標的と奇襲
本日二話目
「ではこれより、ルクス発案の新授業、かくれんぼを始める。ルールはさっき説明した通りだ。鬼はルクスともう一人、私と話し合った結果、相手を捕らえるために運動能力に優れ、魔力にも優れたアイリアとする」
アリエス教師は皆が集まって整列したサバイバル演習場前で言った。
もう一人の鬼がアイリアだと分かり、生徒に動揺が走る。……俺と違ってアイリアは皆に認められた天才だからな。かなりの緊張感を促せる。
「よろしくな」
俺は一人アリエス教師の横に立っていたが、アイリアが少し驚いたようにしながらも前に出たアリエス教師を挟み俺と反対側に立つ。
「……ええ」
アイリアは俺の方を見もせずに頷く。……フィナ程露骨じゃないが、どうもあれ以来距離を置かれている。
そのせいで寮の部屋内の空気が気まずい。
フィナとアイリアは仲良く風呂に入るし、フィナが早起きするし。
……いい方に転がってるのもあるから一概に悪いとは言えないしな。
「……では、始めるか。四十秒後に二人が出る。散開しろ!」
アリエス教師の合図により、クラスメイト達はバラバラに、サバイバル演習場内の森林へと入っていく。
「「……」」
俺とアイリアは目を瞑り、四十秒を数える。気の感知はまだ使わない。それはフライングだからな。
「……もういいぞ」
アリエス教師に言われ、静かに目を開く。
「……っ」
俺は気の感知を始める。……捕捉、完了。
「……全員捕捉完了だ。アイリアは?」
俺は気の感知の範囲をサバイバル演習場に広げ、四十八人全員の捕捉を完了したことを報告する。
「……魔力での捕捉は数人を逃したわ。気なら私でも捕捉出来るのが何人かいるけど」
「……そうか。けどま、魔力を隠してるのは大体分かるよな」
「……ええ。リーフィスとイルファとチェイグさんね」
……チェイグもか。まああいつはあれで努力家だからな。魔力の隠蔽を頑張ったんだろう。
「……リーフィスは森林の一角で待機してるな。迎え討つ気だろうな。イルファは魔力を隠しながら魔法で移動してるらしい。かなりの移動速度だ。チェイグは俺の忠告を守ってるのか、猛ダッシュ中だな」
……面白くなってきた。
「……そう。でも気で感知出来るから問題ないわね。確かに、気はあまり重要視されてないのが現状だわ」
アイリアはいつになく平静な声音で言った。
「……まあな。んじゃ、いくか。どっちが多く捕まえるか、勝負しないか?」
「……いいわよ。負けたら何か食べ物奢るってことで」
アイリアはやっと笑って言うと、さっさと行ってしまう。……魔力も気を抑えてあるな。さすがは今期新入生トップ。
「……貴族のお嬢様に奢れる程金持ってないんだけなぁ」
俺は小さくボヤきながらアイリアの後に続いて森林へと入っていく。
「……お前、鈍感にも程があるだろ」
後ろからアリエス教師の呆れた声が聞こえた。
▼△▼△▼△
「……くそっ! 何で見つかった!」
一年SSSクラスの一員である、シュールヤ・アレルハルテ、通称シュウは忌々しげに吐き捨てた。
「……何でって、てめえが俺から逃げられるとでも思ったのか?」
シュウが全速力で逃げる相手は、後ろからシュウの走る速度より一段以上も上の速度でだんだんと迫ってくる。
元々の身体の鍛え方が違うのだ。
「思ってはねえけど、何で俺がこんなに速く……!」
「気にすんなよ。俺がてめえを一番早く捕まえてやるって決めてたんだ」
悪魔のような笑みを浮かべた追跡者。
「個人的な標的か!」
シュウは思わず振り返って追跡者――ルクスを見る。
「……ああ。お前を一番最初に捕まえるって決めてる! 鬼気!」
ルクスはシュウの言葉など気にも留めず、脚だけに赤いオーラを纏わせる。無駄な箇所に気を使わない、気の節約術だ。もっとも、気のコントロールが上手く出来なければ出来ない芸当だが。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁ! やられる!」
シュウはみっともなく叫び声を上げて、そしてトン、とルクスに肩を叩かれる。
「……あ、あっさり終わった……」
シュウはガクッとその場で足を止め膝を着く。
「……心配すんな。俺は最初からお前を一番に捕まえてやるって決めてたが、アイリアはそんなのお構いなしに片っ端から捕まえてるからな。三番目とかじゃないか?」
ルクスは気休めにもならないような気休めを言う。
「……お前の気の感知を出来なかった俺が悪い、もんな。まあ頑張れよ。出来れば最後まで残ったヤツと俺の差が少ないようにしてくれ」
「おう。俺はもう全員捕捉してるからな。あとは罠とかがなければすぐに終わる。……まあ、オリガを放っておくと大変なことになるから早めに捕まえたいけどな。あのパワーは一筋縄じゃあいかないからな。めんどい」
「……意外と色々考えてるのな。まあ、お前って結構真面目なヤツだとは思ってたけどな」
ルクスが考えながら言葉にすると、シュウは苦笑して言った。
「……魔力のない俺には出来ることが限られてくるからな。色々考えなきゃいけないことがあるんだ。……三人、か。じゃ、自分でサバイバル演習場前まで戻れよ。ズルしたらアリエス教師直々の罰が待ってるから気を付けろよ」
「……お、おう」
ルクスはシュウと話している最中に次なる標的を捕捉したのか忠告を付け加えながら早々に立ち去ると、シュウはぎこちない引き攣った笑みを浮かべて見送った。
「……」
ルクスはシュウと別れてすぐ、気を極限まで抑え、気を使わずに疾走する。ルクスが出来る最大の隠密だ。もちろん草むらが揺れる音はしてしまうが。
「……見つけた」
ルクスはそう呟くと、ニヤリと笑う。
ガサッ。
「「「っ!」」」
ルクスが捉えた三人は、近くで鳴った草の擦れる音に驚き、警戒し森を進んでいたがその音の鳴った草むらを凝視する。
「……残念、外れ」
「「「っ!?」」」
三人を後ろから肩を組むようにして現れたルクスがニヤリとして言った。
「……捕まえたっと」
ルクスはサッと身を引くと、さっさと立ち去ろうとする。
「……どうやって……」
「ん? どうやってって、わざと草むらで大きな音を鳴らして注意を引き付け、その前に思いっきり飛び上がって後ろに回り、草むらの方を警戒してる間に捕まえてやったってことだ」
「……まんまと罠に引っかかったってことか」
「……それを、お前らが言うかよっ!」
苦笑してルクスに言う一人の男子生徒だが、ルクスは毒付いて跳んだ。ルクスが元々いた場所に木で出来た針がいくつも突き刺さった。
「……チッ。外したか」
舌打ちしながら、新たに五人の男子が木陰から現れた。
……わざと気や魔力を抑えないでおいて、敵にわざと見つかり、味方にも居場所を教え、敵に見つかった時点で急行し、奇襲を仕掛ける。
「……ま、相手が俺じゃなきゃいい手だったんじゃねえの?」
ルクスは微笑して言った。ルクスの気の感知網からは、サバイバル演習場のみならずライディールにいる限り、さらに言えばライディール周辺内にいる限り、逃れられない。
もちろん、奇襲しに来た五人の存在にも気付いていた。
「……余裕ぶりやがって。最近色んな女子と仲良くしやがって! 今日こそその恨み、晴らしてやる!」
一人の男子が言って、二人の男子がルクスに突っ込む。他三人は魔法を展開し始めた。
二人を囮に、三人の魔法で倒すようだ。
「……戦鬼。はっ!」
ルクスは左拳に赤と橙のオーラが混じり合った気を発動し、おもむろに振るった。
赤と橙の波動が放たれ、突っ込んできた二人も、後ろにいた三人も、まとめて吹き飛ばした。
「……悪いな」
呆気なく五人を倒したルクスは、ゆっくりと歩み寄り、五人の身体に触れて捕まえる。
「……くそっ」
「……まあ、別に狙って女子と仲良くしてる訳じゃないんだから、お前らが積極的に動けばいいんじゃねえの?」
ルクスは心から苦笑してさっさと立ち去る。
ルクスは本当に狙っている訳でもなく、何かと関わることが多いだけである。
……そこが他の男子や一部の女子に妬まれる原因なのだが。