先輩の怒り
遅れました、すみません
セフィア先輩の出現により、周囲がざわつく。
食堂は景色の比較的いい上に上級生や教師がいるので、何でほとんどが一年生のこの階にいるのかと言う驚き。
しかしそれよりも、“剣聖”と呼ばれレイヴィスを斬る程の腕前を持つセフィア先輩が、何故俺のような変わり者に話しかけるのかと言う疑念の方が大きいだろう。
……俺にとってはそうやって注目されるよりもセフィア先輩の怒りが怖い。
何で怒っているのかは分からないが、兎に角怖い。
「……セフィア先輩」
俺はもう一度名前を、恐る恐る呼んだ。
「うん?」
変わらずにっこりと微笑んだまま、ぎりぎりと握り潰さんばかりに頭を掴んだ手に力を込めて、聞き返してきた。
普通なら二年三大美女とやらの一人であるセフィア先輩に話しかけてくる女子も多いだろうが、微笑んではいても強烈に怖いセフィア先輩に話しかけてくる女子はおらず、俺のピンチは打破出来そうもない。
「……えーっと、痛いので手を放してくれ」
こういう時にさえ敬語を使わない俺さすがーーと言いたいが、さすがに今回は低頭してでも謝るべきかと、一瞬後悔する。
「……ああ、そうだな。ゆっくりと、話を聞かせてもらおう」
セフィア先輩は意外とあっさり手を放してくれて、俺とチェイグの間の席に座る。……これでもう、逃げられなくなったな。
「……ルクス。ご飯」
空気を読まないフィナは、我慢出来なくなったのか飯の催促をする。
「……お、おう」
先輩が怒っている理由が分からない俺は、とりあえずフィナに食べさせる作業を再開する。
「……私も腹が減った」
怒っている先輩だったが、腹は減っているようなので、席を立っておばちゃんの方に歩いていった。
「……おい! ルクっちってばどういうことだよ!」
ボソボソと声を潜めてシュウが聞いてくる。
「……うるせえ黙れ。なあチェイグ。何であんなに怒ってんの?」
とりあえず面倒なシュウは無視し、俺よりも人生経験が二年豊富なチェイグに声を潜めて聞く。
「……お前、それはあれだな。お前にだ」
チェイグが呆れたようにしながら同じように小声で言った。
「……だから、それは分かるけど何で俺に怒ってるかをだな」
俺は要領を得ないチェイグの答えに、少し苛立ちながら言った。
「……何でって、それはあれだな。フィナと仲良くしてるからだ」
「???」
フィナと仲良くしてるから怒ってる? 何で?
俺はチェイグの言葉に、さらに疑問符を増やした。
「……はぁ。ルクス、お前の彼女が他の男と仲良くしてたら怒るだろ?」
チェイグはほとほと呆れ果てたと言う風にため息をついた。……まあ、そうか。俺と先輩は今、恋人同士。それなら怒る理由も分かるが……。ただの役なのにな。そこまで怒らなくても。
「……それは仕方ないと思うな。俺だったら諦める。大体、この世には一夫多妻やら一妻多夫やらがあるんだぞ?」
うちは違うが、貴族の家では珍しいことでもない。立派な後継ぎを生むには、それなりの確率があるのだ。嫉妬深いなら兎も角、な。
「……そうは言っても納得出来ない部分があるもんだろ。そこを汲み取って上手くやるのがハーレムだ」
チェイグは何やらハーレムを上手くいかせるコツみたいなのを言ってきた。……何故それをお前が。
「……何をコソコソと話している?」
俺はすでに気付いて身を引いていたが、気付かなかったチェイグと聞き耳を立てていた二人がビクッと跳ね上がる。
「……別に気にしないでくれ。ちょっとした相談事だ。えっと、彼女と上手くやるための?」
少し考えてから、怒られなさそうなことを言ってみる。案の定、セフィア先輩は顔を怒りではなく恥ずかしさのような照れで赤くした。
「……そ、そうか。それで、どんなことを?」
「彼女以外の女子と仲良くしないとか? ーーあっ。こら、フィナ。口元を汚したらちゃんと拭く!」
俺は先輩に答えながらも、フィナが口元を汚していることに気付いてスプーンを置き、紙フキンでフキフキと拭いてやる。
「……」
「こらっ。手で掴もうとしない」
フィナが手をご飯へと伸ばしているのを見てぺちっと手を叩いて叱る。
フィナは俺達のようにスプーンやフォークを使って、と言うか皿さえまともに使ったことのない生活を送ってきたらしく、手で掴んで食べようとする。
獲ってきた獲物を丸焼きにして骨付き肉にかぶり付くんだとか。……どんな狩猟生活だよ。
野菜の類いも野草や山菜、木の実程度しか食べたことがないそうだ。だからと言って食べなくていいと言う訳ではない。
先輩のご飯は和風定食と言う、極東風のモノだ。使うモノもスプーンやフォークではなく、箸と言う二本の棒。これでどうやってモノを食べるのか、俺には理解出来ない。こんな細いモノでどうやって丸いモノを挟めと。無理だろ。
バキッ。
その箸が、先輩の込められた握力によって半ばから折れた。……どうやら怒り再点火のようだ。
「……彼女以外の女子と仲良くしない?」
先輩はそう呟くと、ガッと使っていないチェイグのフォークを掴んだ。
「……剣気」
ボソッと呟いたのを聞き逃さず、もちろん剣気を纏ったフォークが振られたのも見えていた。
「硬気」
俺はそれを防ぐためにスプーンに硬気を纏わせ、フォークの軌道上に立てる。
ギィン! と言う、およそ食堂では聞かないであろう音が響く。
「くっ! 私の剣気が硬気一つに止められるとは……!」
さっきまでの怒りはどこへやら、悔しげに言った。先輩は根っからの武人だと思う。
「……気で俺が、誰にも負ける訳ないだろ」
驚く周囲は放っておいて、俺はサラッと言った。
ついでにそのスプーンでスープに入っている人参を口にする。うん、美味い。
「「「……それだ!」」」
急に、チェイグ、シュウ、マッチョの三人と、セフィア先輩が言った。指差す先には、スプーンがある。
「……何だよ。何がそれなんだ?」
俺はよく分からなかったので四人に聞き返しつつ、フィナの口にご飯を運ぶ。
「……だから、彼女の前で他の女子と間接キスをすることに怒っているんだー!」
ピシャァン! と雷が落ちたような効果音が聞こえた気がした。
……なるほど。間接キスは仲良くの内に入ると言うことなのか。それは盲点だったな。
「……俺的には間接キスは仲良くの範囲じゃないから」
俺はサラッと告げて、フィナに食べさせる作業を再開する。
……俺の故郷の村では、もちろん同年代の女子はおらず、同級生の女子に至っては、いないーーいや、いなくなったと言った方が正しいのか。
まあそんな訳で、しかも子供も少なかった村では、若い夫婦や恋人もいたりするのだが、数少ない子供である俺は可愛がられることも多い。
自分の子供のように接してくる人もいる。
弟のように接してくる人もいる。
そんな訳で同年代の女子に慣れていない俺だが、よく食事に呼ばれたりしていたので間接キスには耐性と言うか、特に意識と言うモノがない。
……フィナの抱き着きに慣れたのはつい最近のことなので、やっと、と言う感じだが。
「……くっ……! 間接キスなど数え切れない程しているため、意識するようなことではないと言うのか……!」
セフィア先輩が悔しげな表情を浮かべながら言う。……いやまあ、合ってはいるんだけど、その言い方は何か良くない。
「……ってか、セフィア先輩とルクスって付き合ってるのか?」
セフィア先輩の隣に座るチェイグが今更のような質問をしてくる。
「……まあな。それよりチェイグ。どうやら一年生では馴染めたようだな。奇人変人ばかりで嫌だと駄々をこねていたあの時期が懐かしいな。うん?」
セフィア先輩は呆気なく頷くと、チェイグに向かって怒りを隠したような笑みを浮かべる。
「……サリスとアリエス教師に言われたのが大きいっすよ。まあそれでも奇人変人と付き合えるのは奇人変人だけと言うーー」
チェイグが目線を泳がせていると、剣気を纏ったフォークがチェイグの盆を刺し貫いた。
「……ま、まあ三大美女と言われるセフィア先輩は常識人ですよね」
恐怖故か冷や汗を浮かべたチェイグがこくこくと頷く。
「……セフィア先輩。あんまり物壊すなよ。食堂のおばちゃんが困ってるぞ。修理費もかかるんだからな」
パクパクと料理を口に運びながらセフィア先輩を宥める。
「……うっ。すまない、ルクス。それより食べ終わったら二人でのんびりとーー」
「……ルクス。おかわり。あと十人前はいける」
セフィア先輩は素直に謝り、イチャついている場面を見せつけようと言う魂胆なのか俺を誘うが、最後まで言い終わる前におかわりを要求するフィナに遮られた。
「「……」」
バチバチ、と両者の間に火花が散っているように、俺には見えた。
……どうしようか。
何故か二人に挟まれる形となってしまった俺は、アイリアと言いセフィア先輩と言い、どうしてフィナとは仲悪くなるのだろうかと、首を捻る。
そんな様子を、他の三人や周囲は呆れた様子で見ていた。