宿屋神風裂脚
前回のあらすじ。
ライディール魔導騎士学校の試験を受けに来た俺は測定で魔力がないことが大多数のヤツにバレてしまった。
「……受験紙、返してくれるか?」
俺は顎が外れそうな程驚いている試験官に言う。
まあ、魔力ないなんて、例がないからな。人間誰しも、微量でも魔力を持っているもんだ。
「……は、はい」
試験官は戸惑いながらも俺の評価をつけ、受験紙を返してくれる。
「……」
俺は奇異の視線を受けながらも平静を装い、なるべく人と目を合わせないで歩いていく。
……だから嫌だったんだよ。まあ、それで俺をバカにするってんなら、後悔させてやるけどな。
「……」
最後に俺を見ているのはアイリア。彼女は睨むように俺を見つめる。
「……」
俺は少し肩を竦めて、話さずに体育館を出た。
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「……ふぅ」
俺はライディール魔導騎士学校を出て、紙に書いてある宿屋を探す。道中俺を見てボソボソと言い合うヤツを見かけ、受かった後の学校生活が不安だと憂鬱になった。
「……神風裂脚? 変な名前だな」
そう思いながら探していると、神風裂脚の看板がある木造の宿屋を見つけた。宿泊施設が充実した区分の一角だ。規模はそこそこ。
「……」
ドアを開けるとカランカランと言う音が聞こえる。
「いらっしゃいませ。……ライディール魔導騎士学校の受験生ね?」
俺の見た目の年齢で聞いてくる。宿屋の中はあまり客がいない。受付にエプロン姿の女性。見た目三十代ぐらいの女将だ。
「ああ。二二三の部屋なんだが」
俺は頷き、紙を女将に見せる。
「……じゃあこれが二二三室の鍵ね。ライディール魔導騎士学校受験の子はあなただけなのよ。娘が同年代だから、話し相手は娘がいるけど。ご飯はどうする?」
女将は受付のカウンターの下から鍵を取って俺に渡し、微笑んで言いつつ聞いてくる。……淀みねえな。
「……じゃあ、今から頼む。こっちに来る間に腹減った」
「そう。じゃあ、おばさん張り切って作るからね」
冗談めかして言い、女将は受付後ろのドアから厨房か何かに行った。
「……ふぅ。まあ、よかったのか」
俺は一息つき、食堂の椅子の一つに座る。
俺以外誰も受験生がいないってことは、魔力なしが囁かれることもなく、静かに過ごせる訳だ。
「……あの、お冷やです」
エプロン姿の慎ましい美少女が俺の座る席の机にお冷やを置く。
茶髪の後ろで縛っていて、スタイルは普通だ。
「ああ、ありがと」
俺は礼を言ってお冷やを氷ごと一気に飲み干した。
「おかわりな」
「は、はい」
少女はパタパタと去っていく。
……お冷や美味いな。店の価値はお冷やで決まると言ってもいい。何故なら、一番最初に出るから。
「どうぞ」
少女がお冷やを持ってきて、空のグラスを片付ける。
「……」
今日は別に用事もないし、のんびりするか。
「あの、日替わり定食になります」
少女が湯気の立つ出来立てを持ってくる。
メニューはご飯、味噌汁、焼き魚、野菜炒め。材料はよく分からない。
いい匂いがして、食欲をそそる。
俺はまず各料理を一口ずつ食べる。
「……」
少女は固唾を飲んで見守っていた。もしかしたら、手伝ったのかもしれない。
「……美味いな」
「あ、ありがとうございます!」
ペコッと勢いよく頭を下げる。
俺は美味くてしつこくない料理のおかげで、五分で平らげた。
「食器をお下げしますね」
少女は嬉しそうな満面の笑みのまま、俺が食べ残しをせずに綺麗に食べた後の皿を盆に乗せて片付けていく。
「……今日は休むか」
明日のこともあるし、あまり動きたくない。日課になっている早朝の素振りだけでもいいだろう。
俺はそう思って自分のために用意された二二三の部屋へと向かった。
二二三の部屋は二階にあり、中は簡易なベッドとタンス、その上に花瓶があるくらいのシンプルさだった。まあ、これくらいシンプルな方が落ち着く。贅沢な暮らしをしてきた訳じゃないからな。
俺は木の棒を壁に立てかけ、ベッドに仰向けに寝転び、後頭部で手を組んでしばらく天井を見つめてから、目を閉じる。
すぐに意識が遠くなっていった。……相変わらず、俺はどこでもすぐに寝れるらしい。
それから俺は起こされた夜中に共同の風呂があると聞いて入った。……失礼だが、これほど客がいなくて嬉しかったことはない。広い浴場を一人でゆったりと使えるんだから。
俺は一応素振りを行える庭のような場所がないか女将に聞いてみると、裏庭を使ってもいいと言われたので、早朝鍛練はそこで行うことにする。
俺は昼寝したにも関わらず、すぐに寝れた。……俺の体質じゃなく、ベッドとの相性がいいのかもしれない。