いちゃもん
「ルクス・ヴァールニア!! 俺と決闘をしろ!!」
……セフィア先輩との真剣勝負を経た翌日。俺はよく分からないが、知らない男子生徒に決闘を挑まれていた。
……分からないことだらけだ。何が起こっているんだか、さっぱりだな。
俺は知らないヤツからの決闘を受ける気にもなれず、とりあえずシカトしてフィナに飯を食べさせる。
「……美味しいか、フィナ?」
「……ん。美味しい」
俺が後ろから顔を覗き込んで聞くと、フィナは少し顔を綻ばせて答える。
そう。今は昼飯の時間だ。
「……無視するな! 俺は二年! 先輩だぞ!」
「……はあ。そうかよ。……フィナ、次はどれがいい?」
喚くそいつはとりあえず無視し、フィナに尋ねる。
「……ん」
フィナは右手で焼き魚を指差した。……そうか、焼き魚が食べたいんだな。
「……はいよ」
俺は綺麗に骨を除いてから、何かは知らないが白身魚の身をフィナの口へと運ぶ。
「……はむ」
パクリ、とスプーンをくわえるフィナ。俺はスプーンを抜くともぐもぐと口を動かして咀嚼し、やがて飲み込んだ。
「美味しいか?」
「……ん、美味しい」
フィナがプラプラと足を揺らして答える。……これは上機嫌のサインだな。
「よしよし。じゃあもっと食べていいぞ」
俺は右手でフィナの頭を撫でつつ、さらに食べさせる手を加速させる。
「……聞けーー! そして先輩には敬語を使えー!」
……うるさいな。
「……一々うるさい先輩だな。セフィアはそんなこと気にしなかったぞ」
俺は、誰かは知らないがとりあえず有名な人の名前を出せばいいだろう、という安易な考えでセフィア先輩の名前を出してみる。
「……そうだ。それでお前に決闘を申し込む! セフィアを賭けて、勝負だ!」
……はあ?
訳の分からないことをほざく自称先輩に怪訝そうな視線を向けてやる。
「……人を物みたいに扱うヤツに、用はねえよ」
俺は僅かに怒りを込めて、机に詰め寄ってきたそいつを睨み上げる。
「……何だと……? お前、セフィアと付き合ってるからって調子に乗るなよ? どんな汚い手を使ったかは知らないが、お前のような魔力がないヤツにセフィアが負ける訳がない。どうせ弱味でも握ったんだろうが、俺の目は誤魔化せないぞ」
……何だこいつ。妄想激しすぎるだろ。
俺は呆れながら、やっとこいつが誰かを思い出した。
セフィアの婚約者だ。
一回しか見てないから、思い出せなかったぜ。
「……はっ。先輩がどう思おうが勝手だ。だって、セフィア先輩は自分より強いヤツとしか付き合わなくて、俺は勝って先輩は負けてる。その事実に変わりはねえよ」
セフィアがこいつに負けることはないだろうし、俺がセフィア先輩と付き合っていて、こいつが拒絶されているというこの状況が、優劣を分けている。
「……ふざけるな! 俺のセフィアがお前程度のヤツに……!?」
俺はそいつの言葉を遮るように、立ち上がって胸ぐらを掴み持ち上げる。
「……ふざけてるのはどっちだ? 誰のセフィアっつたよ、てめえ。寝言は永眠してから言えよ、勘違い野郎」
こいつの身長は俺とそう変わらないので、持ち上げたら足は着かない。
俺はその状態でそいつを、殺気を滲ませて睨み上げた。
……う~ん。ちょっとやりすぎか。嫉妬深く独占欲の強いヤツになっちまう。「俺のセフィア」発言は咎めるとしても、もうちょっと穏便にすべきだったかな。
「……はっ。なら俺と決闘して証明してみろよ」
怯んだような顔を見せたそいつだが、ニヤリとした嫌な笑みを浮かべて言った。
「……何で先輩としなきゃいけないんだよ。セフィア先輩より弱いヤツを倒したって、俺がセフィア先輩より強いことの証明にはならねえよ」
俺は呆れて手を放し、そいつを解放する。すると、そいつは地に足が着いた瞬間に、左腰に提げていた剣を抜き放って俺の首筋で寸止めした。……何の茶番だよ。セフィア先輩の居合いを比べると天と地程にも差があるし、避ける必要さえない。
「……今俺が剣を振り抜いていたらお前は死んでいた」
そいつはニヤリ、と笑う。してやったりの笑みだ。
「……ということは、お前は俺に負けるということだ」
……無茶苦茶な理論だが、実際に俺は避けずに首筋に剣を当てられている。
「……はぁ。別に避けなくてもくらわないから避けなかっただけで、先輩に負ける訳がない。今のは俺が硬気を発動する前に剣を止めたから何もしなかっただけだ」
俺は何でもないことのように言う。……実際、殺すつもりはなさそうだから避けなかったし、硬気も発動出来た。
「……口の減らないガキが……!」
「……先輩こそ、回りくどくしないで正直に言ったらどうだ? 邪魔だってーー」
「……ああ。じゃあ言わせてもらう! セフィアに付きまといやがって! てめえはぶっ倒す!」
俺がフッと笑って言うと、そいつは額に青筋を浮かべて俺を殺気すら滲ませて睨んできた。
「……ああ。婚約者だか何だか知らねえが、後悔させてやる」
俺もそいつを睨んで応える。
「「決闘だ!」」
そして、声を揃えて決闘を宣言した。
「……一年の魔力がない落ちこぼれの癖して調子に乗るなよ。二度とセフィアに勝ったなどという嘘がつけないように、先輩に逆らうような生意気な真似をしないようにしてやる」
そいつは踵を返して去っていく。……どこで決闘をやるんだろうか。
「……ふっ。セフィア先輩に勝った俺に勝てると思うなよ」
俺は身を翻して制服のブレザーの裾が舞い上がるようにして去っていく。
「……ルクス、ご飯一人で食べた」
セフィア先輩の婚約者が去った後、全く空気を読まないフィナが、顔中と手をベタベタに汚して、どこか満足げな表情を浮かべていた。
「……ちょっとは空気を読もうか。そして何故一人で食べた? 言ってみ?」
去ろうとしていたが歩を止め、フィナに歩み寄ってにっこりと聞く。
「……だってルクスが食べさせてくれなかった」
「……それはそうだけどさ。その辺に使い勝手のいいチェイグやシュウがいるだろ?」
「……ルクス以外は、やっ」
「……ちょっと待って。その辺じゃなくて同じテーブルにいるし、使い勝手のいいとか酷くない?」
……ふむ。まあ結局、俺がフィナを放っておいて、フィナが綺麗に食べられないのがいけないのか。
「……まあいいか。とりあえず綺麗にしような。チェイグ、後始末よろしく」
俺は両手が汚いフィナの手を握らずに背中を押して水道へと向かう。食器の後始末はチェイグに頼んでおく。
「……えっ? ちょっと、俺のことガン無視? ねえ待って。待ってぇ!」
「……まあ落ち着けよ、シュウ。シュウのことも頼まれたし、一緒に行こう」
「……えっと……? 俺って後始末される側にいるの!? ねえチェイグ、どういうこと!?」
後ろで何やらうるさかったが、気にしないで水道へと向かった。