隠蔽と蜘蛛の罠
本日三話目
「……あと十人、か」
俺はサバイバル演習場の森林の中で静かに呟いた。
……残っているのはフィナ、リーフィス、リリアナ、イルファ、オリガ、サリス、チェイグ、レイス、マッチョ、レガートの十人。
九人は大体予想通りって感じだが、レガートが残っているのはほとんどのヤツが想像もしてなかっただろうが、俺はいい線いくとは思ってたぜ。
他のヤツらと同様気をあまり重要視していないが、自身の存在をベールで覆って力を隠蔽する手腕は学年一かもしれない。
何せ闇系統影属性の魔法を得意とするヤツだ。
一応全属性の刃系魔法、魔方陣から自在に刃を出現させることが出来るモノだが、それが基本的な戦いに組み込まれる。
だが真に目を見張るのは、その影による隠蔽。
現にここまでをアイリアに見つからずやり過ごしている。
「……ま、隠蔽しても気を消す方法は存在しないんだけどな!」
俺は右手に戦気を発動させる。
「おらぁ!」
俺は僅かに漏れるレガートの気を感知し、その場所に向けて戦気の波動を放つ。
「くっ!」
レガートは堪らず木陰から姿を現す。
「……さすがだね、ルクスは」
レガートは微笑を浮かべて言う。
レガートは暗い青紫色の髪で左目を前髪で隠し、クラスでもそう目立つことのない男子だ。
「……そんなことねえさ。俺じゃなきゃお前を見つけられなかったんだぜ? 現にアイリアをここまで欺いてる」
俺はそう言ってゆっくりと隙なくレガートに近付いていく。
「……ありがとう。でも、僕はそこまで凄いことはしてないよ。褒められるようなことじゃ……」
「……そこまで謙遜すると嫌味に取られても仕方がないぜ。ま、自信持てよ。少なくとも俺やアイリア、アリエス教師は評価してくれるぜ」
俺はぽん、と逃げもしないレガートの肩に触れる。
「……ありがとう。じゃあ他は見つけてからが大変だと思うけど、頑張って」
レガートは苦笑して軽く手を振り去っていく。
「任せろ。俺はお前を捕まえたんだぜ?」
俺はニヤッと笑って、驚いて振り返るレガートを見て満足し、次の標的に向かった。
「っ!」
次の標的に向かう途中、俺はまずい場所に来てしまったと後悔する。
木々の間のあちらこちらに、蜘蛛の巣が張り巡らされていたのだ。
……リリアナの領域に入っちまったか。
俺は内心で舌打ちする。
……リリアナの居場所は分かってるが、如何せん蜘蛛の巣には生命がないから気で感知出来ない。しかも魔力で生成している訳でもないので俺でなくとも感知出来ない。
「……リリアナはここから遠い、か。引っ掛かったら俺がここにいることが分かるし……避けて進むか」
俺はそう決めて別の標的に向かおうと向きを変える。
「っ!」
だが、リリアナの気が高速で近付いてくるのを感じて踏み留まる。
ガサッ。
「「……」」
艶やかな笑みを浮かべたリリアナが、木から下りてきた。
……そうか、蜘蛛だもんな。森の方が力を発揮出来るのは言うまでもなく、木々を伝って移動すれば地上で走るよりも速い。
「……まさか俺の方が気付かれるとはな」
俺は本当に驚いて言う。
「……当たり前でしょ? ここは森なのよ? 人間より獣の方が有利だもの。それに、蜘蛛は微細な体毛で敏感に空気の流れを読み取れるの。蜘蛛の巣を張ったのは相手の行動を制限するってのもあるけど、これくらいの範囲が私が感じ取れる空気なのよ」
「……なるほどな。俺はしてやられたって訳だ」
俺は完全に予想外のことをされ、ニヤリと苦笑する。
「……それにしては、随分と嬉しそうじゃない?」
リリアナは少し残念そうな顔をする。
「……ああ。だって結構簡単に終わると思ってたのにまさか裏をかかれるとはな」
実に面白いじゃないか。
「……そう。それは仕掛けた側としても嬉しいわね」
リリアナは本当に嬉しそうに笑う。……いつもは妖しい美人なのに、普通に笑うと結構可愛いな。
俺はそんなことを思ってしまった。
「……なるほどな。俺が他を捕まえてる間ここら辺をうろちょろしてたのはそういうことだったのか」
俺はやっと合点がいき、一人頷く。
「……って、ずっと私のことを!?」
リリアナは驚いたように顔を赤くして言った。
「……何言ってんだ? 当たり前だろ?」
俺は首を傾げて返す。……何言ってんだか。リリアナや他のトップクラスの実力を持つヤツらを警戒しておくのは当然だろうに。
「……そう」
だがリリアナはそうは思わなかったらしく、頬を赤らめていた。……? まあいいか。
「……でも、私を捕まえることは出来ないわよ。だって私の身体に触れるだけで毒に犯されるもの。まあ正確に言えば全身から分泌される毒に、だけど。だから毒に触れてからもそのまま私の身体に触れるまでしなきゃいけないのよ? それにこのままじっとしてても気化した毒があなたの全身を蝕むことになるわよ?」
リリアナは再び妖しく笑って言う。
「……それはどうかな?」
だが俺はニヤリと笑って、
「鬼気!」
両脚に鬼気の赤いオーラを纏わせ、駆け出す。
「っ!」
リリアナはいきなりだったので焦ったようだが、すぐに平静を取り戻し、撃退に動く。
プッ、と何かを口から吐き出してきた。毒々しい紫色だ。……毒か。
「活気弾!」
俺は素早く活気を右手に発動させると、弾として放つ。
毒の弾と活気の弾がぶつかると、それは相殺された。
「っ!?」
「……活気なら毒を中和する効果もある。まあ、リリアナの毒を中和するには俺ぐらいの力量が必要だけどな」
驚くリリアナに、駆けたまま説明する。
「……」
リリアナは驚き目を見開いて再び何か仕掛けようと身構えるが、スッと力を抜いて棒立ちになる。……諦めたのか?
「……」
俺は不審に思いながらも左手を伸ばしてリリアナの肩にタッチしようとする。
「っ!?」
だから、反応が遅れた。心のどこかでもう諦めたんだろうと決め付けていたらしい。
「ちょっ……!」
リリアナが倒れ込んでくるようにして俺に抱き着いてきたのだ。……まあ、結果的に反撃じゃなかったんだが。
「……」
ギュッと俺に抱き着いて来るリリアナ。……どうしていいのかどうしたのかさっぱり分からないのでどうすることも出来ない俺。
「……どうしたんだよ?」
とりあえず、全身を活気で満たしつつ胸元に当たる二つの柔らかな膨らみや少し荒い吐息を意識しないようにして理由を聞くぐらいしか出来なかった。
「……別に何でもないわよ」
リリアナは少し拗ねたように言う。……いや、何でもないって言われてもな。
「……じゃあ離れてくれないか?」
「……それはダメよ。最近色んな娘とイチャイチャしてるみたいだし、今更私一人がこうやってたって気にしないでしょ」
……ツッコミ所はあるんだが、そこを指摘すると泥沼にはまりそうだ。
「……別に好きでイチャイチャしてる訳でも、イチャイチャしてるって訳でもないんだが」
だが解かなきゃいけない誤解というのもある。別に俺は誰かとイチャイチャしてる訳じゃない。
「……嘘つき。でもまあいいわ。私が抱き着いた理由は教えてあげる」
リリアナはギュッとさらに力を込めて抱き着いてくる。……嘘はついてないぞ、多分。
「……私、毒を常に放出してるから、あまり人に近付けないのよ。まあ授業中とかはかなり抑えてるから一日一緒でも無害なんだけど、さすがに肌に触れるのはダメなのよ。皮膚からも侵食するから受ける毒の量が全然違うの。でも、やっと抱き着いてもいい相手が現れたのよ? これはもう、抱き着くしかないじゃない?」
リリアナはそんなことを言うが、好きでもない男に抱き着くのはどうかと思う。最近フィナとかが近くにいて慣れてきている俺でも互いに布一枚の格好じゃあ理性が飛ぶのもギリギリって感じなのに、他の男子ならどうなってるか。
「……まあ、俺でよければ」
だが俺はつい許可してしまった。
……別に下心からじゃないぞ? きっとリリアナはこんな体質だから人に抱き着いたことがないんだろうな、って思っただけだからな?
「……そう、それは良かったわ」
そう言うリリアナの声は少し弾んでいるように聞こえた。
……俺の推測も、あながち間違いじゃないのかもしれない。