黒気
本日二話目
俺を中心に黒い風が巻き上がり、周囲を威圧するように衝撃を散らす。
黒ずんだ帯のようなモノが束になり一本としていくつも存在している。
黒ずんだ帯の束や俺の全身を覆うのは、禍々しいとさえ言えるドス黒いオーラ。
剣気の刃もドス黒く染まっている。
「……ッ!」
ゲドガルドコング達は後方に大きく跳び、距離を開ける。
俺から否応なく滲み出る殺気と、黒気の異様な雰囲気に圧されたんだろう。
「……死ね」
俺が無造作に右手を前に伸ばし冷酷に呟くと、黒ずんだ帯の束が三本、一体のゲドガルドコングをあっさりと突き刺した。
ゲドガルドコングが避ける暇も、防御する暇も与えない速度で、硬いハズの皮膚もあっさり貫いた。
それは黒気が全ての気の融合だと考えれば、当然のことだ。色を全部混ぜたら黒になる。そんな感じだろうと思う。まあ、純粋な心で黒気を作り出したら、こんな禍々しいドス黒さなどなく、むしろ輝きすらあるんじゃないかと思うが。
復讐に身を落とした俺が、そんな綺麗な黒気を使える訳もない。元々憎しみから生まれたので、仕方ないとも言えるが。
ゲドガルドコング達の毛が逆立つ。ゲドガルドコングが本気で怒りが頂点に達した時に見せる反応だ。娯楽を邪魔され、同胞を目の前で殺されたので、まあ仕方ないだろう。
鋭くズラリと並んだ牙を剥き出しにして唸り、オーラを溢れ出させていた。
「……」
それに俺は、僅かな驚きを感じた。ゲドガルドコングは高い身体能力を持つため、魔法を使うことなど数少ない。それは珍しいと言うだけで魔法を使うことに驚く訳ではない。
ゲドガルドコングが使ったのは、オーラだ。
オーラと言えば気。鬼気や闘気と言った特化された気ではなく、気と呼ばれるオーソドックスなモノだったが、モンスターが気を使うなど、初めて見たし、聞いたこともない。
ゲドガルドコングでも修行とか努力ってのをするんだろうか、そう思ってーー否定する。
……な訳ねえよな。てめえらは人が絶望する様を見たいがために無闇に愛する者を殺す。
だが、それは災難だったと言おう。
そのために俺から恨みを買い、種族が根絶するんだからな。
「……しゃーねえ。久し振りに好きにさせるか。ーー殺せ」
俺は抑制していた黒気を解き放つ。
俺が言うよりも早く、黒気が動いた。黒ずんだ帯の束がライディール全域に無数に伸びていく。
貫き、薙ぎ払い、抉り、切り裂き、潰し。
黒気は好き勝手に殺戮の限りを尽くしていく。
「ははははははははっ!!」
俺は黒気を抑制せずに使ったせいか、狂気の影響を受け、楽しそうに高笑いする。
ゲドガルドコングは真っ先に全滅した。
各方角のモンスターも、数を減らした。
「ぐっ……!」
俺は黒気の発動に伴う疲労で呻き、黒気は強制解除される。
モンスターの全滅はならなかったが、黒気は満足したようだ。
モンスターの大量襲撃と言う丁度いい機会に、合法的に獲物を狩っていくことが出来る喜びが、俺にはあったが、狂気のせいだと思いたい。
ただ気の向くままに殺戮し、好き勝手に暴れる。とんだじゃじゃ馬だが、今では抑えることが出来るようになった。抑えなかったから、今のようになったが。
……ちっ。
俺は心の中で舌打ちし、疲労困憊の状態でフラフラと歩き、人気はないが遠くで戦いの震動や効果音が聞こえてくるが、静かな大通りを歩き、門の外へと出ていく。
オルガの森から来たのか、こっちへと疾走してくる異形のモンスター達。
その数は千前後と言ったところか。
……俺の他に人気はない。援軍が来ることもないだろうから、俺が食い止めるべきだな。
ーーっ!?
俺は門から外へ出ると同時に、圧倒的なまでの気と魔力に平伏した。
「……ぐっ!」
そこに乗せられた圧倒的な殺気。
次元が違う程に強大な魔力と気が生み出すプレッシャー。
俺程度では立っていることもままならない。
「……っ!」
……自分のことを蔑んだのは、随分と久し振りだった。
それを感知出来てしまうからこそ、圧倒的な力の差が分かってしまう。
何も出来なかったあの時と同じ。
アリエス教師含め教師陣全員が束になっても、生徒や街にいる冒険者と騎士団員が束になろうとも、虫けらを払うが如くチリに返ってしまいそうな、そんな力の差。
到底力尽きかけている俺だけでは勝てない。
気の感知を伸ばし、他の戦況を感知するのを止め、そいつーーいや生物と言っていいかも分からないそれを捕捉する。
場所はオルガの森中心部に近い。
オルガの森は一般的な森と比べると、大型のモンスターも多いせいか木の高さが高い。だが巨木、大木の樹林で出来ていて、端から見ると森林の段が出来ているのだが、そこがオルガの森の中心部。
オルガの森の中心部は一流でも入るべからずと言われる程の、モンスターの聖地。聖地にいるモンスター達は強いのだが、人間や他の生物に興味を示さない。そのため、立ち入り禁止区に指定されているが、聖地にいるモンスター達が外に出てくるなどない。
だが一本踏み込めば異物と見なされ、標的にされる。
そんな巨木の一番端、つまりは聖地の中にいると言うのに、悠然と枝の上に佇んでいる。
「……黒気、獣気のみ、一点集中!」
俺は全身に力を込め立ち上がろうとしながら、それのいる方向を睨み付けるようにする。俺の左目には、禍々しいドス黒いオーラが宿っている。
要するに、遠視だ。
獣気の視力強化を黒気として相乗効果を与え、それ以外は発動しない。そうすることで疲労を抑えつつ、さらに片目だけに集中させることで、視認した。
黒い仮面で顔も髪も覆い、ゆったりとした黒衣に身を包んでいる。黒い靴と黒い手袋をした手だけが出ている。
仮面の模様は漆黒に白い楕円が描かれ、その楕円の中を白が渦巻くような模様だった。
ーーなかなかの気。
「っ!?」
口元は見えず聴覚強化もしていないのに、そう言った気がした。
ーー力の差を知りながら抗おうとするその姿、父親にそっくりだ。
……親父? こんな強いと言うか次元が違うのが親父の知り合いなのか?
親父は確かに強いが、これと戦える程じゃないだろう。
……いや。だからこそこれの言ってることは正しいのか。
ーーまあいい。今日は見学の身。それももう充分だ。では、また会おう。ルクス・ヴァールニア。
そう言って、それは消えた。空間移動とか瞬間移動の魔力は感知出来なかった。忽然と姿が消え、魔力と気も消えた。
「っ……!」
俺はプレッシャーから解放され、ドッと冷や汗が出るのを感じた。
「……」
力が抜けて地面に倒れ伏すままに、モンスター達の地響きのような足音を聞いた。あと数メートル。
「ーー何寝てるのよ」
空からそんな声が聞こえ、翼と四肢がある獣の影と、それに乗っているのか髪を靡かせて二本の槍を持つ影が重なって俺の上空を通った。