襲撃
春の暖かさを伝えてくれる、快晴ではない。
窓から差し込む光は薄暗く、空はどんよりした曇天で、生憎と日光は一筋も見当たらない。
今にも曇りと言う均衡が崩れ、土砂降りの雨になりそうな、そんな危うい天候である。
「……ぅん」
俺の膝の上でこちらを向いて座り、今日は湿気が多いからなのか、寝心地が悪いからなのか、はたまた別の理由なのかは知らないが、珍しくもぞもぞ動きながら起きているフィナ。
「……来た」
俺は禍々しいと思える魔の気配を察知して、呟いた。
「……本当か、ルクス?」
歴史の授業中だが、授業を中断して、黒板の前に立つ小柄な幼女にしか見えない英雄、アリエス教師が俺の呟きに反応を示した。
アリエス教師が反応したことにより、寝ているかボーッとしている者以外は俺に注目した。
「……ああ。モンスターの、襲撃だ」
俺はアリエス教師に頷いてみせ、いつもより真剣な表情をして、告げた。俺の言葉に、クラスメイトは僅かにざわめく。ざわめきが僅かだったのは、前回の不自然な襲撃の次、があることを予測している者がいたからだろう。
「……いよいよか。方角、場所、速度、距離、数、見張りの遠視範囲に入る時間を推測して言え」
アリエス教師は命令口調で告げてくる。俺は神経を集中させ、感知した方角に意識を持っていく。
「……北東、ここに突っ込んでくる感じだ。今はまだアルマガ岬を通ってる。そろそろ見張りが発見する。到着まで二十分ってとこだ。数は……分からん。多すぎる。ざっと五百はいる」
俺は目を閉じながら、やや早口に言った。教室がさらにざわつくが、一定の落ち着きがあった。
「……そうか。では、女子は全員更衣室に向かえ」
「「「えっ?」」」
驚く様子のないアリエス教師がいるから一定の落ち着きがあるのだが、更衣室に行け、と言う指示には驚きを隠せなかった。
「……レイヴィスを着て出動するんですね?」
驚かなかったアイリアは理解しているようで、確認するように尋ねた。
「ああ。レイヴィスは動きやすく、安全性も高まる。今は緊急事態だからジャージを着てもいいが、暑いぞ。制服では動きにくいだろうしな」
アリエス教師の言葉に、なるほど、と頷く。生徒用実技専用武装ーーレイヴィスを着れば、それだけで防御力が上がる。
「……いいか? お前達は大事な生徒であると同時に、ライディールの戦力だ。しかも二、三年がいない今、最高戦力と言ってもいい! その中でもトップレベルのお前達が先陣切って戦え! それが力ある者の定めであり、街を守ることが騎士の務めであると知れ! ーー各自戦闘準備!」
「「「はい!」」」
アリエス教師の激励を受け、気分が高まったクラスメイト達は、一斉に頷く。俺は頷くだけに留めたが。
女子は更衣室へと向かい、男子は教室で着替え始める。フィナもとてとてと他の女子に連れられて教室を出ていった。
「……ちっ。チェイグ、急ごうぜ。北西からもモンスター五百ぐらい来やがる。このままじゃ、ライディールは四方八方から攻められる。まだ南側からは来てないけどな」
俺は舌打ちして、新たに察知した情報を告げる。レイヴィスを着るには一旦全裸になる必要があるが、男同士だしもう慣れてしまったので、制服とパンツを脱ぎ捨てると、素早くレイヴィスを着た。
「……こっちの戦力が足りないな。アリエス教師の言ってた通り、冒険者も少なく騎士団員も少ない中、俺達SSSクラスが最高戦力とも言える。もちろん教師は強いけど、四方八方から同時攻撃が来たら、街に被害が出る」
隣でレイヴィスを着るチェイグが焦ったように言う。
学校内が騒がしくなってきた。見張りから伝令が来たのか、それともアリエス教師が言って回ったのか。
クラスの男子は大概がレイヴィスに着替え、各々武器を持つ。一部鎧を着ているヤツもいるが。
その時、轟音が響いた。何かが衝突したような、それでいて破壊音である。
「……何だ?」
「……っ! 見張りが殺られた! 岩でも投げつけてきやがったのかは知らねえが、微量の気を感じる! 動物か岩石で見張り全てを殺られたんだ!」
俺は見張りの気が消えていくのを感知して言った。
「何!? ……じゃあこの襲撃はやっぱり、策だったのか。皆、急いで壁外へ出るぞ! 街で戦う訳にはいかない!」
チェイグが言うと、クラスの男子は力強く頷く。
「っ!」
俺も皆が教室を出るのを追っていると、新たな気配を察知した。
……これは、俺への挑戦状か?
俺はその気配百に対し、黒幕にそんなことを聞きたくなった。
「ルクス?」
立ち止まった俺に、チェイグが尋ねてくる。
「……ああ。チェイグ、皆と先行っててくれ。ちょっとトイレ行きてえ」
俺は笑ってチェイグに言った。
「……そうか。なるべく早く来いよ」
チェイグは苦笑して教室を出ていく。
「……悪いな、チェイグ」
俺は一人になった教室の中で、いないチェイグに謝った。
……嘘ついちまったか。まあいい。
「……あいつらは、俺の獲物だ……!」
俺はニヤリ、と残酷な笑みを浮かべる。
……あいつらは俺が全部狩り尽くす。それが俺の復讐だ。