぐちゃだな。転んだのか。
「……よしよし」
俺はとりあえずフィナの面倒を見ることになってから常備するようになったハンカチを取り出して顔を拭ってやる。
「……ぐすっ。フィナ、いっぱい転んだの」
フィナは未だに泣き止まず何があったのか言ってくる。……そうか。運動音痴なフィナに森林のフィールドは厳しかったか。
「……よしよし。もう大丈夫だぞ。痛いとこはないか?」
俺はフィナの顔を拭き終わると聞いた。
「……ない」
フィナは目に涙を溜めながらギュッと抱き着いてきて言った。……そうか。さすがは魔人。転んでも大した傷にはならないとは。
「……よし。いい子いい子。じゃあ一人で皆のいる場所まで戻れるか?」
フィナを一人にするのは気が引けるが、聞いてみる。
「……ん。フィナいい子だから大丈夫」
フィナは力強く頷いて涙を腕で拭う。……おぉ、成長したのかもしれないな。
「よしっ。じゃあ気を付けていくんだぞ」
俺はフィナの些細な成長にちょっと感動しながらとてとてとゆっくり歩いていくフィナを見送った。
……んじゃ、次は放っておくと面倒そうなヤツからいくか。
「……オリガかチェイグだな。オリガはアイリアと交戦中か。じゃあチェイグだな」
俺はニヤッと笑って駆け出した。
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「ははっ!」
「っ!」
楽しそうな笑い声と共に放たれた拳は地面を陥没させ、周囲の草木を吹き飛ばす。
ルクスが言う放っておくと厄介なヤツの一人。
「なかなかやるじゃねえか!」
オリガだ。
オーガの突然変異であるオリガはその身体能力が桁違いに高い。
だがその割りにスロースターターなので、速攻には弱い。
しかし今はすでに数十分程駆け回っていたのでかなり身体が温まっている。
「……厄介ね」
この授業のルール上、近接しか出来ないオリガの不利は大きい。触れられても触れてもダメというルールでは、近接でしか戦えないオリガに分はない。その身体能力を活かして逃げ続けるのが最もいい作戦だが、戦闘狂の彼女がそんなこと出来る訳もなく、辛抱出来ずにこうしてアイリアと戦っている。
だが今の戦況を見ると、オリガ優勢だった。
一撃でもかすれば失神は免れないような攻撃が、段々と速くなりながら自分に迫っているのだ。劣勢を強いられるのも無理はない。
魔法を駆使しても大したダメージは与えられず、近付くこともままならない。
「逃げてばっかじゃあたしはヤれねえぞ!」
戦いによってハイになったオリガが楽しそうな笑みを浮かべながら高速で拳を振るってくる。
「……言われなくてもやってやるわよ!」
アイリアはオリガから離れるように後ろに跳びながら両手を前に突き出す。
「アイアンファング! ハイウインド!」
二つの魔方陣を展開し、まず突風を起こす。突風に何をしてくるのかと楽しそうなオリガは地で足を踏ん張る。
「……もらった!」
そこで二つ目の魔方陣を発動させる。オリガの足元から鉄の牙が出現し、噛み付くようにしてくる。
「はっ!」
オリガは面白い、という風に笑うと、牙を手で掴んで握り砕いた。
「っ!?」
アイリアはとんでもない馬鹿力に驚きを隠せない。
アイアン、つまり鉄の属性は土から派生したモノだが、その硬度は使う者によっては実在する鉄よりも硬い。
アイリア程になれば、鉄よりも高い硬度だったハズだが。
「……これはかなり厄介ね」
アイリアは少し悔しげに呟く。
「ははっ! まだまだいくぜ!」
オリガは楽しそうに笑い、手身近にあった木を片手で一本、幹を掴む。
「?」
何をしようとしているのか読めないアイリアは怪訝に思い目を細める。
ミシッ、ミシミシッ。
オリガは両腕に思いっきり力を込め、上に引っ張る。
「っ!?」
木を、だ。
「おらぁ!」
最後に一声上げて、木を引っこ抜いた。
「!!??」
アイリアは片手で一本の木を抜くという所業をして見せたオリガに驚愕し、大きな隙を作る。
「くらえ!」
そして、木を、物凄い速さでアイリアに向け投擲してきた。
「……くっ! フレイムバースト!」
咄嗟にアイリアを魔法を発動させる。
両手を前に突き出したその前に、大きな魔方陣が描かれ、そこから朱色の炎が放たれる。
「……あっ」
アイリアは魔法を使ってから、しまったという声を上げる。木二本を焼くには些か以上に強すぎる威力の魔法だったのだ。
レイヴィスを着ているので死ぬことはないだろうが、顔や手足などに火傷を負わせてしまったかもしれない。
「……ふっ、はははははっ!」
アイリアが後悔していると、高笑いが炎の中から聞こえた。
「っ!」
ゴォッ! という風が巻き上がると、燃え盛っていた炎が鎮火された。
「……」
その中心には、拳を地面に叩き付け、ニヤリと笑うオリガがいた。
「……嘘でしょ?」
アイリアは呆然として言う。
「……はっ」
呆然とするアイリアに対し、オリガは自分の中から湧き上がるモノを抑え切れなかったのか、そのままアイリアに襲いかかってくる。
「っ!」
危機を肌で感じたアイリアだが、意を決し、イチかバチかの行動を起こそうとする。
「……」
「はっ!」
笑い声と気合いの声が混ざったような声を上げてオリガがアイリアに殴りかかる。
「っ……!」
その渾身で高速だが、しかし直線的な拳を紙一重で避け、拳圧に顔をしかめ頬をきりさかれながらも、一歩前に出る。
「はっ!」
鋭い声と共に掌打を腹部に叩き込んだ。
「ぐっ……!」
オリガは呻くと、後ろに一歩よろける。
「……今回は私の勝ちよ」
自分の傷を回復魔法で治しながらアイリアは言った。そう、掌打でアイリアはオリガに触れたのだ。
「……もうちょっとヤりたかったんだけどな。ま、次頑張るしかねえよな」
獣のような獰猛さはどこへやら、オリガはニカッと爽やかに笑って言った。
「……実戦だったら私が負けてたわよ。じゃ、あとは自力で戻るのよ」
アイリアは少し不機嫌そうに言って、さっさと去ってしまう。
その後、オリガとの戦いで疲弊したアイリアを狙ったマッチョことゲイオグが来たが、アイリアに魔法でボコボコにされた挙げ句、止めに両手の掌打を叩き込まれて倒された。